6人の夫と巫女になった私が精霊作りにはげむ1年間の話【R18】

象の居る

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第一章 巫女ってなんなんですか

45.歪み

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 なんとなくヤル気が起きない。ヴェルナーにも断りを入れ2回で終ってもらった。

 次の日のラルフには、寝なくていいから話だけしようと夜の散歩に誘われた。
 外に出て夜の庭を眺める。レイルードの花は散って葉を茂らせ、涼しいけど寒くはない温度が夏への移り変わりを教えてくれる。
 警備のお姉さんが笑顔で走り寄ってきた。

「こんばんは、巫女。お菓子ありがとうございました。すごく美味しかったです」
「こんばんは、ミュラーさん。口に合って良かった」
「リザって呼んでください。聞いてくださいよ、一人占めしようと思ったのに意地汚い先輩がうるさくて」
「俺にはビスケット一枚しかくれなかったんですよ」
「私のアドバイスへのお礼なんだから私が食べるのが当たり前じゃないですか」
「くれたっていいだろ」
「また今度作りますね」
「やったー」

 無邪気な笑顔が眩しい。いいなぁ。明るい人って見てるだけでこっちも明るくなる。

「今日はラルフと散歩ですか?」
「はい」
「オレが付いてるから護衛は離れたとこにいてくれ」
「はいよ。いいですねー、夜のデート。いってらっしゃーい」

 ずいぶんと親しそうなので聞いたら、狩りに出かけるとき護衛についてくれた何人かと仲良くなったらしい。

「剣の練習相手もしてもらってる。腕のいいヤツばっかりだから負けっぱなし」
「警備隊は強いんだね」
「ああ」

 二人並んでゆっくり歩く。夜風が気持ち良い。ラルフが私をみて優しく笑った。

「無理してゲルトと寝なくたっていいんだぞ。自分のしたことわかって顔色変えてたから、おとなしく受け入れるさ」
「……うん」
「不安ならヴェルナーも呼ぶし、しばらく休んだっていい」
「副作用が出るまで?」
「あれはなぁ。精霊産むには合理的だけど、ひでぇよな」
「だよねぇ」

 小さく笑って気持ちをほぐした。

「ゲルトはなんでああなるんだと思う?」
「……オレら獣人はさ、獣化するとなんていうか理性が緩みやすくなんだよ。完全に飛ぶヤツもたまにいる。ゲルトが獣化した状態だったなら、サヤカにはとんでもねぇことだと思うけどよくある話なんだよな。だから、同族同士じゃない限りめったに獣化しない」
「そうなんだ。じゃあゲルトは獣化しなくても理性が緩みやすいってこと?」
「そういうふうに見えるよなぁ。色んな部分で欲求不満なのも関係あるかもな」
「欲求不満?」
「女に相手にされねぇ、白い目で見られてる、自分だけ我慢してるとか。アイツ喋らねぇし部屋に閉じこもってるだろ。好きでやってんならいいけど、そうじゃねぇなら気晴らしもできてねぇだろうし、余計に鬱憤溜め込んでんじゃねぇか?」

 獣人の特性やゲルトについてポツリポツリ話しながら一周して玄関に向かう。

「浮かない顔してどうしたんですか? ラルフに何かされました?」
「したのはオレじゃねぇよ」
「え!?」
「押し倒されただけだから大丈夫」
「なんですかそれ! 『だけ』じゃないですよ! やり返したほうがいいですよ! 大人しくしてたらなめられますって!」
「でも、仕返しってなんか……」
「仕返しは自分がスッキリするためにやるんですよ! 気分が晴れないのはやり返してないからです。手足ふん縛ってムチ打ちするとか足蹴にするとか、ケツ掘って女の気分味わわせるとか怖い目に遭わせないと! さんざんヒィヒィ言わせたらスッキリしますって」
「ヒィヒィ言わせるって、どうやって?」
「私が伝授しましょう」

 そう言ってリザが耳打ちで教えてくれた。なかなか大変そうだけど話は面白いので、わからない部分を質問したら乗り気だと思われたらしい。楽しそうなリザに応援されて部屋に戻った。

「手足縛っとくのはいいな。安心するだろ?」
「うん」

 教えてもらったことをラルフに話すと笑いながらそう言った。
 仕返し、は良い考えかもしれない。そのほうがお互いスッキリするかも。方法がアレだけど。でも押さえつけられる怖さを体験してほしくなってきた。うん、あの理不尽を味わってもらおうか。

「仕返しする」
「クハッ、その気になったか。ムチ用意するか?」
「ムチはいらない。潤滑油にする」
「ケツかぁ。大変そうだな」
「ラルフはしたことある?」
「女相手に経験あるけど、されたことはねぇな」
「私は両方ない。ゲルトには実験台になってもらおう」
「怖ぇな」

 全然怖がってない笑顔で私を見てテーブルの向こう側からゆっくり手を差し伸べた。毛の生えてない手の平に手を重ねると優しく握られる。

「ヤル気が起きねぇならオレが断ってやるから」
「……ありがとう。そうだね、しばらく寝ないで副作用待とうかな」
「荒療治だけど休めば副作用が出るから仕方ねぇか。今日から休むか?」
「どうしよう」
「オレのことは気にすんなよ。副作用出た、すげぇサヤカを一番に抱けるなら文句ねぇし」

 ニヤニヤ笑ってからかわれ恥ずかしくなる。

「副作用だから仕方ないでしょ」
「仕方ねぇよな。楽しみにしてる」

 握り締めた手を開いて私の手を離し、立ち上がったラルフをドアまで見送る。

「おやすみ、サヤカ」
「おやすみ、ラルフ。ありがとう」

 階段を降りて振り返ったラルフが手を振る。私も手を振り返してドアを閉めた。

 ラルフの優しさが沁みて泣きそうになる。散歩に行ったのも、近付き過ぎないのも私が怖がらないように。からかうのは私が気にしないように。手を握ったのは私を慰めるため。
 ラルフの隣で丸まって眠りたい。きっと安心して眠れるな、子供だったなら。

 でも私は女で、愛されたいと思ってしまった。

 獣化したラルフに押し倒されたら嬉しかったかも。胸を走る痛みに泣けた。認めたくないけど仕方がない。ずっと望んでた欲しい言葉、優しさをくれる私の味方。けどそれ以上の気持ちは存在しない。私はただの友達でしかない。しかも期間限定。
 自分がバカバカしくて笑いがもれた。もし付き合えたとしたって上手くいかないのは目に見えてる。こんなにアッサリ振る舞われたら前彼と同じことになるだろう。優しさや気遣いは全然違うけど私に興味ないのは同じ。

 前彼に貢いだのは不安だったから。なぜ不安だったのか、今回のことでようやくわかった。

 支配と執着。

 そういう関係が嫌なのにそれがないと物足りない。母と私の関係がおかしいってわかってるけど、でもそれ以外にどうやったら必要とされてるって、好かれてるってわかるんだろ。健全な人ならわかるのかもしれないけど私はわからない。私も母のように執着心が強いんだろう。きっとそうだ。だから興味持たれてないってわかっても前彼に執着して山ほど貢いだんだ。

 あんなに嫌だった母と同じ自分に気付いて暗い淵に沈むような気分だった。何もかもが呪わしく思える。
 しばらく一人になるとリーリエに伝え、また3日休んだ。ラルフに心配されたけど副作用を待ってるだけだと嘘をついて。
 自分がクソだって気付いて落ち込んでるなんてねぇ、言えるわけない。あははは。

 ああそうか、だからゲルトは精霊王に選ばれたんだ。歪んでる私と歪んでるゲルトならお似合いだ。マウント取り合うのもいいかもしれない。先制攻撃は私。ゲルトが降参するまでずっと私。

 副作用の火照りと自分へのイラつきで刺々しい思考に変わっていく。誰かを酷い目に遭わせてやりたいと思う。ゲルトへの怒りは正当なはずだけど、自分への怒りも重なって前が見えなくなりそうだ。


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