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第二章 精霊産みといろいろ
80.ため息 Side ヴェルナー
しおりを挟むSide ヴェルナー
心ここにあらず。
そんな風情を漂わせているのは、まだ慣れないからだと思っていた。慣れて落ち着いたら、どこか線を引いたサヤカの態度も変わるという希望。それまで待とうと思っていた。
待っていたのに。
態度が親し気になるにつれ、引かれた線は決して超えられない境界になった。困った顔で笑い、宥めるために笑い、何かを隠すために微笑んで遠ざかる。
最初は単純に夢中になった。
後には私以外を追い出すため、遠い心のあなたに体はここにいるのだと教えたくて。追いかけて追いかけて見えなくなる。
喜びと幸せは、寂しさと悲しみを連れてきた。振り向いてもらえるのを待つのは、なんと辛いことだろう。目の前にいる私が、あなたに映っていないと知るのは酷く苦しい。それでも、喜ばせようと気遣ってもらえるのは無上の喜びだ。
落ち込んではささやかなことに喜び、悲しんでは愛しさに胸が塞ぐ。
なぜこんな状態になるかなんてわからない。知った所で意味はない。状態が変わるわけではないのだから。
「オマエ、いい加減にしろよ。サヤカが寝込んでんだろ」
「わかってる」
「わかってねぇ。いつもなんだろ」
「たまにだ」
「どれくらいなんてどうでもいい。失神するまでやんなって話だよ」
わかってる。わかっていても、サヤカの体も心もこちらにあるのだと、知らしめたくて仕方がない。
「……サヤカは、ここにいない。いつもどこか遠くだ。だから」
「……まあ、そんな感じはする。でもそんなことしたって引き留めらんねぇだろ」
「お前はどうでもいいのだろう? 私は違う」
「そんなことして引き留めても逆効果だってんだよ。自分の体を気遣わない男のそばにいてぇわけねぇだろ」
「……なら、」
なら、どうしたら? どうしたら振り向いてもらえる? どうしたら私を見てもらえる? どうしたら、どうしたら上辺の付き合いを止めてもらえる? どうしたら?
「知らねぇけど、体への気遣いは必要だろ? 自分を大事にしてくれる男は悪く思わねぇもんだ」
「……ああ」
「振り向かねぇ相手追っかけるオマエの気持ちも少しはわかるけどよ」
「誰でもいいお前にわかるはずがない」
「っせぇな。オレだってよそよそしくされて寂しいんだぜ」
「お前が?」
「最近はヨアヒムと仲良いしな」
「……神官もだろう」
「神官はなー、なんつうか、赤ん坊をあやしてるみてぇなもんだ」
「どういうことだ?」
「男扱いじゃねぇってこと。……そっちのが気楽なのかもな」
「どういうことだ?」
「しんどいときって色気あること、メンドくさくなったりすんだろ? サヤカもそうかもしれねぇな」
私の気持ちは面倒? サヤカの重荷? ……そうかもしれない。
嬉しそうな顔は思い出せなかった。……私を想っていないと知っている。
「お前は押しすぎなんだよ。一歩引いて待て」
「……半年過ぎても好かれていないのに、引いたらそのままだろう」
「お前から押され過ぎて疲れてんのかもしれねぇだろ。いつも押してくるヤツが引いたら気になるもんだから試してみろよ」
「本当か?」
「モノは試しだろ」
ラルフが私の肩を軽く叩いて励まし、部屋を出ていった。ベッドに身を投げ出し、深呼吸して心を落ち着かせる。
『一歩引いて接する』とはどうしたらいいのだろう。
嫉妬を口に出さず、私のほうを見て欲しいと揺さぶりたくなる衝動を抑えて抱きしめるだけにした。
そうこうしてるうちに精霊祭の準備で忙しくなった。私の体を気遣ってくれるが『会いたい』とは一言も聞けず、それどころか会う時間が負担になるなら休んでくれと。
私が苦しいのは仕事のせいではない。あなたがほんの少しでも私を求めてくれるならいくらだって。
望むべくもないことだ。分かり切っている。好かれていないのだから。……それでも離れられない。離れるくらいなら。……くらいなら?
精霊祭が無事に終わり、神官の繁殖期がきたせいでサヤカと2人で会えなくなった。もし私が繫殖期だったなら、同じように対応してくれるだろうか。……たぶん。
誰かと比べてばかりだ。そうして特別な相手がいないと確認する。だから私にもまだ希望があると自分を慰める。
繁殖期などっ。私はいつだって渇望しているのに。
口付けをねだり、承諾したのに恥ずかしがるサヤカへ我慢できず吸い付いた。あとはもう渦巻く何かに押し流される。無理矢理引き剥がされて逃げ出すサヤカの後ろ姿。一瞬前まで腕の中にいたのに。
翌日、夕食後の短い時間に自室へサヤカを連れ込んだ。ラルフも付いてくるのは煩わしいが仕方がない。
ベッドに押し倒したサヤカに手で触ってもらう。ラルフももう片方を自分にあてがった。
「……いっぺんに握るって変じゃない?」
「そうしないと時間がかかるだろう?」
「神官が戻る前に終わらせてぇならこのほうがいい」
「……うん」
口付けながら、ぎこちないサヤカの手に自分の手を重ねて動かした。久しぶりにフワリと温かい手に包まれて、鳥肌が立った。何も言わずとも、私に快楽を与えようと指先で鈴口を捏ねまわす。その仕草に喜びが沸き立った。
私に応える小さい舌へ吸い付いて甘噛みをしたら、喉から甘いため息を漏らす。
ああ、もうこの衝動をどうしたらいいんだ。
手を指を指のあいだを犯すように押し付けて熱を吐き出した。
私の種を塗りこむために何度も擦り付け、手の平中汚してもう一度吐き出す。
「……っぁ、もう、おしまい。……ん」
くそっ。治まらない。こんなの、もっと欲しくなるだけだ。でも
「サヤカ、また明日も」
「みんなと話し合って大丈夫なら明日もヴェルナーね」
「……ああ、わかった」
そうだ、いつだってその中の1人だ。それだけでしかない。
悔しさを胸にしまってサヤカの手を拭き部屋まで送った。
「ごめんね。我慢してくれてありがとう」
「……いや。サヤカも大変だろうから気にしなくていい」
「ありがとう、お休み」
ひたいに口付けを落とした。私を見上げる目は黒く、優しく微笑んで距離を置く。
もし、もしも私を好きだと言ってくれるなら、待つなんてわけないことだ。そうではないから忘れられそうで、どんどん距離が広がりそうで、縋り付きたい衝動を我慢できない。
階段を降りる私を見送る。それはただの礼儀でしかない。見ていたいからではない。
自室に戻ってベッドに座った途端、大きなため息が出た。
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