元・愛玩奴隷は愛されとろけて甘く鳴き~二代目ご主人様は三兄弟~

唯月漣

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39)初めてのお使い

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「お前も病み上がりなのに悪いな、日和。本当に一人で行けるか?」
「はい。佐倉さんに風邪を移してしまったのは私です。私に行かせて下さい」


 ある日の午後。
 私はとあるお使いに行くことになった。

 元は詩月様が佐倉さんに頼んだ用事だったのだが、佐倉さんは一週間近く寝込んで復活した私と入れ替わるように風邪を引いたらしく、朝から鼻水をすすっていた。
 
 そんな佐倉さんが無理を押して出かけようとしていた所に出くわした私は、大慌てで彼を止めた。
 彼の顔色が、明らかに朝より悪くなっていたからだ。
 
 そんな時に限って樫原さんは水湊様と共に、遠方へ仕事へ行ってしまっている。お戻りは明日の夕方以降なのだそうだ。

 もちろんこのお屋敷には、他の使用人も沢山いる。だが佐倉さん曰く、警戒心の強い詩月様は側近以外の大人が学校を訪ねるのを、とても嫌がるらしい。

 そういう事ならば私が、と申し出たという訳だ。

『学校にいる詩月様に書類を届ける』
 
 そんな他愛ないお使いではあったが、自分が発熱して寝込んでいた間、佐倉さんは何やかんやと私の部屋に来ては、薬や冷却シートやらを持ち込んで面倒を見て下さった。そんな佐倉さんに、恩返しがしたい。

 それに、少し前に詩月様にインターネットでの経路案内と交通系ICの使い方を習った私は、記憶が新しいうちにそれを試したいと考えていた。
 このタイミングは私にとっては渡りに船だ。
 
 最初は「でも」とか「だが」と言って何故か丁重に遠慮していた佐倉さんだったけれど、私が何度も食い下がった末にようやく折れた。

 
「お前、『自分が役に立てる』と思うと意外に頑固になるんだな。まぁ、これも社会勉強のうちか。詩月坊ちゃんの学校は私服登校だから、日和なら生徒に紛れたらあまり目立たないかもしれないし」
「はい、お任せ下さい。佐倉さんは早くお家に帰って寝てくださいね。では、行ってまいります」

 
 佐倉さんと詩月様のお役に立てるのが嬉しい気持ち、教わったばかりの経路案内を使う楽しみ。そして何より一人で街へ出る高揚感で、私はわくわくしていた。
 
 心配そうに私を見送る佐倉さんと別れ、私は屋敷から少しの所にあるバス停へと向かったのだった。




 ***



「お待たせしました。この書類を詩月様にお届けするようにと……」
「――――なんで日和が学校に来てるの?」


 校門の前で書類を受け取った詩月様は眉根を寄せ、あからさまに嫌そうな顔で私を睨んだ。

  
「も、申し訳ありません……。実は佐倉さんが今朝から風邪を引いておりまして、少し前から熱も上がってきたようでしたので……」
「えっ。あの丈夫だけが取り柄の佐倉が?」


 封筒の中のプリントを確認していた詩月様は、驚いた顔で仰った。


「はい。樫原さんは本日水湊様のお供で遠方へ行かれていますから、お戻りの時間が読めません。それで手の空いている私が、と」
「それなら、そう連絡をくれたらこっちでなんとかしたのに」
「じ、実は、先日詩月様に使い方を教えて頂いた経路案内と交通系ICを記憶が新しいうちに試してみたくて、ついしゃしゃり出てしまいました。勝手なことをして申し訳ありません」


 私は詩月様に褒めてもらえると思って勝手に浮かれていた己を恥じ、詩月様へ向かって深々と頭を下げる。

 自分は詩月様にとっては同年代なので、大人という括りからは除外されるような気がしていた。けれど、どうやらそれは私の勝手な思い込みだったらしい。

 
「ちょ、ここで頭なんて下げないでくれる? みんな見てるじゃん。そんな事情があったなんて知らなかったから。今のは僕も悪かったよ」
「……! いえ、そんな……」


 周りを気にするようにキョロキョロと見渡された詩月様は、小声で私にそう囁く。

 
「プリント、届けてくれてありがと。今日はこれから三者面談なんだ。三十分くらいで終わると思うから、図書館で待ってて」
「えっ? 部外者の私が校内に留まっても宜しいのですか?」
「うん。この学校、放課後は図書室を一般開放してるから。ホラ、あそこ」


 そう仰った詩月様は、少し離れた建物の入口を示された。
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