35 / 119
第一章 巫女ってなんなんですか
35.お菓子を作る Side ヨアヒム
しおりを挟むSide ヨアヒム
また明日って言ったのに会えなかった。
俺の日だったのに、『疲れたから一人にしてほしい』って言ったって聞いて落ち込んだ。俺に会いたくないからかと思って。でも、しばらく閉じこもったままでヴェルナーも会えてなかったから、本当に調子が悪かったんだと思う。心配だったけど神官が毎日様子を見にいってたから俺は何もしなかった。一人になりたいって言ってるのに訪ねたら、なんか嫌われそうで行けなかった。
疲れたのって俺のせいもあるのかな。サヤカに気をつかわせてばっかりだから。何したら喜ぶんだろ。サヤカは一人でいたいから会わないのが一番いいのかもしれない。
……やだな。嫌だ。
嫌われるのも嫌だけど会えないのはもっと嫌だ。サヤカの望むこと叶えてあげられない。俺って自分のことしか考えられない奴だったんだな。みんなから嫌われるのもあたり前だ。
今日、久しぶりにサヤカと一緒にお昼を食べた。4日だけだったのに、ずっと会ってなかった気がする。元気になったって笑う顔を見て安心した。
「ヨアヒムの日からだったよね。お昼食べたら一緒にお菓子作らない?」
「うん」
俺の日だって覚えててくれた。すごく嬉しくて首がムズムズ痒くなる。
お昼のあとで神殿の宿舎棟にある台所へ一緒に行く。サヤカに俺のエプロンを貸したら大きすぎて、グルグル巻いた姿は子供みたいで可愛い。
神殿にある材料で作れるのはビスケットなのでビスケットを作る。サヤカはケーキを作るらしい。
道具を用意して材料を量って、サクサク混ぜる。サヤカはバターをグルグル混ぜている。
「混ぜるの疲れる。ヨアヒムはさすがの手さばきだね」
「仕事だから。サヤカはなんの仕事?」
「うーん、事務、雑用? 買い物したお金を計算したり、書類を作ったりとか」
「色々できるんだ」
「そうでもないよ。ヨアヒムだって色んなパン作れるでしょ」
「でも俺、字が読めない」
「そうなんだ。神殿にいるあいだに字を習うと良いんじゃない」
「サヤカは?」
「異世界と違うけど読めるんだよね。でも書けない」
「不思議だ」
「うん」
伸ばしたビスケット生地に切れ目をつける。サヤカのケーキと一緒にカマドに入れた。道具を洗ってから並んで椅子に座り焼けるのを待つ。
俺の隣に座るサヤカの頭の天辺を眺めた。黒髪がツヤツヤしてる。お菓子が焼けるいい匂いがして、隣にサヤカがいて幸せだ。
「良い匂いだね」
「うん」
俺を見上げたサヤカが同じことを言うから、嬉しくてくすぐったくなった。
もうそろそろ焼ける。カマドを開けてビスケットを取り出した。ケーキはもうちょっとかな。
「ビスケット美味しそう」
「冷めてからのほうが美味しい」
「じゃあ、部屋に戻ってから食べる」
キレイに焼けていて、これならサヤカに食べてもらえるとホッとした。天板から皿に移す。ケーキが焼き上がり産屋棟に持って帰るとサミーが寄ってきた。
「うまそうな匂いがする。ヨアヒムは菓子も作れんだな」
「ケーキはサヤカが作った」
「へー。俺にも食わして」
「うん。晩ご飯のあとみんなで食べようか。それまでここで冷ましておこう。ヨアヒムが作ったビスケットも。いい?」
「うん」
サヤカのために作ったけど、そう言われたら仕方ない。俺もテーブルの上に置いた。少し残念に思ってたらサヤカがビスケットを何枚か自分の手に取った。
「これは私たちの。部屋で味見しよう」
俺を見て笑う。サヤカと俺の分を取ってくれたことが嬉しい。俺との2人分。そして2人で食べる。ビスケットを持ってるサヤカに代わって俺が部屋のドアを開けた。2人でソファに座り、俺がお茶を入れる。
サヤカがビスケットを齧ったらザクっといい音がした。俺も齧る。うん、大丈夫。上手くできた。
「素朴な味でいいね。甘さ控えめ。ザクザクしてて美味しい」
美味しいって言った。良かった。
「あ、エプロンありがとう。お洗濯に頼んでから返すね」
サヤカが俺のエプロンを脱いだのを見て少し寂しくなる。また俺のエプロンを着てるサヤカが見たい。
「また作る?」
「邪魔じゃない?」
「じゃない」
「良かった。ヨアヒムの日にまた作ろうか」
「作る」
約束だ。サヤカと俺の約束。嬉しくて口がぐにぐにする。気持ちが落ち着かなくて手を握ったり開いたりしながら、抱きしめられたらいいのにと思った。
嬉しい気持ちをくれたサヤカにお返しがしたい。怖いけど約束したからきっと大丈夫。
「あの、サヤカは、一人になりたいって。……俺にできること、ある?」
「あー、うん、えー、ヨアヒムの日だったもんね、ごめん。ヨアヒムせいじゃないから」
「……うん。でも、できることあったら」
「ありがとう。そうだねぇ、一人になりたいときは放っておいてくれると嬉しいかな。お見舞いしないで」
「わかった」
「今回も放っておいてくれてありがとう。心配かけてごめんね」
「……うん」
行けなかっただけだけど、それでよかったみたいだ。
「今は、一人になりたい?」
「ううん、大丈夫。ありがとう。ヨアヒムは? 部屋に戻る?」
「あ、まだ、……いても、いい?」
緊張と恥ずかしさで声が小さくなった。顔が熱くて前を向けない。汗で湿った手をズボンで拭った。
「ふふっ、いいよ。なんの話する? したいことある?」
嬉しくて言葉が出てこない。頭まで熱くなってグルグルする。なんの話をしたらいい? そばにいたいだけって言ったら気持ち悪いかな。
迷って何も言えずにいたら、立ち上がったサヤカが俺の隣に座って心臓が跳ねた。
「隣に座ったほうが緊張しないらしいよ」
すぐ隣にいるのに? こんなに近いとドキドキするし、抱きしめたいのに。
「ヨアヒムは大きいよねー。寄りかかってもいい?」
「うん」
サヤカの体が俺の右腕にもたれかかった。顔をくっつけて腕の匂いを嗅ぐからくすぐったい。
「お菓子の匂いがする」
「俺?」
「うん。服に匂いがついたみたい」
「サヤカは?」
そう聞いたら、自分の袖の匂いを嗅いでから俺に腕を差し出した。
「少しするみたい」
差し出された腕を掴んでドキドキしながら匂いを嗅いだ。ほんのり甘い匂いがする。美味しそうな匂い。美味しそうなサヤカ。
匂いを嗅ぎながら腕を辿る。手首から肘まで、肘から肩まで。
「くすぐったい。お菓子の匂いした?」
すぐ近くで聞こえたサヤカの声で我に返った。勝手にこんなことして。でも笑ってるから。もう少しこのままでも許してくれる?
「……うん。美味しそうな匂い」
サヤカの背中に手をまわして肩に頬ずりをした。優しい手に頭を撫でられて胸がジンとする。首元に顔を埋めると、お菓子と違うサヤカの匂いがして泣きそうになった。
会いたかった。嫌われたのかと思って怖かった。会えなくなるかもしれないと思ってずっと不安だった。
お願い
「嫌わないで」
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる