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第二章 精霊産みといろいろ
87.襲撃 Side サミー
しおりを挟むSide サミー
いきなり粉をかけられて咄嗟に顔を庇った。それでもちょっと目に入ったのか痛くて涙が出る。強い風が吹いて粉が消えたのは、ヴェルナーの風魔法か?
サヤカは?
立ち尽くした背中が動かない違和感。
「サヤカ、ど」
「サヤカっ!」
ヴェルナーの叫び声と一緒にサヤカが前のめりに倒れる。ヴェルナーに抱きかかえられたサヤカは胸から血を溢れさせていた。
「サヤカっ」
駆け寄った俺を不思議そうに見上げて目を閉じた。胸を押さえてた手が力なく落ちてカッとした。
剥ぎ取った帽子を胸に押し当てて血を抑える。帽子はすぐにぐしょぐしょに濡れ、指のあいだから溢れた血が手に赤い流れを作った。
回復役を呼びにリザが先に走り、ヴェルナーもサヤカを持ち上げて走り出した。俺も追い掛ける。足の長さがまったく違うせいで追いつかない。なんで背が小せぇんだ、くそっ。
馬車まできたら、周りに人が倒れて血が流れてる異様な光景だった。
回復役の神官も血まみれで青い顔をしていた。サヤカに手を当てて回復魔法を使ってる。手の下の光が治まってもサヤカは目を覚まさない。
「サヤカっ! なぜ、目を開けないっ!?」
「血が、流れ過ぎたの、かもしれませ……」
青白い顔の神官は変な息をして気を失った。
「くそっ魔力枯渇か。御者は無事かっ? リザは先行! 回復役と戻って来いっ」
サヤカと神官を抱え上げて馬車に乗せてから出発した。
ヴェルナーが抱きかかえてるサヤカを触る。あったけぇのに心臓も息も止まってて、よくわからなかった。なんだこれ。なんで動かねぇんだ? 眠ってるんだから息はするだろ?
口元に手を当てても何もない。唇は柔らかいまま動かない。サヤカの頬に赤い色が付いたのを見て、自分の手が血塗れだと気付いた。
いけねぇ、汚しちまう。
急に馬車が止まって体が揺れた。
飛び込んできた神官がつんざくような声で叫んだ。
「みこっ!」
冷や汗を流す額がチラチラと色を変える。魔法が不安定になるのか傷痕が見えたり消えたりした。サヤカ当てた手の下が光ってあまり経たずに消えた。神官があちこち手をあてても光はすぐ消える。
「体は、修復できたのに。できたのに、巫女、みこ」
「……うそだ、うそだうそだっ! まだだろう? 回復したら息が、いきが……うそだ」
ヴェルナーはサヤカを抱きかかえたまま、嘘だと呟き続けた。浅い呼吸を繰り返す神官の目はギラギラと忙しく動いてる。
「だいじょうぶ、精霊王が作ったからだだから、こんなことで。みこ」
うわ言見てぇに繰り返してあちこち触ってた。
俺も嘘だと思う。気を失ってるだけだ、きっと。静かだから息が聞こえないだけ。眠ってるだけなんだ。
知らねぇうちに神殿に着いて、傷痕が隠れていない神官に注意をすると、ハッとして隠した。サヤカと俺たちは産屋棟に戻った。冷静なリザの指示でサヤカは綺麗に洗われてベッドに寝かされた。血塗れの俺たちも着替えさせられた。
静かな部屋は息苦しくて重い。
なんでサヤカは眠ったままなんだ? 血が流れ過ぎたから? ……もしかしてこのまま? 嘘だよな? 本当は心臓が動いてて息もしてるんだよな? 俺に聞こえないだけで。
ベッドに横たわるサヤカの周りに俺たち6人が無言で座る。
最初の儀式のときもこうだったっけ。精霊王の石が光ってサヤカになった。それからサヤカの体に魔力を注入した。
最初の儀式を思い出してると神官が掛布をめくった。サヤカのへその下にある小さな石に手を当てている。神官も儀式を思い出したのか。
「……魔力を注入してください。もしかしたら」
最後まで聞かねぇうちにヴェルナーが手を当てた。次々に当てて俺も当てる。ほんの少し吸い込まれる感覚があった。儀式の通りなら目を覚ますかもしれない。胸に耳を当ててみる。でも何も聞こえなかった。それよりも、体が冷えてきた気がしてゾッとした。このまま冷たくなったらお終いな気がして、少しでもあっためようとお腹をさする。俺がそっと撫でるといつも嬉しそうにするサヤカの顔が浮かんだ。
なんで、なんでなんだ。なんも悪ぃことなんかしてねぇ。俺たちのせいで嫌な役目押し付けたのに、なんでこんな目にまで合わなきゃなんねぇんだ。サヤカはむしろ大事にされなきゃなんねぇんだ。なのに。こんなことして何になんだよ。
視界がぼやける。目をこすってたら、お腹を擦ってる手を誰かに止められた。
目を開けたらサヤカと目が合った。
笑った。
笑った?
瞬きをしても消えない。
「なぁに?」
寝起きの間延びした声が聞こえた。サヤカの声。
サヤカ、と口に出る前にヴェルナーに掻っ攫われた。でっかい体がサヤカに抱き付くから、俺に触れてた手以外が見えない。手を伸ばして甲を撫でたら握ってくれる。何度も軽く握って動くことを確かめた。本当にホッとしてまた涙が出た。なんか胸がいっぱいで逆に苦しい。
ヴェルナーがラルフに引き剥がされて神官とヨアヒムがサヤカに抱き付いてる。
ああ、本当だ。サヤカが目を覚ました。
ひとしきり抱擁が終わったらヴェルナーは警備隊に、神官は神殿に報告するといって出て行った。襲撃犯をブチ殺すっつっておっかねぇ顔してた。
サヤカは服を着たいと言ってラルフに寝間着を着せられていた。
俺はベッドに座ってサヤカを眺める。本当に動いてる。動いてるんだ。そう思ったらまた涙が滲んだ。
「……動いて良かった」
俺がこぼした言葉にサヤカが笑う。
「ふふ、変な言い方」
「心臓動かねぇし、息もしてなかったんだ」
「私、死んでたらしいね」
「まあ、そうとも言うな。……なんで動いてんだ? あ、いや、もちろん嬉しいに決まってっけど不思議でよ。心臓止まってたんだよな?」
「魔力入れたのが良かったのか? 体は精霊王の石で出来てんだよな」
「体が壊れたから魂が離れたんだって。体が治ったから精霊王が魂戻してくれたの」
「は? 精霊王? なんでわかるんだ?」
「精霊王に会ったの。詳しい話は2人が戻ったら話そうか」
とんでもねぇ話に口が開いた。だってよぅ、天辺の存在なのに。
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