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最終章 罰

【氷雨SIDE】悪縁

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 「私が一ノ瀬について知っているのはこのぐらいです」
 「分かりました。お話、聞かせてくださってありがとうございますなのです」
 「い、いえ……」

 セミの鳴き声が段々と聞こえなくなってくる8月の第三日曜日。
 冥界に生きている人間の魂を引き込み、ヘルという神にその魂を食べさせている超能力者一ノ瀬いちのせこころの調査を進める為、私はるるちゃんと二人で大阪のとある大学に訪れていた。

 「あの時、貴方が私を助けてくれなかったら……私は今頃、一ノ瀬の隣に居たあの女に食べられていましたから」
 「少し呼吸が乱れている。心を蝕むトラウマという名の怪物さえも怠け者にする私の魔眼を見ておくといい」

 同じテーブル席に座っているこの子は、以前冥界で一ノ瀬いちのせこころに襲われていた女子大生。
 一ノ瀬いちのせこころの所属する大学を調べる最中に彼女を見つけた私達は、襲われた際に負ったであろう心の傷をケアする事と一ノ瀬いちのせこころに関する情報収集を行う為に彼女に接触した。

 るるちゃんの『思考を怠けさせる』力は今回の様な被害者の聞き込みにおいて非常に重要な効果を発揮してくれる。
 相手のトラウマを呼び起こすことなく、事件の詳細や不安に思っている事を把握することが出来る……後はるるちゃんがちゃんとした敬語を使える様になれば完璧なんだけど。

 「このポスターを」
 「これは?」
 「私の聖域サンクチュアリが発行しているポスターだ」

 そう言ってるるちゃんが彼女に渡したのは、様々な教会やお寺などの写真が載っているポスターだった。

 「先の事件がきっかけで、過去の自分が行ったいじめに対して罪悪感を抱いていると言っていたのを思い出した。ここはそう言う罪を償う方法を教えて貰う場所。過去の自分を許せないとき、罪悪感で潰れそうな時、このような場所で気持ちを吐けば楽になる」
 
 るるちゃんのその言葉に少し心が救われたのか、彼女の声が先ほどより少しだけ明るく張りのあるものになっていた。
 その後、少しの世間話をして雄二ゆうじ達と待ち合わせをしているカフェまで彼女に車で送ってもらった。
 本当はバスに乗って向かう予定だったけど、せっかくの好意を無駄には出来ないし。

 「あ、そう言えば」
 「どうしたのですか?」
 「すこし気持ちが落ち着いたからなのかな、一ノ瀬いちのせが冥界で言っていた事を思い出して」
 「……よかったらその話を聞かせて貰ってもいいのですか?」
 「はい。確かー」

 彼女から告げられた思いもよらぬその言葉は、私の心に少しの不安と恐怖と懸念を植え込む事になる。
 それはまるで触れられたくない傷口に赤い糸を括りつけられている様だった。
 
 ◇

 「氷雨、るる、こっちだ」

 カフェの扉を開けると当時に私達を呼ぶ声がする。
 視線をキョロキョロと動かすと、先にテーブルに着いていた雄二ゆうじ琴音ことねちゃんが手を上げて私達を見つめていた

 「いや、すまないね。本当は二人と合流してから店に入る予定だったんだが……クロノがどうしても我慢できないと駄々をこねるのでね」
 『いやぁ、良い事した後の飯は最高だぜ!!』

 テーブルの上には一杯一杯の料理が並んでいて、琴音ことねちゃんの肉体の主導権を握っているクロノがその料理を凄い勢いで食している。
 未だに食べ方がお粗末なせいで、琴音ことねちゃんの口周りが大変な事になっている。

 「クロノはいつになったら綺麗にご飯を食べられるのですか。まったく、口を拭くので大人しくしてくださいなのです」
 「ボスは甘やかしすぎ。こういう場合はライオンに習って崖から突き落とすべき」
 「るるくん……それはクロノと肉体を共有している私にも被害が及んでしまうんだが」
 「なにバカな事やってんだよ。騒がしくてすまねぇな店員さん、ところで今度俺とー」
 「雄二ゆうじ!!目を離した隙にナンパしないのです!!」

 少しバタバタとしながら私は雄二ゆうじの隣にあった椅子に座る。
 店員さんに頼んだほっとココアが届いた頃にはさっきまでのワチャワチャとした空気が一気に鳴りを潜めた。

 「それじゃぁまず最初に事件の全体像を知っている私から話をしよう。私は先ほどまでここ大阪ではなく東京にある警視庁本部のとある機密の部署に寄っていたよ。まぁ超能力者が起こした特殊な犯罪を取り締まる所だと思ってくれたら良い。まぁ、足を運んだ理由は一ノ瀬いちのせこころとは別件の用事で知り合いに呼ばれていたのだけど……どうも話を聞けば聞くほど私達が追っている一ノ瀬いちのせの件との類似点があふれる様に出てくるんだ」

 「類似点?具体的には何なのです?」

 「私の知り合いが追っていた事件はここ一か月で日本全国の若者が不可解な死を遂げているという物だった。心身ともに健康であった被害者達がなんの前触れもなく植物状態となり、ある瞬間フッと心臓が止まって死んでしまうらしい」

 『そんで、俺がその死体を見てみると……なんと全員が魂を抜き取られて死んでいる事が発覚!!しかも、本人が生きている間に魂を冥界に引きずり込んだ痕跡がわずかに残ってる』

 「それって」

 私があの時見たのと同じだ。
 生きている人間の魂を冥界に連れ込んでヘルって名前の女の子にその魂を食べさせるのが彼の手口……事件の被害者が植物状態になってしまうのも、日本全土でこの事件が起こっているのも、冥界を介していると仮定すれば一応説明できる。

 「被害者の話では一ノ瀬いちのせこころ本人が凶行を何度も行っている節を主張していた。我が魔眼は彼がこの事件の犯人であると仮定する事を肯定してる」
 「そうだろう、偶然の一致で話を済ませるにはあまりに不可解だ。だから部外者の私にも教える事の出来る情報や資料を貰って来たのさ」

 琴音ことねちゃんはそう言うと、スマホを操作して事件についての情報がまとめられたPDFファイルを私達に送信。
 そこには最初に事件が起こった日付、一ノ瀬いちのせこころに命を奪われたであろう人達が住んでいた土地のリストなどが記されていた。

 「霞峰市かしゃほうし翔星町しょうせいちょう蓮華市れんげし南紫雨湾みなみしうわん付近……そして異砂《イザ》市ヨモツ町。調べてみるればどこも幽霊やなんかのオカルトに縁がある所みたいでねぇ。おそらく犯人の能力を生かしやすい土地で犯行を行ったんだろう」

 「なるほどな……そして最初に事件が起こったのが7月5日ね」

 雄二ゆうじは意味深そうにそうつぶやくと、「俺からも一つ」と話を切り出した。
 
 「俺は一ノ瀬いちのせこころの人間関係について主に調査していた。現在一人暮らしの大学4年生、両親は健在だが家族仲はあまり良くないらしく、その穴を埋める様に沢山の女性と関係を持っているみたいだ」

 「そう言えば、私達が話を聞いたお姉さんも一ノ瀬いちのせこころの元カノだったと言っていたのです。6股されることも珍しくなかったとか」
 
 「まぁ、家に居場所の無い超能力者にありがちなパターンだな……ただ、ここ最近その人間関係に妙な変化が起こってる」

 「妙な変化?」

 雄二ゆうじはじっくりとPDFファイルを見つめ直し、軽いため息を吐きながらその変化について教えてくれた。

 「7月5日の夜、一ノ瀬いちのせこころは関係を持っていたすべての女性に縁を切りたいという旨のメールを一斉に送信したそうだ。しかもその理由が『好きな人が出来たから』なんだとよ。浮気や6股なんか平気でする男がいきなりそんな理由で知り合いの女全員と縁を切るなんて奇妙な話だろ?しかも、それが最初に事件が起こった日付と同じとあっちゃな」

 雄二ゆうじのその言葉に全員が静かに頷いた。
 琴音ことねちゃんの友人が追っている事件の犯人と一ノ瀬いちのせこころが同一人物であるのはほぼ間違いない。

 どうやら私達は想像以上に大きな件に首を突っ込んでしまったらしい。

 『にしても、その男は何が目的でこんな大掛かりな事件を起こしたんだ?あれか、大犯罪者になりたかったみたいな?』
 「その件については……私とボスがすでに掴んでいる」
 「どうした?るるにしては歯切れが悪いじゃねーか」
 「……私達シンガンにとっては悪い知らせだった」

 るるちゃんがあまり見せないその態度を見て、この場の空気がガラッと変わった。

 「悪い知らせってなんだよ」
 「……一ノ瀬いちのせこころの目的は、冥界の神であるヘルの復讐を手伝う事らしいのです」
 「ありがちな話じゃね~か、脅かせやー」
 「その復讐相手は……『牛草』という名前の人間であるらしいのです」

 その言葉を聞いて皆の顔が引きつった。
 その『牛草』という苗字は、私達が初めて敗北した彼と同じものだったから。

 この非常にスケールの大きい一ノ瀬いちのせこころの一件に、堕天使に恋をし私達を倒した彼が関わってくるかもしれない。
 そう思う度に心の中の不安が少しづつ増えていくのを私は感じるのだった。
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