6人の夫と巫女になった私が精霊作りにはげむ1年間の話【R18】

象の居る

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第二章 精霊産みといろいろ

103.神殿との別れ Side リーリエ

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 巫女と一緒に神殿を出ると所属長に告げ、報告の場でも伝えた。

「ふん、引き留めることもできないんじゃ、それが正解だろう。巫女を帝国貴族に捧げるとは、神殿長も随分と懇意にされてるようですな」
「巫女の選択です。私たちがとやかく言うようなことではありません」

 補佐はいつものように嫌味を言い、神殿長がたしなめた。最初から決まっていた精霊の父母の返還儀式が終われば、私はここからいなくなる。

「リーリエ・ルグラン」
「はい」
「これからも巫女をお守りしてください。何かあれば神殿に頼るのですよ」
「はい、ありがとうございます」

 神殿長の穏やかな声に返事をした。
 いつも通りに室内の片付けをしていたら、同僚の神官たちに囲まれ口々に質問を受けた。

「神殿を出るんですか?」
「巫女のために?」

 私を見つめる心配そうな顔を見渡す。
 私は一人だと思っていたけれど、心配してくれる人がいたんだと気付く。嬉しくて自然に笑みが浮かんだ。
 周りからの孤立を望んでいたのは秘密を抱えた私だった。後ろめたくて、拒絶されるのが怖いから自分から拒絶していたのかもしれない。

 今は穏やかな気持ちで答えられる。

「はい、私はこれからも巫女の夫でいると決めました。神殿を出て一緒に暮らします。今までありがとうございました」
「……大丈夫ですか?」
「他の夫も理解ある方たちですし、大丈夫です。心配していただいてありがとうございます」

 妖精族は他の種族と上手くいかない。そもそも他種族とつがうこともめったにない。

「……おめでとうございます。……あの、でも、神殿でいつでも歓迎しますから」
「はい。ありがとうございます。一緒に働けて幸せでした。あと少しですけど、よろしくお願いします」
「はい、私たちも」

 一緒に働いていた清掃担当官たちに笑いかける。
 気づかなかっただけで、私は一緒に働く神官たちに認められていたのだ。とても遠回りしたけれど、望んでいたものは手に入っていたと知る。
 そのあとは和やかに話して、片付けが終わった私は産屋棟へ足を向けた。

「ルグラン様!」
「シリル、どうかしましたか?」

 駆け寄ってきたシリルの息が整うのを待つ。

「なぜ行ってしまうんですか? 神殿が嫌になりましたか? 補佐が嫌なら他の神殿に移動だってできます」
「いいえ、私は巫女と共にありたいのです」
「でも、巫女は人族で、寿命だって……。巫女には感謝していますが、ルグラン様ならもっと……」
「シリル、私が望んだのです」
「でも……」

 人影のない静かな庭園で、不満そうなシリルと向かい合う。
 容姿や種族を重要視する妖精族から見たら、妖精族の私と人族の巫女が結ばれるのはあまり歓迎できる事柄ではない。妖精族そのものを踏みにじっているように思えるのかもしれない。
 でも、私は巫女がいい。巫女以外は意味がない。

「シリル、私の手を見てください」
「手、ですか……?」

 戸惑うシリルの目の前に差し出した右手の目くらましを解いた。

「――っ! ルグラン様!?」
「私の右半身はこのようになっています。いつもは光魔法で目くらましをかけているのです。顔を上げてください」

 目を泳がせたシリルが私を見つめ、私は微笑んで顔の目くらましも解いた。

「っ……ぁ、……」
「私の本当の姿です。妖精族の中で生きるには不便だったので目くらましを掛けていました。今まで騙していてすいません。」
「…………、巫女は」

 また目くらましを掛けたら、シリルがビクリと目を見開いた。

「知っています、すべて。その上で私を受け入れてくれました。神殿が嫌になったわけではありません。巫女のおそばにいたいのです。私は離れますけど、シリルの幸せを願っています」

 そう告げて、驚いたまま動けないシリルを残しその場を離れた。

 自分で自分の行動に驚きつつ、清々しい気持ちだった。容姿を褒められるたび嘘をついて騙している罪悪感に襲われていた。
 騙されていたと嫌われるかもしれない。嘘をつかれていたと傷付けたかもしれない。それでも、私を慕ってくれていたシリルには申し訳ないけれど、すべてのものから解放されて体が軽い。もし、みんなに知れ渡りよそよそしくされたとしても、あと数日の話。私には巫女がいるから大丈夫。

 翌日からシリルに避けられているようだった。騙されていたと思えばそうもなるだろう。でも他の神官の態度は変わりないから、内緒にしてくれているらしい。その気遣いだけで嬉しかった。

 返還の儀式で主礼拝室に神官たちが一堂に集まる。神殿長が祈りを捧げ、私たちは精霊王の石に手の平を当てた。体の中から何かが抜ける感覚があり、精霊の種ともこれでお別れかと思うと寂しくなった。
 産まれて旅立った巫女と私の精霊が優しくあることを、精霊たちがこの先ずっと幸せであるようにと祈った。

 儀式が終わり、私たちは神殿の服から庶民の服へ着替えた。10年ぶりくらいに着て何やら落ち着かない気持ちになる。
 まとめておいた荷物はヴェルナーが用意した荷馬車に乗せた。任務が終わった警備隊も、私たちと同じ港町の基地に引き上げるため一緒に出発する。
 馬車の前に神官たちがいて、別れの挨拶をしてくれた。その輪の中に複雑な顔をしたシリルもいる。最後だから声をかけた。

「今までありがとうございました。シリルが幸せであるように遠くから祈っています」
「ぁ、……ありがとうござい、ます」

 俯くシリルが小さな声で返事をくれた。

 みなが馬車に乗り込み、最後にもう一度見送りに来てくれた神官たちに別れを告げた。馬車の踏み台に足を掛けて乗り込む。

「っ、ルグラン様っ!」

 シリルが駆け寄って私を見上げた。

「あの、俺、ルグラン様を尊敬する気持ちは変わりません。ルグラン様もお幸せに」

 シリル、本当の私を見たのに。胸がジンとする切なさと喜びがこみ上げた。

「……はい、ありがとうございます。シリルに会えて幸せでした」
「お、俺もです。……またいつか神殿に遊びにきてください」
「はい、また会いましょう。それまでお元気で」
「ルグラン様も」

 私は馬車に乗り込む。動き出して遠くなるシリルと神官たち、神殿に手を振った。見えなくなるまでずっと。

「……寂しくなるね」

 私の隣にきて心配そうに話す巫女を抱きしめた。

「大丈夫です。私には巫女がいますから」
「うん。……でももう巫女じゃないよ。名前で呼んで」

 抱きしめ返してくれた巫女が優しく微笑んで私を見上げる。腕の中の暖かさが胸まで広がった。

「サヤカ」
「うん、リーリエ」
「変な感じです」
「そのうち慣れるよ。それにもう家族になるんだから普通に話したら?」
「……はい、そのうち」

『家族』という言葉が切なく胸を締め付ける。私の私の家族。大事な人。
 ガタゴト揺れる荷馬車の中で巫女、サヤカを抱きしめて座る。頭に額に頬に口付けを落とし、耳を口に含んで裏側を舐める。
 いつも抱きしめて触れたくなるのはどうして?

「やめてよ」
「巫女、サヤカにいつも触れたいのです。どうしてでしょうか?」
「……知らない」
「サヤカ、顔が赤ぇぞ」
「うっさいな」

 ラルフに笑われ、巫女が私の胸に顔を隠して怒ったように答えた。

「照れんなよ」
「サヤカは恥ずかしがりなのですね。……私の妻は可愛いです」

 胸が潰れるように愛しい、腕の中の幸せをギュッと抱きしめた。


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