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第二章 精霊産みといろいろ
81.繁殖期が終わって Side リーリエ
しおりを挟むSide リーリエ
自分で自分を抑えられなかった。
とにかく巫女のそばにいたくて、巫女がほしくて気が狂うかと思った。いや、たぶん一時的に狂っていたのだと思う。
巫女に抱かれたことで熱は大分発散できたが、それ以外のこと、巫女を自分一人のものにしたい衝動も酷いものだった。
すべての精霊をまんべんなく産むのは大事な務めだと頭では知っているのに、それすら認められなくて苦しかった。繁殖期はパートナー以外に目が向かなくなるとは聞いていたが、他の夫を排除したくなるとは思わなかった。精霊の種によってあらゆる衝動が増幅されたようだ。
こんなふうに縋り付いたら鬱陶しがられると思うのに止められない。こんな気狂いではいつ嫌われてもおかしくないと毎日怖くて、でも口にしたら本当になってしまう気がしてただ巫女に縋った。それなのに優しくて、ずっと好きだと私が安心するまで抱きしめてくれた。
私ができそこないだと分かる前、ぼんやりとしか思い出せない幼い頃のあたたかな記憶が蘇った。優しくされて嬉しいのに同じくらい悲しかった。
それなのに体の中で熱が暴れてどうにもできず巫女に助けを乞うて。他の夫と巫女の触れ合いが怖気立つほど嫌で。
ある朝、頭がスッキリと目覚めた。体の中が静かになって繁殖期が終わったのだと分かった。
隣で目覚めた巫女が私を見て微笑む。夜明けの薄い青に染まった肌は神秘的で、触れてはいけないような気がした。
白い精霊が産まれて私に纏わりついて瞬くのを巫女が楽し気に見守る。
「リーリエは精霊に好かれてるね」
「……はい」
巫女は?
言えなかった。ずっと好きだよといつも答えてくれるのに、聞いたら泣いてしまいそうで。だって巫女は私を子供のように。子供なのは確かだ。泣いて縋って甘え、子供のように安心をもらった。
「巫女、あの、繁殖期が終わったみたいです」
「そうなの? 良かったね、体が落ち着いて」
「はい。巫女に散々ご迷惑おかけして申し訳ありません」
「私は大丈夫。副作用だから仕方ないよ」
「あの、副作用で」
「うん、気にしないどく。勢いで思ってもないこと言っちゃうことあるし、忘れるから」
「…………はい、ありがとうございます」
巫女は笑ってからあくびをして眠ってしまった。
私は幸せだったと言えなかった。体がおかしくて大変だったけれど、毎日巫女に抱かれて幸せだったのに、それは私だけなのだとわかってしまった。巫女は一度だって自分から求めなかった。私の我儘に付き合ってくれただけ。
愕然とする。私は幸せで巫女も同じく幸せだと単純に思っていたけれど、全然違った。巫女は私が巫女を求めるように私を求めることはない。
巫女が抱きしめてくれるのは同情。憐れみ。私がどんなにわがままを言っても頷いてくれた。それは施し。
私は、私はできそこないのまま。
私以外のところへ行かないでほしいと泣いたのは寂しくてたまらなかったから。二度と振り向いてくれないんじゃないかと思ったから。差し伸べてくれる手が消えてしまう気がして。今も、今も思います。だって巫女は私のことを本当は好きではないから。
本当に好きってなんでしょう。誰からも好かれたことないのになんでそう思うのでしょう。巫女だけが言ってくれたのに、それを嘘だと思うなんて。
巫女、私にはわかりません。私が妖精族だから?
巫女は私に親愛を示し、私を助けてくれました。隣人の差し出す手がなくなってもそれは仕方のないことだから。繁殖期に付き合ってくれた巫女に感謝して、それでお終いにするべきなのです。
巫女はいなくなってしまうから。私は巫女から離れなくてはいけない。
昼前に巫女を起こして、お風呂の準備をしてあると告げた。巫女はお礼を言って一人で入る。昨日まで一緒に入っていたのに。私がねだらなければ巫女は誘わない。そう、巫女は私と違う。どうしても触れたいとは思わない。
気づかなければ幸せだったのに。私の幸せが巫女と同じだと感じていられたのに。
「繁殖期が終わりました。一ヶ月ご迷惑おかけしました」
昼食時にそう伝えるとピリッとした空気が一瞬流れた。
「大変だったんだろ? 落ち着いて良かったな」
それを緩和するようにラルフが落ち着いた声を出す。
「今夜、訪れても?」
「オレも。オレは仕事休みだからこのあとすぐでもイイ」
ヴェルナーは巫女に強いまなざしを送る。私のせいで我慢していたのだろう。ラルフもすぐに追従した。
「それなら私だって」
「お前は仕事だろ」
「……なんか怖いんだけど」
「……すまない。でも我慢していたのはわかってほしい」
「どうせなら精霊王産みの試しやってみるか? いつかはしなきゃなんねぇんだし。見張りが大勢いりゃ、ヴェルナーのがっつきも減るだろ?」
「……なんで」
「待ってたのはお前だけじゃねぇし。昼間と夜の二回に分けるか?」
「そうだね」
「私は仕事なのにっ!」
ヴェルナーは悲痛な叫びをあげた。巫女はラルフと笑う。
私のせいで他の夫のもとに行けず、巫女も我慢していたのだろうか。巫女が提案したのに私が嫌がったから。
「お前は夜でイイだろ。あ、昼にすぐ終わらせたほうがしつこくなくてサヤカも楽か」
「……嫌な奴だな。いい、夜にゆっくりする」
「ぶふっふっふふ」
「……笑うことないだろう」
「ごめ、ちょっと、いいコンビだなと思って」
「こんな奴はゴメンだ」
「オレだってそうだよ。めんどくせぇ」
ヴェルナーとラルフの会話を聞いて楽しそうに笑っている巫女の顔を眺めた。
精霊王産みがある。そうだった。まだお勤めは終わりじゃない。これが私のいる意義。大丈夫、私はできる。
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