元・愛玩奴隷は愛されとろけて甘く鳴き~二代目ご主人様は三兄弟~

唯月漣

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3)東條院家の人々

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 樫原さんの運転で、私を乗せた車は三時間程走った。
 白と緑ばかりの山間部。そこを抜けると、車は徐々に市街地へと入っていく。

 道路の下に広がる街には、色とりどりの看板が並んでいる。慣れない景色にドキドキしつつ僅かに窓を開けると、冷たい空気と共に、嗅ぎなれない排気の匂いが車内に入り込んできた。
 

 自分達以外の人間が暮らす街の様子は、私にとって本やテレビでしか知らなかった光景だ。

 目に映る何もかもが物珍しくて、私の視線は長らく窓の外に釘付けになっていた。
 


 そうして着いた先にあったのは、先程までいたお屋敷の数倍はあろうかという豪邸だった。

 銀色に鈍く光る格子からなる背の高い門。
 それは、車二台が余裕ですれ違えるほどの幅がある。
 
 門に備え付けられたセンサーは樫原さんの車を認識し、自動で左右に開いた。



 地下の駐車場で車を降ろされた私は、ゲストルームらしき場所に通された。


「とりあえず、ここで待っててくれる?」
「かしこまりました」
「あ、お腹減ってるでしょ? ボクはちょーっと用事を済ませてくるけど、待ってる間によかったらコレ、食べてて」


 そう言って樫原さんが持ってきて下さったのは、紅茶と美味しそうなサンドイッチだった。

 トレーを置いて足早に立ち去る樫原さんを見送った私は、そのまま軽く息を吐いた。

 そういえば今日はバタバタして、朝から何も食べていなかった。


 けれどもとっくに空っぽなはずの胃袋は、食事を目の前にしてなお強い緊張に引き絞られ、空腹を訴える気配がない。

 
 悩んだ末カップに形ばかり軽く口をつけた私は、部屋の中をぐるりと見渡す。

 
 手に持ったままのティーカップやお皿。
 金色で縁取られたそれらは、指で触れると細やかで美しい細工が施されていた。

 ふと顔を上げると、棚の上の美しい西洋人形と目が合う。

 アンティークドールであろう彼女は美しい金髪を艶めかせ、ガラスケースの中で天使の微笑みを浮かべている。
 

 改めて部屋の中を見回せば、シンプルそうに見えるテーブルや照明器具も、端々に繊細な装飾が施されている。
 
 
 部屋にある物全てが、自分のような奴隷が使うには勿体ない上質な品々だ。



 来客に対するもてなしが尽くされたこの部屋は、本来ならば最上級に居心地の良い空間のはずだ。

 けれども、目下もっかくるおしいほどの緊張に侵されている私を落ち着かせる力はない。

 じっと座っていられず、立ち上がって窓の側へと歩む。不安な気持ちを飼いならせず、私ははらはらと粉雪の舞う窓の外を長らくぼんやりと眺めていた。

 
 黒服の人たちに連れられて私より先に屋敷を出たみんなは、今頃どうしているだろうか……。
 
 彼らの行先は児童養護施設と言っていたけれど、それがどんな施設なのか、無知な私には皆目見当もつかない。
 
 酷い目に遭っていなければ良いけれど……。
  
 
 やがて窓の外が薄闇に染まり、壁掛けの時計が午後六時を回った頃。
 樫原さんがようやくドアの向こう側から顔をのぞかせた。


「お待たせーっ。まずは三男の詩月しづき坊ちゃまが、キミに会って下さるそうだよ。この家に住む主人は全部で三人。実質この家で働くための面接みたいなものだから、失礼のないように。頑張ってね」
「…………!! はっ、はい……っ!」


 私は『面接』という言葉に顔を強張らせつつ、樫原さんについて廊下を進んだ。
 
 心臓が引き絞られるほどの緊張で、膝が震えた。

 けれど私は愛玩奴隷なのだから、主人候補に『傍に置きたい』と思われるように振る舞わなければならない。
 
 精一杯の穏やかな笑顔を作って、私は示された部屋のドアをノックした。


「詩月様。お忙しいところ、失礼します。藤倉日和と申します。お部屋へ入ってもよろしいでしょうか?」
「うん、樫原から話は聞いてるよ。どーぞ」


 部屋の中から聞こえてきたのは、まだ無邪気さの残る少年とも青年とも取れるような若い声だった。

 恐る恐る中に入ると、革張りのソファに一人の華奢きゃしゃな青年が座っていた。手にしたスマートフォンの画面へ視線を落としたまま、何やらゲームらしき画面を操作している。

 サラサラの栗毛に色素の薄い肌。
 華奢な手足と愛らしく整い過ぎた顔立ちは、先程の部屋にあった高級アンティークドールを思わせる。

 仕立ての良いカシミヤのセーターは、デザインこそラフだが、上質なのが私の目からも一目で分かった。
 
 年齢は私と同じくらいだろうか。
 身長こそ成長途中のようであったが、詩月様のその長い手足は圧倒的スタイルの良さをうかがわせる。
 

「君が樫原の言っていた『奴隷志望の変な男』?」


 詩月様はそう言って、スマートフォンの画面へ伏せた視線を私の方へゆっくりと上げた。

 変な男、という樫原さんの紹介の仕方に一瞬引っかかりを覚えたが、間違いではないので黙っておく。


「はい。藤倉日和と申します。よろしくお願いします」
「ふーん……」


 詩月様はそう言いながらスマートフォンを机に置いて、ようやく私を正面から見据えた。


「――――!」


 一瞬、目が合っただけ。
 なのに、一瞬視線で射抜かれたように、その刹那ピリリとした緊張感が走る。
 彼の視線には、人の上に立つ支配階級特有の強さがあった。

 対面した人物の全てを一瞬で見抜いてしまうのではないかと言うほどの鋭い眼光。
 だがそれは、数秒でふっと緩んだ。


「僕、ちょうど新しいおもちゃが欲しかったところなんだ。いいよ、面接してあげる」


 優しい言葉に私が安堵した瞬間、詩月様は悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべて言った。

 

「取り敢えず、
「!?」
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