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23.避難 Side ローガー
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魔獣の大きな群れに自分が頭になって対処すんのは初めてだった。狩猟ギルド全体での大掛かりな討伐と、何人かで組んだ狩りの経験はある。記憶を頼りに、しなきゃいけないことを頭の中で並べた。
しばらく進んで森の端へ出た。山の上のほうから騒がしい気配がする。風下なのはいいが、丸見えになりそうなのがいただけない。気配の薄いほうに回り込んで登る。背の高い木に登って確認しながら近づいた。山向こうからやってきたんだろう、見える範囲にうじゃうじゃいた。討伐で食糧豊富な場所から追い出されたし、秋の繁殖期間で増えたから食糧難で移動してるってとこか。
見つかる前にさっさと降りて駆け戻った。狩った魔獣は川につけて匂いを辿れないようにする。家に戻ったのはすっかり暗くなってからだった。声を掛けてドアを叩いたら、シュロが心配そうな顔を出した。
「お帰り。……なにかあったの?」
「魔獣の群れが出た。避難するぞ」
「え」
「兵団を呼びに行く。俺たちだけじゃ無理だ。荷物をまとめろ」
「はい」
シュロは自分の荷物をカバンに詰め込み始め、俺は流刑地に装備してある狼煙を上げた。いつ魔獣の群れが発生するかわからない僻地には、兵団に救助を求めるための狼煙が装備してある。狩猟ギルドで教えられたが使うのは初めてだ。
移動の食料や装備を点検してると、ヴィリとヴィムが戻ってきた。
「すげぇうじゃうじゃいた」
ヴィリの確認したほうにも大きい群れがいた。これじゃ、斥候を狩って脅したところでたいして意味もないだろう。エサを探しにすぐにでも森に流れ込んでくる。
「俺は真っ直ぐ街へ向かう。ヴィリとヴィムはシュロと村へ行って知らせろ。お前ぇらがやることはわかってるな」
「わかってる」
全員で家を出たら、シュロに抱きしめられた。
「気をつけてね」
「ああ」
不安そうなシュロの頬を舐めて出発した。駆け足で移動する。
足の遅いシュロが心配だった。あいつらがついてても、気になる気持ちは止められない。兵団の到着が遅ければ村も魔獣に襲われるだろう。荒野を移動してる最中に囲まれるよりはマシってだけだ。
夜通し駆けてなるべく進んでから短い仮眠をとった。2,3日なら眠らなくてもいいが、今回の移動は長丁場だから睡眠はとらなきゃいけない。食事の時間が惜しくて干し肉を齧りながら走る。普段なら一週間かかるのをどれだけ縮められるか。焦りを抱えて走り続けた3日目の朝、前方に土煙と馬が走る振動が聞こえた。
狼煙を見て駆けつけた兵団だった。合図して馬に乗せてもらい、併走しながら山の斜面を埋め尽くす魔獣の数と餌場の状況を伝える。こんなに早く動けたのは、討ちもらした魔獣に気づいてて調べていたところだったからだと、走る馬の上で眠って起きた後で聞いた。
走り続けた馬が潰れたら、兵団と駆け足で移動する。行軍がきつくて脱落しそうになったが、なんとか踏ん張った。村に雪崩込んでたらと気が気じゃない。
先行してた兵団の斥候が戻ってきて、俺たちにも状況が伝えられる。俺たちがいた森は魔獣に覆われ、先頭は村のほうへ向かってると言われた。飛び出していきたい気持ちを抑え、自分一人じゃ大群に飲み込まれて終わりだと言い聞かせて兵団と走る。
到着するころ、魔獣と村人たちが戦闘してると情報が入り、とにかく急いで駆け込んだ。兵団と一緒に魔獣を蹴散らして村を覗けば、村人に混じってヴィリとヴィムがいた。一緒に戦っていたらしい。
兵団は村の手前で陣を張り、ひと眠りしてから本格的に討伐を開始することになった。兵団を不安そうに見てる村人の中、混じってる弟たちへ声を掛ける。
「大丈夫だったか?」
「シュロも俺たちも大丈夫。兄さんは?」
「あー、取り敢えず寝る」
「空いてる小屋を借りれたから行こう」
小屋のドアを開けたら驚いたシュロが迎えてくれた。俺にすっぽり収まる体を抱きしめたら、ドッと安心して長い長いため息が出た。途端、眠気に襲われる。短い眠りだけで走り通しだった。水を一杯飲んで横になる。
討伐が始まると起こされて、自分が眠ってたとわかった。メシを食ってすぐ討伐に駆り出される。
地面を覆うような魔獣と対面して狩りながら、森へ押し返していく。ヴィムが弓で後ろから飛び出てくる奴を仕留め、俺とヴィリが前へ出て剣を振るった。隊列から飛び出て囲まれないように、周りとも連携して進む。もともと魔術が効き辛い種類なのに跳ね返す変異体もいたようで、離れた場所から爆発音と怒号が聞こえた。
強行軍で来た兵団の人数は多くなく、近場の奴隷を駆り出しても魔獣を全部囲う人垣を作るには足りない。足りないのに今度こそ殲滅すると無理矢理陣形を伸ばすから層が薄く、水を流し込む程度の休憩しか取れずに応戦し続ける。
夜が薄くなってきてやっと魔獣の動きが止まり、森へ引き返していった。見張りを残して俺たちも引きあげる。腕に傷を作ったヴィリは、村に置かれた兵団の医療幕へ行った。
小屋に戻るとシュロが居ない。気が立ってるせいか、それだけで不安定になる。探しに行こうと小屋を出て村の広場のほうへ向かったら、シュロとヴィリが一緒に戻ってくるのが見えて安心した。
ホッとしてシュロに近寄ったら、とんでもねぇ匂いがする。全身の毛が逆立って思わず唸りが出そうになった。
興奮したオスの匂い。1人じゃない、何人も。それに血と薬の匂いが混じってる。ぐらりと頭が沸騰して、怒りを抑えても低い声が出た。
「なにしてた」
「医療幕に入ったらシュロが手伝いしててよ、連れて帰ってきた」
「ジッとしてられないし、手伝いにいったら怪我人がすごく運ばれてきて。みんなは無事でよかった」
「……そうか」
それなら匂いが移るだろうとわかっても、怒りは消えない。
「シュロ、臭いから体洗って」
「え、そんなに? まあ、埃まみれだし、洗うね」
ヴィムは平板な声を出してるのに、そこに潜んだ苛立ちが手に取るようにわかる。俺たち全員が同じだ。他のオスの匂いを消したくてたまらない。自分のメスに自分の匂いを付け直したくてたまらなかった。腹の底のざわつきがどうにもできず、シュロを脅かさないようになるべく静かに尻尾で床を叩く。
ヴィムが家に汲み置きしてた水を桶にあけ、布で洗い流すように拭いていく。毛のない肌を水の粒がツゥっと流れ落ちた。
カラカラな口の中に湧いた唾を飲み込んだら、やけに大きく喉が鳴った。
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