【R18】クマ獣人は紳士でケモノ

象の居る

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29.準備は進む Side ラトキン

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「店を買い取りたい」
「は?」

 目の前に座る娼館の店主が間の抜けた声を出した。

「良い話だと思うが」
「勝手なこと言ってんじゃねぇ」

 しかめっ面をして、とぼけた私を睨む。まあ、私にとっての良い話ではある。

「相場より多く払うつもりだ」
「新しい店を建てりゃいいだろうが」
「パオラと私が新しい店をかまえても客はこないだろう?」
「なんだよ、食堂のほうか。まあ、そうだな。アンタがいちゃ無理だ」
「売ってくれるなら条件はできるだけ飲む」
「最初っから譲歩してちゃ、足元見られるぞ」
「この店がいいのだから仕方ない」
「アンタ、断っても居座るつもりだろ? クマ族がどんだけしつこいかって情報屋に聞いたよ。めんどくせぇなぁ」

 店主がしかめっ面のまま、大きなため息をついた。

「条件飲むっつったな。朝メシは?」
「今と同じ量のパンならいい」
「ケチくさいな。それなら娼婦を一人引き取れ」
「そういう商売はしない」
「どんな仕事させるかはアンタの好きにしたらいい。でもパオラが喜ぶんじゃないか? たまにパオラの手伝いしてるだろ、ヘルガ」
「理由を聞いても?」
「まともに仕事もしねぇし、したと思ったら男に貢いで借金膨らませてるし、どうしようもねぇんだよ」
「売り飛ばさないのか」
「アイツ、売られてきたくせに自分で借金増やしてんだぜ。あの年増をそんな金出して買い取る店なんかあるわけねぇ」

 借金の額を聞いたら、さもありなん。この国の物価も調べていたので、店主の言うことにも頷けた。

「なんで金を貸してやったんだ?」
「町の金貸しに借りやがってよ、怒鳴りこまれて仕方なく立て替えただけだ」
「ずいぶん甘いように思うが。引き取った私にも優しくしてやれと?」
「クソ熊。…………はぁ、っとに。アイツは、妹に似てんだよ。死んじまったけど。フラフラしてどうしようもねえクズに惚れるとこなんかそっくりだ」

 店主は目線を外して投げやりに言った。気まずいのか恥ずかしいのか、両方か。まあ、弱みがあるならありがたい。

「まあ、そっちの店はそのうち売るつもりだったしな」
「借金の利子がかさんでるのか?」
「うるせぇ」
「そうか。それじゃあ、女の借金が多いから食堂は相場通りでいいな」
「っち。……パンは忘れるなよ」
「ああ、手間賃として払おう。名義は私になるが、店主にはこれまで通り店主でいてもらわないといけないからな」
「は?」
「私が店主じゃ客も不安だろう? 外から見たら今まで通りというのが大事だ」
「はぁ……、なんだかなぁ」
「今までだってパオラに任せていたのだから変わらない。変わったことを言わなければいいだけだ」
「頼むくらいしろよ」
「頼む」
「ったくしょうがねぇ、たまにメシ奢れよ」
「パンで十分だろう」
「迷惑料だよ」

 店主は頭を掻いて大げさにため息をついた。弱みを見せておもしろくないのかもしれない。思ったより簡単に終わってホッとする。書類を用意してからまたくると伝えて食堂へ戻った。
 給仕をしながら、これからのことに思いを馳せる。辞職の返事が国からきたらそれで終わりだ。部屋の準備も少しずつ進んでいる。

 その夜はパオラに好きだと言われ、泣いてしまった。
 彼女と肌を合わせるのはこの上ない幸福で、そのうえ愛を囁き合うのは言葉にできないほどの歓びだ。
 そうしているうちに家の準備ができ、パオラを招いた。彼女を組み敷いたときに湧き上がったもので、私はクマ族の執着を真に理解した。私の体の下、すっぽりと隠れてしまう彼女をこのまま隠したいと切に望んだ。このまま腕に抱いて一つになってしまいたいと。
 だからどうか、冗談でも一人で寝るなどと言わないで。おかしくなってしまうかもしれないから。

 国から私宛の手紙が来た。代わりの人員を送るから入れ替わりで帰国するようにと書いてある。一応、国の代表ではあるから一度は戻らなければならないだろう。もちろん、パオラとともに。
 かねてから考えていたパオラを連れ出す方法、『食堂の改装』を店主に伝えた。どこをどう改装したいかパオラにしっかり確認することをつけ加えて。

 国からきた隊員を全員集めて、手紙の内容、私の辞職と交代を知らせた。何か問題があったのかとざわつくので、ツガイを見つけたのでこの国に移住し自由のきく仕事をすると伝える。それならと納得した隊員たちが口々に祝ってくれた。

「たーいちょー、どーやって口説いたんスか~。参考にするんで教えてくださいよ~」
「百戦錬磨のエドムントの助言に従ったんだ。皆もエドムントに助けてもらうといい。手取足取り教えてくれるぞ」

 経緯を全部知っているエドムントがニヤニヤ笑って後ろからヤジを飛ばすので言い返したら、一瞬の間のあとで笑いが起きた。あちこちからエドムントにからかいが飛び、明るい雰囲気になる。私へのからかいもでてきて、なんとも嬉しい気持ちになった。
 もっとこうしていたら良かった。遠巻きにされるからと意固地になっていたのは私だ。自分から話しかければずっと違っていたのかもしれない。

 そのあと団長の部屋を訪ね、団長にも辞職と代表の交代を伝えた。

「新しい代表者がきたら交代します。今まで大変お世話になりました」
「お相手のためにこっちに住むとは。随分と思い切りよく思えます。そういうものですか?」
「そういうものです」
「はははっ、言い切られると清々しいですね。新しい仕事は決まってます?」
「食堂で給仕をやりますので、食べにきてください」
「あの食堂に? それはそれは……、そういうものだからですか?」
「はい」

 団長は面白そうに笑い、そのうち食べに行くと言ってくれた。

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