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第二章 精霊産みといろいろ
70.味方になるんだ Side ヨアヒム
しおりを挟むSide ヨアヒム
今日はラルフが先にサヤカとくっついている。
それを眺めて不安になる。こないだは見たことないサヤカだった。俺の知らないことを2人でしてた。あんなに恥ずかしがるのにラルフには見せてる。
もしかしてと疑うと全部がそう見えた。サヤカが誰を見てるか誰と話すか目で追って、疑いがどんどん膨らんだ。
「ヴェルナーの相手、大変だったな」
「うん、でもよくあるから」
「我慢しねぇで言えよ、助けるから」
「ありがとう」
サヤカは目をつむって口だけで笑った。
「ヴェルナーで大変だったし、今日は優しくするか」
「優しく?」
「神官に甘くしてんだろ。ヨアヒムとも。そっちのがいいならオレもそうする」
ラルフの肩に頭をのっけてるサヤカが動かなくなった。
「……サヤカ? ……どうした」
「……なんでも、ない」
サヤカの声は涙声で、泣いてるんだとわかったら頭が真っ白になった。
ラルフが涙を拭って胸に抱きしめようとしたら、逃げた。
「……ごめん。今日は一人にしてもらってもいい? ごめんね」
俯いて目を隠したままそう言った。苦くて硬い石みたいな声で、俺たちにいてほしくないんだと分かった。俺もラルフもお休みだけ言って部屋を出て、何も話さないまま部屋に戻った。
サヤカが泣いた。震えてた。優しくするのが嫌なの? ラルフだから? 俺と神官は平気なのに、ラルフだとダメになる。
サヤカの目線を思い出す。仕草を。言葉を。態度の違いを。引っ掛かってたものがぜんぶ繋がって気付く。
悲しいのに腹が立つよくわからない気持ちで、もう一度サヤカの部屋へ向かった。サヤカに何か言わないと気が済まなかった。言葉にならないものが胸の中でグルグルしている。ノックもしないで部屋に入り、ベッドの上のサヤカまで一直線に歩く。サヤカは薄い布団の中で丸まってた。
「ラルフが好きなの?」
「……知らない」
サヤカの震える声でハッキリわかった。ラルフが好きなんだって。そう思ってたのに本当のことに決まったら体中から力が抜けてバラバラになりそうだ。何かがぜんぶ壊れてしまう。
鼻をすする音が聞こえて、まだ泣いてるって思った。
でもラルフはサヤカのこと好きじゃないのに。俺は好きなのに俺じゃダメなんだ。サヤカだって知ってるのに俺は選ばれない。
悲しくてぼんやりした頭でサヤカを見る。布団をかぶって丸まったサヤカは小さくて、なんだか子供の頃を思い出した。
イジメられて布団にくるまって泣いてたっけ。泣き止んで晩ご飯の椅子に座ったら、母さんは抱きしめて兄さんが次は助けるって励ましてくれた。
家族とのあったかい思い出。
サヤカはずっと泣いてるのかな。泣いたあとで食卓に座ったらきっとみんな抱きしめてくれるよ。
でも泣いてたことはない。見たこともない。だから驚いたんだ。泣かないのは俺たちが必要ないから? でもラルフにも帰ってって言ったっけ。じゃあ誰もいない。一人が良いの? でもそれならなんで泣くの?
ああそっか、ラルフのことで泣いてるなんて誰にも言えないんだ。だってラルフ以外のみんなは、サヤカが好きだから。誰にも言えないで一人で泣いてみんなには笑いかける。
途端に胸が痛んだ。
今まで笑ってたけど俺が知らないだけで、一人で泣いてたの?
励まされたり優しくされたりしたことを思い出す。何も言わなくてもそうだった。いつも俺を助けてくれた。
俺が何も言わなくたって家族は味方してくれた。サヤカもそう。俺はサヤカに何をしたっけ?
でもそれはサヤカが頼ってくれないから。頼ってくれたら優しくするのに。
ラルフのことで泣くサヤカに? 本当にできる?
……今も泣いてるのに俺は見てるだけだ。それにラルフを好きなことに腹を立ててた。
サヤカはわかってたんだ。気持ちに応えないと助けてもらえないって。そんなの、そんなんじゃ頼るわけない。
サヤカは俺たちが、サヤカを抱けるから優しくしてると思ってるのかもしれない。でもそれは本当だ。今だって俺は優しくできないんだから。
サヤカは今までも一人で泣いて、これからも一人で泣くんだ。
初めて会ったときのことを思い出す。
知らないうちにつれてこられたって言ってたこと。巫女なんかやりたくないって言ってたことも。
一人ぼっちのサヤカは勝手にこっちにつれてこられた。知らない世界で、俺たちと寝ないと苦しめるって言われて、やりたくないことをやらされた。初めて会った俺たちに笑いかけて優しくしないと居場所もなかった。それでも頑張って優しくしてくれたのに、気持ちがこもってないからって誰にも助けてもらえない。
俺たちが酷いことしたんだ。酷いことしたのに、サヤカが俺のこと好きにならないって怒ってる。
涙があふれ出して止まらなくなった。
俺はなんて酷いことしてるんだろう。
一人ぼっちで布団にくるまるサヤカが悲しい。それをさせてる自分が苦しい。こんなんじゃ好きになるわけない。こんなの嫌われて当然だ。だって俺、サヤカの気持ち考えたこともなかった。俺の気持ちだけ押し付けてた。
小さいサヤカを布団の上から抱きしめる。
「ごめん、サヤカ。ごめんね」
謝ったって遅い。遅いけど謝らなきゃ。
それで俺が味方になるって言う。兄さんが言ってくれたみたいに。俺のこと好きじゃなくたっていいって。家族みたいに味方するって言わなきゃ。
「俺のこと好きじゃなくていい、ラルフのこと好きなままでも俺はサヤカの味方になる」
サヤカは静かにジッとしたままだけど、それでいいんだ。ただの俺の気持ちなんだから。
「寂しかったらそばにいるから。俺がそうしたいだけだから、サヤカの気持ちはそのままで、そのままのサヤカの味方になるから。一人がいいときはそう言って。俺のこと気にしないでサヤカのしたいようにしてほしい」
「……なんで」
「サヤカに優しくしたいだけ。俺はもう充分もらったからもういいんだ。……そばにいてもいいならくっついて教えて」
震える鼻声にそう答えたら布団にくるまったままのサヤカがくっついた。俺は抱きしめて背中を撫でる。
「泣いても笑っても怒ってもいいよ。サヤカがいる分だけこうしてるから」
「……ありがとう」
小さくそう言って俺にもっとくっつく。ずっと撫でてたらいつの間にか寝息が聞こえてきた。眠るサヤカの顔を布団から出す。少し腫れてるまぶたに口付けて涙で湿った髪を撫でた。
これからは俺が優しくしよう。サヤカが俺を好きじゃなくても俺が好きなのは変わらない。俺がしたいからするだけ。それだけでいいんだ。
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