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第二章 ゆれるこころ

9話 二人きりの昼休み

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「澄谷君……何か、良い事でもあったの?」

 朝の教室、珍しい事に福山さんから話しかけられた。

「えっと……どうして?」
「なんだか、嬉しそうな顔、してたから……」

 ふむ、嬉しそうな顔か……どうやら自然と頬が緩んでいたようだ。

「まあ、ちょっとね」

 実際はちょっとどころではないのだが、詳しくは話せない。
 簡単に言ってしまえば、由衣と仲直り出来たことが嬉し過ぎるという事なのだが、そんなことを嬉々として説明などしたら、とんでもないシスコンだと思われること間違いなしだ。
 
 昨日の一件から、俺達兄妹は以前の日常に戻れたといっても良いだろう。
 まだ会話にぎこちなさが残ってたりもするが、おおむね良好な関係になってきている。
 今朝も一緒に登校してきたくらいだ。
 
 正直、ただ会話を出来るようになるだけでも、もっと時間がかかると思っていたんだ。
 あれだけ状況がこじれていたのだから、関係を修復するのは大変だろうと……
 だから嬉しくてたまらないんだ。由衣と一緒に居られることが。
 顔に出るのも仕方がないだろう。

「よかった……元気になったみたいで……」

 福山さんはそう言って微笑む。
 
「俺、そんなに落ち込んでるように見えた?」
「……うん……私には、そう見えてた」

 福山さんには、俺が先輩に振られ落ち込んでいるように見えたのだろう。実際には落ち込んでいたのではなく、クラスメイトの冷やかしに辟易していただけなのだが、それは言うまい。そういうふうに勘違いしてくれる分には好都合だ。

「心配してくれてありがと」
「……うん」

 俺が感謝すると彼女は顔を赤らめる。
 あまり人に感謝されることに慣れていないのか、それとも先輩の言う通り俺に気があるのか……
 どちらにせよ、そういった反応をされると俺もなんだか照れ臭い。
 しかし、今の俺は最高に気分がよく、何でも出来そうなくらいに高揚しているのだ。

 福山さんとの距離も、一気に縮められる気がして、もう少し踏み込んでも良いのではないかと、そんな思いが湧き出でてきた。

「そういえばさ、福山さんってお昼はいつもお弁当だよね?」
「えっ? ……うん、そうだけど……」
「じゃあさ、良かったら今日一緒に食べない? ――二人きりでさ」

 二人きり、というワードを強調する。
 ちょっと大胆過ぎる誘いだろうか……とも少し考えたのだが、いかんせん今の俺は調子に乗っていて、止められるものは誰もいない。

「えっ……えっ!? そそそそのッ……!」

 案の定、福山さんは驚いた様子で言葉になっていない。
 それでも俺は構わず話を続けた。

「実はさ、生徒会で屋上を使えるんだけど、今日は良い天気で温かいし、外で食べるのにはもってこいだと思うんだよね。どうかな?」

 我が校の屋上は本来立ち入り禁止で、生徒には解放されてないのだが、生徒会権限で使用することができるのだ。まあ実際は勝手に鍵を拝借して立ち入っているだけなのだが……
 先輩曰く、このくらいはセーフ、との事だ。
 なんとも無茶苦茶な話だが、教師もなんだか黙認してくれているみたいだし、先輩の徳の高さがそれを良しとしているのだろう。

「そんな、あのっ、私なんかが……その……」
「ダメかな? 福山さんとゆっくり話したいなって思ったんだけど……」
「えっと……ほんとに、私とで……良いの?」
「もちろん!」
「それじゃあ……うん…………わかった」
「ほんと!? じゃあ約束ね!」
「うん……約束……」

 とまあ、こんな感じで昼食の約束をした。
 完全に乗りと勢いに任せて押し切ってしまった感はあるが、まあいいだろう。
 これで福山さんとの距離を縮めて、俺の興味が彼女に向けば、由衣への恋心だって自然に無くなるかもしれない。
 そうすればすべてが上手くいく。上手くいくはずだ。

 

 俺の高揚した気分もそのままに、昼休みになった。
 屋上への扉の鍵は前もって拝借しており、準備は万端だ。

「福山さん。行こうか」
「う、うん」

 緊張した様子の彼女を連れ、屋上へ向かった。
 本来は立ち入り禁止の場所なので、道中の階段も生徒の姿は見られない。
 鍵を開け、扉を開くと青空が広がる。

「良い天気だね」
「……うん」

 普段は誰も来ない場所なので、ベンチなどの気の利いたものは無く殺風景だ。
 しかし、天気が良いとそんな場所でも気持ちが良い。

「今準備するから」

 地べたに座って食事をするわけにもいかないので、あらかじめ用意しておいたレジャーシートを広げる。そして小さなクッションを二つ並べた。
 これらは屋上で一息するために、先輩が用意している生徒会の備品だ。

「ささ、座って座って」
「……うん」

 福山さんはこちらの様子をチラチラと窺いながら、おずおずと座る。
 どうにも勝手が分からないようで、彼女の視線は定まらない。
 こういう時は俺が先に動くべきだろうと思い、手早く弁当に手を付けることにした。

 クッションにドカりと座り、弁当箱を開け、逸るように「いただきます」と言ってから、一つおかずを口に放り込み、白飯をかき込んだ。

「うん。上手い」
「……」

 そんな俺の様子を見て、福山さんも弁当箱を開ける。
 
「おいしそうなお弁当だね」

 彼女の弁当箱は飾り気のないシンプルなものだが、中身のおかずは色合い豊かでバランスが良い。
 食欲そそる良い弁当だ。

「……ありがとう」

 福山さんは照れるようにそう言った。

「もしかして自分で作ってるの?」
「うん。お母さん大変そうだから……少しでも手伝えれば良いなって思って」
「へえ、偉いね。俺なんか家の手伝いなんて何もしてないよ」
「た、大したことじゃないよ。 ……これくらい……」
 
 そんな会話をしつつ、少しずつ福山さんの緊張が解けてきただろうか。
 引っ込み思案の彼女をリードするのは、経験の無い俺にとって難しい事だが、なかなか良い雰囲気を作れているのではないだろうか?
 
 このまま楽しく、昼休みを終えられそうだと、そう思っていたのだが……

 誰も来ないはずの屋上の扉が開かれ、俺達二人の間に、突然の来客が現れる。

「お、やっぱり優人だ」

 生徒会長、新庄綾香がそこにいた。 
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