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7.形にならなかったもの
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ロラは納品を終わらせてちょっと早めに店に来ていた。家を出る前に全身洗ってピカピカになっている。これで思う存分イチャイチャできるとご満悦だ。調合するとどうしても独特の匂いが移るため、臭わない程度の距離を心がけていたロラは鬱憤がたまっている。ビダルは「臭くない」と否定したのだが、鼻の奥に匂いが染み付いていたロラは、それはビダルの気遣いだと思っていた。
ビダルが強引にでも抱きしめればロラは流されるのでそれで済む話だったが、体を痛めつけたと気にしていたビダルにできるはずもなく。もともと無表情のうえ、ロラを世話する機会を逃すまいと甲斐甲斐しいビダルがイライラしてたなんてロラが気づくはずもなく。
今夜は楽しむぞととロラはウキウキで店に入った。
嬉しさを隠して待ち合わせだと言い、テーブル席に座った。エールを持ってきた給仕に軽いつまみを頼んでエールを飲む。ロラは純粋に楽しかった。愚痴もなにもなく、このあとは楽しく過ごせる相手と飲んで楽しんで眠るだけ。
「一人?」
「は?」
ニヤけた男がエール片手に、ロラに聞くことなしに向かいの席へ座る。職人が多い店に若い女一人というだけで目を引き、軽い男がとりあえず声をかけた。
ロラは、はあああ? と喧嘩売りたくなるのを我慢して「男がくるんだからどっかいって」と冷たく言うにとどめる。
「そうなんだ。俺よりイイ男?」
男をみれば、言うだけあって顔は整ってた。他は最悪だけど。顔も別に好みじゃない。
「当たり前でしょ。早くどいてよ」
「ハハハ、冷てぇなぁ。そんなこと言わないでよ。お姉さん、ニコニコしてて可愛いし俺の好きなタイプなんだって。俺と遊ぼ?」
ロラは怒りで頭が冷えた。
欲しいときにこないくせにいらないときにくる。八つ当たりだとわかっていた。少し前までの自分がみじめに思えてどうしようもない。こんな引っかきまわしたいだけの誘いに乗ったかもしれない自分が。
なにが可愛いだクソが。私がいま笑ってるのはビダルがいるからで、可愛いく見せてるのはビダルに可愛く見せようとしてるからだ。お前はまったく爪の先ほども関係ない。
「私が機嫌よくしてるのは私の男と楽しむためなの。そういう女が欲しいなら、あなたが自分で手間暇かけて機嫌よくしてあげなさいよ。他人の成果を横取りしてないでさ」
ロラは怒りを込めてニッコリ笑った。
「うわーきっついなぁ。相手の人も大変そうだねぇ」
「さぁね。じゃ、さようなら」
笑顔で告げてエールを飲んだ。楽しい気分に水を差されてくさくさする。
「ロラ」
「ビダルっ、お疲れ様」
声を掛けられて急いで立ち上がった。テーブルの前、男とのあいだに立ってくれたビダルをみてホッとしたロラは手を取った。
「うわぁ~そういう趣味かよ、きっつ」
捨て台詞を残して席を離れた男に舌打ちしつつ、ビダルを座らせる。
「誰?」
「知らない。私の男がくるって言ったのにどかないからどうしようかと思っちゃった。頭からエールぶっかけたらエールがもったいないじゃない?」
「うん」
「ムカつくことは忘れて美味しいもの食べよ。ビダルが好きなのってどれ? いつものお返しに今日は私がご馳走するからさ、好きなだけ飲んで食べよ」
せっかくのお出かけなんだからと、ロラは気持ちを切り替えるべく店に貼られたメニューを眺めた。ビダルに手の上に置いた手をギュッと握り返されて頬が緩む。
「エール飲む?」
「酒は飲めない」
「あ、そうなの? どんなのでも? 一滴も?」
「胸が悪くなる」
「体に合わないんだ。じゃあ美味しいものいっぱい食べよう。ふふ、ビダルのオススメ楽しみ」
ロラは機嫌よく振舞ってる。ビダルはいいようのないムカムカを押し込めてロラのあったかい手を握りしめた。
ロラは俺がいるってちゃんと言ってくれた。だから、大丈夫。笑ってたけど、きっとたぶん喧嘩しないようにで。ロラもムカつくって言ったし、嫌な奴だったし、俺を見て笑って、手もさわってくれた。
またギュッと手を握ると、ロラがビダルを見上げて嬉しそうに笑う。でも何か、『なにか嫌なもの』としかビダルには表現できなかったけれど、それがひっかかったままだった。
店を出た帰り道、ビダルはロラに合わせてゆっくり歩いた。すれ違う人間が二人をチラチラと見ている。男の悪意をぶつけられていたせいで、ビダルはやけに視線が気になった。
俺たちが他種族だから。同族じゃないから。ロラは、ロラも気にするんだろうか。
ああ、嫌だ。
隣でロラが笑ってるのを見てもさっきの男がチラチラ思い浮かんだ。
人間の男。俺とは違う、ロラにちょうど良さそうな大きさをした同種族の男。
二人だけのときは気にならなかったのに、気づいてしまえばひどく焦る。
「ロラ」
「ん?」
「ウチに行こう」
「ふ、うん、いこういこう」
笑って頷くロラにホッとして抱き上げた。
「あっ、ちょっと、なに」
「うん」
なんか焦るから、早くロラを家に連れて帰りたい。
家についてドアの前に立つ。ロラを降ろしたくないと考えたビダルはしゃがんだ足の上にロラを座らせてポケットから鍵を取り出した。
「あはははは、なにそれ。あははは。ふふ、はい、鍵ちょうだい」
差し出されたロラの手の上に鍵を置く。ロラは笑いながら鍵を開けてビダルに返した。
「ほら、私の手は空いてるから」
面白がるロラの態度でビダルの焦燥はだいぶましになった。なぜなのかはわからない。わからないことばかりだ。
「ほんとだ」
でも返事をする余裕はできた。
ビダルはロラを抱えて立ち上がる。ロラがドアを開けて、また閉める。そのぜんぶを嬉しいと思った。ロラを椅子に降ろそうとして立ち止まり、どうしたらこの状態でいられるか考えたのち自分が座って膝の上にロラを乗せることにした。
「えー、あははは、どんだけ離れたくないのって」
「ずっと」
ふざけた自分に真面目なトーンで返事がきて、ロラはしばし固まった。かぁーと頬が熱くなる。
「そ、そっか~」
「うん」
なんて言っていいかわからなくて流そうとして失敗する。
「ロラ」
「え」
「さっきの、……なに喋ったの?」
「え? あ、声かけてきたヤツ?」
「うん」
「言ったと思うけど。誘われたからビダルがいるって断ったって」
「うん、でもなんか違った」
「あー、うん」
無関係でも他の男と誤解されたくなかったから、ビダルに見られたことが気になっていた。八つ当たりを含む怒りを見られたのもきまり悪く、ロラはモソモソと口に出す。
「なんか腹立って」
「なんで?」
「だってさぁ、ビダルがくるのに話しかけられたら邪魔だし」
「俺が来ないときならいいの?」
「え、いや、それはない。や、ただの世間話なら別に、おっさんが子供自慢してくるとかそういうのは世間話だし、一人で飲んでるときならいいけど、そうじゃなくて、誘いはいらないなって」
「『誘われなかった』って言ってた。誘われたかったって」
「あーもう、それは違うでしょ。ビダルと会う前でしょ。今はビダルがいるから、ってそうだよね!?こんだけくっついといてそういうつもりじゃないとか言う!?」
「え、あ、いわない」
ロラの勢いに気圧されてガクガクと頷いた。もちろん、いわない。
ロラが自分といるつもりだとわかってビダルは心からホッとした。モヤモヤが消えるとと同時に、そんなつもりじゃなかったのにロラを責めていた自分に気づいてゾッとする。
「ごめん、俺、なんかおかしい」
「え、なにが」
「さっき、責めて」
「あーうん、そうね。なんか怒ってたね。うん、まあ、ビダルはやきもち焼きってことだよね。わかった」
「やきもち」
「もー私のこと好きすぎじゃない? あははは」
自分で言って照れてるロラはビダルの肩を叩いた。
ビダルはロラを凝視する。
好き
聞こえた音が染み込んで言葉に変わる。それの意味するところがゆっくりとビダルの中で形になる。そうして理解してしまえばこれほどしっくりするものもなかった。
「好き」
「え?」
「好き。俺はロラが好き」
「え、え、え、あ、……うん」
そうか、と思う。形にならなくてもどかしかったのはこれだ。そうか、ロラに、そう言いたかったのか。
どうしたらいいかわかれば、受け止めてくれると信じられるなら。ビダルの中に溢れかえっていたものがロラへ向かって勢いよく流れていく。
「好き。俺はロラと一緒にいたい。ロラに触りたい。ずっと。朝も夜も。ロラに会いたい。俺はロラが好きだから離したくない」
滞っていたものが消化されてスッキリしたビダルは、大きな目でジッとロラを見つめる。
「ロラは? ロラは俺が好き?」
真っ赤になって俯いてしまったロラを、体を傾けて覗き込んだ。ロラは顔を覆って照れ隠しに叫ぶ。
「好きですけど―!? もー、顔、隠してんだから見ないでよ」
「かわいい」
「きーーーー」
ロラは変な声をあげてビダルの胸に顔を押し付けた。奇声を上げながら抱き着いてグリグリしている。ロラのちょっとした奇行もビダルには可愛く思えた。というか、なにしても可愛かった。初めての恋はビダルを捕らえて離さない。
「腹が立ったのそれだけ?」
それはそうと、他の男が関わるところは細部まで確認したい。
「え、今言う? まあいいけど。えー、なんだっけ。あーんと、そうムカついたのは、……だってさあ、今、私がご機嫌なのはビダルのお陰でしょ? こうサッパリスッキリしてウキウキしてんのはビダルが私を見つけて手を出したからでしょ? くすぶってたのをイイ感じにしたのはビダルじゃない。それをさ、私のご機嫌がもとからそうだったみたいに、私のこれまでとビダルの手間暇をなかったみたいに、たまたまそこにあったみたいに手を伸ばされたら腹立つじゃない。人様の手でできあがったものをお前が持ってこうとするなってさぁ。自分で育てろよって思わない?」
早口すぎるし、ビダルには抽象的すぎてよくわからなかった。ただ、自分のしたことが評価されてるらしいというのはわかった。つまり。
「俺のため?」
「ビダルと私のため」
「うん。……ロラ」
ビダルがギュッとロラを抱きしめる。ロラもビダルを抱きしめて胸の中で息を吐いた。
あーよかったとロラは胸の内で息を吐いた。ムカついたのはもはやどうでもいいけど、やきもちをひきずるのは良くない。不安にさせるのは嫌だ。こじれたら困るし。ビダルのポヤポヤした可愛いさは大事だもんね。落ち着いたようでよかった。……やきもちだって。あー可愛い。
「ビダルも可愛い」
俺が可愛い。わからないけど、俺がロラを見て思うみたいにロラが俺を思ってたらいい。ロラが俺を可愛いってくっつきたいって思ってたらいい。
「くっつきたい?」
「あはは、うん、くっつきたい。もう痛くないし」
「治った?」
「治った」
ビダルが強引にでも抱きしめればロラは流されるのでそれで済む話だったが、体を痛めつけたと気にしていたビダルにできるはずもなく。もともと無表情のうえ、ロラを世話する機会を逃すまいと甲斐甲斐しいビダルがイライラしてたなんてロラが気づくはずもなく。
今夜は楽しむぞととロラはウキウキで店に入った。
嬉しさを隠して待ち合わせだと言い、テーブル席に座った。エールを持ってきた給仕に軽いつまみを頼んでエールを飲む。ロラは純粋に楽しかった。愚痴もなにもなく、このあとは楽しく過ごせる相手と飲んで楽しんで眠るだけ。
「一人?」
「は?」
ニヤけた男がエール片手に、ロラに聞くことなしに向かいの席へ座る。職人が多い店に若い女一人というだけで目を引き、軽い男がとりあえず声をかけた。
ロラは、はあああ? と喧嘩売りたくなるのを我慢して「男がくるんだからどっかいって」と冷たく言うにとどめる。
「そうなんだ。俺よりイイ男?」
男をみれば、言うだけあって顔は整ってた。他は最悪だけど。顔も別に好みじゃない。
「当たり前でしょ。早くどいてよ」
「ハハハ、冷てぇなぁ。そんなこと言わないでよ。お姉さん、ニコニコしてて可愛いし俺の好きなタイプなんだって。俺と遊ぼ?」
ロラは怒りで頭が冷えた。
欲しいときにこないくせにいらないときにくる。八つ当たりだとわかっていた。少し前までの自分がみじめに思えてどうしようもない。こんな引っかきまわしたいだけの誘いに乗ったかもしれない自分が。
なにが可愛いだクソが。私がいま笑ってるのはビダルがいるからで、可愛いく見せてるのはビダルに可愛く見せようとしてるからだ。お前はまったく爪の先ほども関係ない。
「私が機嫌よくしてるのは私の男と楽しむためなの。そういう女が欲しいなら、あなたが自分で手間暇かけて機嫌よくしてあげなさいよ。他人の成果を横取りしてないでさ」
ロラは怒りを込めてニッコリ笑った。
「うわーきっついなぁ。相手の人も大変そうだねぇ」
「さぁね。じゃ、さようなら」
笑顔で告げてエールを飲んだ。楽しい気分に水を差されてくさくさする。
「ロラ」
「ビダルっ、お疲れ様」
声を掛けられて急いで立ち上がった。テーブルの前、男とのあいだに立ってくれたビダルをみてホッとしたロラは手を取った。
「うわぁ~そういう趣味かよ、きっつ」
捨て台詞を残して席を離れた男に舌打ちしつつ、ビダルを座らせる。
「誰?」
「知らない。私の男がくるって言ったのにどかないからどうしようかと思っちゃった。頭からエールぶっかけたらエールがもったいないじゃない?」
「うん」
「ムカつくことは忘れて美味しいもの食べよ。ビダルが好きなのってどれ? いつものお返しに今日は私がご馳走するからさ、好きなだけ飲んで食べよ」
せっかくのお出かけなんだからと、ロラは気持ちを切り替えるべく店に貼られたメニューを眺めた。ビダルに手の上に置いた手をギュッと握り返されて頬が緩む。
「エール飲む?」
「酒は飲めない」
「あ、そうなの? どんなのでも? 一滴も?」
「胸が悪くなる」
「体に合わないんだ。じゃあ美味しいものいっぱい食べよう。ふふ、ビダルのオススメ楽しみ」
ロラは機嫌よく振舞ってる。ビダルはいいようのないムカムカを押し込めてロラのあったかい手を握りしめた。
ロラは俺がいるってちゃんと言ってくれた。だから、大丈夫。笑ってたけど、きっとたぶん喧嘩しないようにで。ロラもムカつくって言ったし、嫌な奴だったし、俺を見て笑って、手もさわってくれた。
またギュッと手を握ると、ロラがビダルを見上げて嬉しそうに笑う。でも何か、『なにか嫌なもの』としかビダルには表現できなかったけれど、それがひっかかったままだった。
店を出た帰り道、ビダルはロラに合わせてゆっくり歩いた。すれ違う人間が二人をチラチラと見ている。男の悪意をぶつけられていたせいで、ビダルはやけに視線が気になった。
俺たちが他種族だから。同族じゃないから。ロラは、ロラも気にするんだろうか。
ああ、嫌だ。
隣でロラが笑ってるのを見てもさっきの男がチラチラ思い浮かんだ。
人間の男。俺とは違う、ロラにちょうど良さそうな大きさをした同種族の男。
二人だけのときは気にならなかったのに、気づいてしまえばひどく焦る。
「ロラ」
「ん?」
「ウチに行こう」
「ふ、うん、いこういこう」
笑って頷くロラにホッとして抱き上げた。
「あっ、ちょっと、なに」
「うん」
なんか焦るから、早くロラを家に連れて帰りたい。
家についてドアの前に立つ。ロラを降ろしたくないと考えたビダルはしゃがんだ足の上にロラを座らせてポケットから鍵を取り出した。
「あはははは、なにそれ。あははは。ふふ、はい、鍵ちょうだい」
差し出されたロラの手の上に鍵を置く。ロラは笑いながら鍵を開けてビダルに返した。
「ほら、私の手は空いてるから」
面白がるロラの態度でビダルの焦燥はだいぶましになった。なぜなのかはわからない。わからないことばかりだ。
「ほんとだ」
でも返事をする余裕はできた。
ビダルはロラを抱えて立ち上がる。ロラがドアを開けて、また閉める。そのぜんぶを嬉しいと思った。ロラを椅子に降ろそうとして立ち止まり、どうしたらこの状態でいられるか考えたのち自分が座って膝の上にロラを乗せることにした。
「えー、あははは、どんだけ離れたくないのって」
「ずっと」
ふざけた自分に真面目なトーンで返事がきて、ロラはしばし固まった。かぁーと頬が熱くなる。
「そ、そっか~」
「うん」
なんて言っていいかわからなくて流そうとして失敗する。
「ロラ」
「え」
「さっきの、……なに喋ったの?」
「え? あ、声かけてきたヤツ?」
「うん」
「言ったと思うけど。誘われたからビダルがいるって断ったって」
「うん、でもなんか違った」
「あー、うん」
無関係でも他の男と誤解されたくなかったから、ビダルに見られたことが気になっていた。八つ当たりを含む怒りを見られたのもきまり悪く、ロラはモソモソと口に出す。
「なんか腹立って」
「なんで?」
「だってさぁ、ビダルがくるのに話しかけられたら邪魔だし」
「俺が来ないときならいいの?」
「え、いや、それはない。や、ただの世間話なら別に、おっさんが子供自慢してくるとかそういうのは世間話だし、一人で飲んでるときならいいけど、そうじゃなくて、誘いはいらないなって」
「『誘われなかった』って言ってた。誘われたかったって」
「あーもう、それは違うでしょ。ビダルと会う前でしょ。今はビダルがいるから、ってそうだよね!?こんだけくっついといてそういうつもりじゃないとか言う!?」
「え、あ、いわない」
ロラの勢いに気圧されてガクガクと頷いた。もちろん、いわない。
ロラが自分といるつもりだとわかってビダルは心からホッとした。モヤモヤが消えるとと同時に、そんなつもりじゃなかったのにロラを責めていた自分に気づいてゾッとする。
「ごめん、俺、なんかおかしい」
「え、なにが」
「さっき、責めて」
「あーうん、そうね。なんか怒ってたね。うん、まあ、ビダルはやきもち焼きってことだよね。わかった」
「やきもち」
「もー私のこと好きすぎじゃない? あははは」
自分で言って照れてるロラはビダルの肩を叩いた。
ビダルはロラを凝視する。
好き
聞こえた音が染み込んで言葉に変わる。それの意味するところがゆっくりとビダルの中で形になる。そうして理解してしまえばこれほどしっくりするものもなかった。
「好き」
「え?」
「好き。俺はロラが好き」
「え、え、え、あ、……うん」
そうか、と思う。形にならなくてもどかしかったのはこれだ。そうか、ロラに、そう言いたかったのか。
どうしたらいいかわかれば、受け止めてくれると信じられるなら。ビダルの中に溢れかえっていたものがロラへ向かって勢いよく流れていく。
「好き。俺はロラと一緒にいたい。ロラに触りたい。ずっと。朝も夜も。ロラに会いたい。俺はロラが好きだから離したくない」
滞っていたものが消化されてスッキリしたビダルは、大きな目でジッとロラを見つめる。
「ロラは? ロラは俺が好き?」
真っ赤になって俯いてしまったロラを、体を傾けて覗き込んだ。ロラは顔を覆って照れ隠しに叫ぶ。
「好きですけど―!? もー、顔、隠してんだから見ないでよ」
「かわいい」
「きーーーー」
ロラは変な声をあげてビダルの胸に顔を押し付けた。奇声を上げながら抱き着いてグリグリしている。ロラのちょっとした奇行もビダルには可愛く思えた。というか、なにしても可愛かった。初めての恋はビダルを捕らえて離さない。
「腹が立ったのそれだけ?」
それはそうと、他の男が関わるところは細部まで確認したい。
「え、今言う? まあいいけど。えー、なんだっけ。あーんと、そうムカついたのは、……だってさあ、今、私がご機嫌なのはビダルのお陰でしょ? こうサッパリスッキリしてウキウキしてんのはビダルが私を見つけて手を出したからでしょ? くすぶってたのをイイ感じにしたのはビダルじゃない。それをさ、私のご機嫌がもとからそうだったみたいに、私のこれまでとビダルの手間暇をなかったみたいに、たまたまそこにあったみたいに手を伸ばされたら腹立つじゃない。人様の手でできあがったものをお前が持ってこうとするなってさぁ。自分で育てろよって思わない?」
早口すぎるし、ビダルには抽象的すぎてよくわからなかった。ただ、自分のしたことが評価されてるらしいというのはわかった。つまり。
「俺のため?」
「ビダルと私のため」
「うん。……ロラ」
ビダルがギュッとロラを抱きしめる。ロラもビダルを抱きしめて胸の中で息を吐いた。
あーよかったとロラは胸の内で息を吐いた。ムカついたのはもはやどうでもいいけど、やきもちをひきずるのは良くない。不安にさせるのは嫌だ。こじれたら困るし。ビダルのポヤポヤした可愛いさは大事だもんね。落ち着いたようでよかった。……やきもちだって。あー可愛い。
「ビダルも可愛い」
俺が可愛い。わからないけど、俺がロラを見て思うみたいにロラが俺を思ってたらいい。ロラが俺を可愛いってくっつきたいって思ってたらいい。
「くっつきたい?」
「あはは、うん、くっつきたい。もう痛くないし」
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