6人の夫と巫女になった私が精霊作りにはげむ1年間の話【R18】

象の居る

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第二章 精霊産みといろいろ

86.注意されたの忘れてた

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 目覚めたら紫色の精霊が産まれ始めた。天窓まで行かずにフワフワ漂う姿はなんだか心配しているように見えた。手の平を上に向けて伸ばすと精霊が押し合いへし合い集まる。触られてる感触はないけど、なんとなくくすぐったい。隣に目を向けるとヴェルナーも起きていて抱きしめられた。抱き合ったら、安心したように天窓に消えていく。

「心配されてるみたいだったね」
「ああ。おはようサヤカ、愛してる」
「おはよう」

 チュッチュと繰り返される。ありがとう、でも眠い。
 もう一度目をさました時にはリーリエと泣きそうなヨアヒムがいた。朝の挨拶をしたあと、震えるため息を吐いてから話し出す。

「俺たち知らなかったんだ。こっちに来たから、ずっといられるんだって思い込んでて」
「うん」
「だから、あの、もっと仲良くなったらずっと一緒にいてほしいって言うつもりだったんだ。ヴェルナーとゲルトが文献を探すって。俺とか、字が読めないから、何もできないけど、でもいてほしいって思って、る……」

 目をつぶってしまったヨアヒムの、強く握りしめたこぶしを手で包んだ。頬に寄せてキスをする。

「ありがとう。そう言ってくれるだけで充分嬉しい」
「……もし、こっちにいれることになったら、残ってくれる?」

 私の頬を両手で包んで涙がこぼれ落ちそうな目で見てる。

「考えたことなかったから……。想像できないけど、考えてみる」
「俺、パンを焼けるから、仕事できるから、サヤカの分も稼ぐから」
「ありがとう、ヨアヒム」

 笑いかけたら、袖で乱暴に顔をこすってくしゃくしゃな顔で笑った。

「もうお昼?」
「もうすぐだよ」
「じゃあ、着替えようかな。また後でね」

 ヨアヒムを見送ってからリーリエにお風呂に入ると告げた。浴槽にはいつも通り温かいお湯が満たされている。木の水汲み桶で体に掛け流していたらリーリエが入ってきた。

「……巫女」
「どうしたの? そういえば、ごめんね、文献探し手伝わせて。断ってもいいから」
「私は、巫女が消えると知っていました。精霊王のなされることに私たちが出来ることは何もないと思っています」
「うん、私もそう思う」
「だから、今まで何も……」
「それが当たり前でしょ。気にしないで。リーリエが毎日お世話してくれるて、それが仕事でも手抜きしないで対応してくれるのありがたいって思ってます。ありがとう。私がいなくなっても元気でね」
「まだっ、まだですっ。まだ消えません、まだ春まで」
「あー、ごめん、そういう意味じゃなくて。えーと、リーリエを応援してるってこと」
「……はい、ありがとうございます」

 そのあともずっと離れずに無言のまま髪を乾かしてくれた。

「今日は出掛ける予定だったけど、出掛けて大丈夫だよね」
「あ、はい、そうでした」

 神殿の服じゃなく庶民の服を着る。食事を運んでくると言ってリーリエは出て行き、私は一緒に出掛ける予定のサミーの部屋を訪ねた。
 ノックの返事を聞いてからドアを開けたら、サミーが驚いた顔をした。

「おはよう。今日は出掛けないの? 神殿服だけど」
「あ、おう、忘れてた。着替える」
「行くお店は予定通りだよね? 屋台とか露店も見たいな。精霊祭で何人か怪しい人捕まえたから大分いいんでしょ?」
「そうだな、ちょっとブラついてもいいか護衛に聞いてみっか」

 服を着替えてるサミーとお喋りをする。机の上にバラバラと粘土の欠片が散らばっているのを眺めた。

「何を作ってるの?」
「あー考え中」
「出かけた先で良い考え浮かぶといいね」
「ああ。……なぁ、前にブローチ売れてっからこっちでも稼げるんじゃねぇかって話、したろ?」
「うん」
「あれ、本気で言ったんだ。……消えるって思ってなくてよ」
「うん、ありがとう。褒められたと思ってた」
「ははっ、そうか。うん、いけるって思ってて……。もし、こっちに残んなら一緒に仕事しねぇか? 俺が工房持ったらこうやって」
「工房持つの!? すごいね」
「すぐじゃねぇけど、この仕事長いしもう少し実績積んだら組合へ申請して問題ねぇと思うんだ。工房持つのに金が必要だからどっかに勤めてもうちょっと稼いでから、……あ、いや、俺、土妖精族だからよ」
「うん」
「他に相手がいてかまわねぇんだ、惚れた奴がいても。ただ俺とも一緒になってほしい。……はははっ、いきなりで驚くよな。考えてといてくれ」

 頭をかきながら笑って目を逸らした。サミーは肝心なところでいつも目を逸らす、照れ屋なところがある。褒めたりすると誤魔化して笑って違う方を見る。だからこれも本気の話。こんな話を冗談でするタイプでもない、根は真面目だから。

「考えておく、そんなふうに見てくれてありがとう」
「……そんなの。……可愛い、いい女じゃねぇか。俺には高望みかもしれねぇけど言っておきたかった」
「高望みじゃなくて見る目ないほうかもよ」
「……っは、ははっ。そんなら競争相手が減ってちょうどいい。まあ、俺の親みてぇに夫が8人いたってどうってことねぇよ」
「私が嫌だよ。多過ぎる」
「俺たちは女に弱ぇから言うこと聞くけど、ヴェルナーみてぇのが8.人じゃ手に負えねぇよな」
「一人でも手に負えない」
「っははは、手伝うさ。実家じゃ羊の世話もしてたし」
「動物扱いしてる、っふふ」

 2人で笑ってると食事を告げるリーリエの声が聞こえた。部屋から出て食事の支度を手伝う。みんなでテーブルについて祈りを捧げるリーリエを眺めた。
 料理はいつも通り、焼いたお肉、茹でた野菜とパンとチーズ。変わらない食事内容だけどヨアヒムが焼いてくれる色んなパンが変化をくれてありがたい。

「クルミが入っておいしいパンだね、いつもありがとう」
「うん」
「あー、サヤカ、聞いたかも知れねぇけど」
「うん?」
「オレたち知らなくて。字が読めるヴェルナーとゲルトが文献探すから待っててくれ。オレも冒険者仲間に昔話みたいなのあるか聞いてくる」
「うん、ありがとう。まだ時間あるしあまり無理しないでね。見つからなくても気にしなくていいから。あー、えーと、精霊王に力が及ばなくてもガッカリしないでってこと。私はもう最初からそうだと知ってたから」
「……ああ」

 あまり気をつかわれたくないと思うんだけど説明が難しい。
 パンを口に入れると産屋棟の玄関が開き、遅れてやってきたヴェルナーが小走りで私に抱き付いた。

「お疲れ様」
「会いたかった。予定通り出掛けるのか」
「大丈夫だよね?」
「ああ。確認しようと」
「文献調べるって聞いたよ。ありがとう」
「ああ、だから、だから、離さない」

 私を抱きしめる腕をポンポン叩いて食事を促した。

「今夜から同じ部屋に住みたい」
「ダメでしょ、ヴェルナーだけ」
「邪魔はしない」
「ダメです」
「神官はいいのになぜ私はダメなんだ?」
「リーリエは1ヶ月の繁殖期で調子がおかしくなったからでしょ」
「すぐ消えないとわかっているが不安で眠れない。不安が治まるまででいい」
「……みんなで話し合って。私がいないところで」
「わかった」

 そのあとは言葉少なに食事をして警護の準備が出来次第、出発することになった。テーブルでお茶を飲みながら待つ。食事中から一言も喋らないゲルトにもお礼を言った。

「ゲルトもありがとう。勉強の邪魔してごめんね」
「いえ、……力になれるなら。少しでも恩返しがしたいので」
「ふふっ、大袈裟」
「……帰る、つもりでした?」

 テーブルが静まり返る。

「うーん、ほら、考えてなかったからまだよくわかんなくて」
「そう、ですか。……調べても大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう。無理のない程度に」

 ゲルトと目が合う。パチパチ瞬きする顔は何を考えているかわからない。私は、何人からも引き留められてなんだか切ない気分だ。

 冷えてしまったお茶をすすってたら警備隊の人が呼びにきたので、馬車に乗った。

 護衛にはヴェルナーとリザ、そのほかに3人付いた。回復役の神官とサミーの3人で馬車に乗って出かけた。
 護衛の人はみんな精霊石が4つ嵌まった指輪をしている。魔法で攻撃されたときの対処に必要なほか、逃げる人の足を風魔法で引っ掛けるとか、いろいろ使うのだとヴェルナーが教えてくれた。

 今日はリザもいるのでメインターゲット層の意見も聞きながらアクセサリーやら小物を見て回ったあと、露店が並んでる通りを歩いた。
 果物は神殿で食べるしお菓子がいいかな~と眺める。ビスケットに入れるナッツ類とか。
 お店の人におすすめを聞いて何種類か購入した。ヴェルナーに受け取ってと頼んだところで、トン、と足に何かがぶつかった。すぐ近くにいる女の子が買い物かごを落としたらしい。オレンジみたいのやら何やらが転がる。私の足に当たってコロコロと転がって行く果物を慌てて追い掛けた。

 今まで身の危険を感じることは何もなかったし、護衛にも慣れてないうえ昨日から色々あったから、『拾ってはいけない』と注意されたことを忘れていた。

「待てっ」

 手を掴まれ、振り向いた私の横を何かが通った。視界に粉が舞い、咄嗟に目をつぶる。手で払おうと動かしたら、ドンッという衝撃が胸にきた。
 え?
 胸の前に誰かの手。
 なに?
 離れていく手の先に何かが光る。熱い。胸が熱い。すごく熱い胸から赤い色が噴き出した。牛乳パックから注ぐみたいにドクンドクンと溢れる。零したら汚れちゃう。手で押さえても押さえきれず、みるみる血にまみれた。地面も汚しちゃってる。あれ、地面が近い。なに、サミー、どうしたの。ごめん、聞こえない――――――


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