【R18】クマ獣人は紳士でケモノ

象の居る

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30.たくらみが二つ Side ラトキン

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 店主に伝えた翌日、出勤の挨拶をした私に『食堂の改装』をパオラが嬉しそうに教えてくれた。

「店の中、変えるんだって」
「そうなんですね。どんなふうになるんですか?」
「それが、どうしたいか私に考えろって言ってんの」
「いいじゃないですか。聞かれたんですからパオラの希望を全部伝えるといいですよ」
「でも」
「厨房の使い勝手は料理人じゃないとわかりませんし、店の中も言ってみるだけ言ってみるべきです。店主も参考意見を聞いて考えたいんじゃないですか。彼はいつも店にいるわけじゃないでしょう?」
「そうねぇ。そっか、まあ、言うだけならタダだもんね」
「はい。やりたいこと全部、言ってください」
「よし、好きなだけ言うわ。ヘルガにも相談しなきゃ」

 パオラの意見だけで良いとは言えず、口を閉じた。まあ、彼女と一緒に働くのだから使い勝手は相談したほうがいいのかもしれない。

「エルは? どんなふうがいいとかある?」
「そうですね、私も行き来しやすいように厨房の出入り口を広めにしてもらえれば十分です」
「そういえばそうね」
「パオラの希望も教えてください」
「ええ。でもたくさんあるから、あとでね」


 仕事終わりの帰り道で、パオラは楽しそうに語った。オーブンがあればいいと思ってた、作ってみたい料理がある、床を綺麗にしたい、そして、本当は自分の店を持ちたいと。完璧にではなくとも彼女の望みが叶えられることだと知れて、深々と安堵した。

「ねえ、パオラ、もし店を持つとしたら店名はどうしますか?」
「店名? 考えたことなかったわ」
「『パオラの店』は?」
「そんなの嫌、もっと、なんかこう、気持ちが晴れるような……『お天気亭』はあんまり、うーん、『晴れの日亭』? いまいちね。センスないみたい」
「ゆっくり考えるといいですよ」

 今日は私の家に泊まる日だ。部屋に入ってすぐ、ベッドでパオラの香りを直接嗅いで味わった。
 お互いに昇り詰めた荒い息がおさまるのを待ってから大事な話を切り出す。

「パオラ、店が改装のあいだは休みですよね」
「そういえばそうね」
「一緒に旅行へ行きましょう。国から呼び出しがあって顔を出しにいかなくてはいけないのですが、パオラと一緒なら楽しくすごせます」
「エルの国に? ……帰るの?」
「帰りません。顔を出すだけです。ここに戻ってきます、絶対に」

 声に力がこもった。そんなわけない、あるわけがない。口に出されただけで腹の底がザワザワする。不吉な言葉を追い払いたくて、パオラを抱きしめて頬ずりした。
 これは帰らないための必要な工程、それだけ。

「旅行ですから、必ず家に帰ってきます。私も新しい店で働くのを楽しみにしてるんです」
「そう。……良かった」

 抱きしめ返すパオラの頭を舐めて、気持ちが落ち着いてから続きを話す。

「国境の町も通りますから、料理を習ったお店を探してみませんか? 道中は色んな街に寄って美味しいものを食べましょう。国の呼び出しなので馬車も宿も国の支払いですよ」
「それは、すごく、魅力的……。トラのおかみさん元気にしてるかしら」
「会いにいきましょう。故郷の美しい景色も案内させてください」
「うう……、行きたい、行きたいけど、勝手に私を乗せてもいいの?」

 枕につっぷしたパオラが、眉を下げて私を見た。あと一押しだ。絶対に一緒にいく。

「大丈夫ですよ、同伴者は自由裁量がききますから。私一人の移動なので気にする相手もいません。あちらの国へ行く機会はなかなかないはずです。店が休みの今しか。一緒に行きましょう。パオラが一緒じゃないと寂しくて出かけられません」
「……うん、行くわ。今じゃないと行けないもの」

 決まった! 思わず拳を握る。
 無理矢理つれていくことにならなくて良かった。国へ行かないてもあるが、それだとこれから囲い込むための資金繰りが難しくなる。本当に良かった、頷いてくれて。
 嬉しくてパオラを抱きしめた。あなたはいつも私の望みを叶えてくれる。

「では、用意しましょう。行って帰ってくるまで一ヶ月以上かかります。帰るころには改装も終わってるでしょうね」
「よろしくね」
「こちらこそ。ところで、旅行へ行くあいだ家賃が勿体ないですから、荷物は全部うちに置いておくほうがいいと思います。置く場所はたくさんありますから」

 もう一つの本題を切り出した。こちらも必ず頷いてもらわないと。今度こそは一緒に住む。

「えーと、うーん、家賃はもったいないけど、また借りるときに部屋があるかどうか」
「休みのあいだは給金がでません。家賃を節約するのは必要ですよね?」
「それはそうなんだけど。ねぇ、エル、あなた、私をここに住まわせようとしてる?」

 パオラの大きい目がパチリと開いて、私をまっすぐ見つめる。
 目的のためなら嘘だってつける。けれど、あなたと一緒に住みたい以外の言い訳は思いつかない。

「そうです。わかりますか?」
「こないだだって同じようなこと言ってたでしょ。そんなに私と住みたいの?」
「はい。切実に」
「切実って、ふふ。……閉じ込める?」
「閉じ込めません。あなたの仕事場へ送り迎えします」
「そうなの?」
「ええ」

 閉じ込めません、今はまだ。

「あなたと一緒にいたいだけです。今だって毎日泊まっているのだから、いる時間に変わりはないでしょう? 私は毎晩、同じベッドで抱きしめて眠りたいのです」
「うーん、まあ、時間的にはそうよね。うーん、でも、考えておく」
「パオラ」
「甘えてもダメ。考えるから待ってて」

 うん、と頷いてください。どうか。あの貸し部屋を買い取ってあなたを追い出す、なんてまねをせずに済むように。
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