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84)人生の転機(律火視点)
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長い時間を共に過ごすうち、いつしか先生と僕は教師と生徒の垣根を超え、祖父と孫のような――それでいて、年の離れた友人のような……そんな近しい関係になっていった。
夕食に招かれた際には、奥様と愛犬のクロに、家族の一員のように歓迎された。
夏休み、家に居たがらない僕を見かね、「OB会の遠征だ」と使用人に嘘をついて、そっと連れ出してくれることもあった。
クリスマスの時、子供達に配るために奥様が焼いたクッキーは、あまりに美味しすぎて、子供達だけでなく、試食した全員が絶賛した。
その時に貰った秘伝の焼き菓子レシピの数々は、今でも大切に持っている。
今思うと秋山先生は、僕の中の孤独を見抜いていたのかもしれなかった。
僕に居場所と役割を与えてくれた、秋山先生。
先生には、今でも感謝している。
彼がいなければ僕は東條院家や学校という狭い世界しか知らず、人に優しくする事なんて到底出来ないような自己中心的な大人になっていたと思うから。
***
大学を卒業した僕は、東條院グループの役員になった。
役員と言っても名ばかりで、実務に携わることは殆どない。
僕はただ与えられたパソコンに向かい、決定済みの書類に目を通し、形ばかりの署名をする。
かと思えば関係者が集まるパーティに顔を出して、『スペア』として挨拶回りをするくらいだった。
僕が出社して、通常業務を少しでも手伝おうとしようものなら、ベテラン社員が大慌てで駆け付けてくる。
「坊っちゃまは、そんなことなさらなくてよろしいんですよ」
「けど……」
「奥の部屋に紅茶と菓子を用意しております。さぁ」
「…………」
仕事を教えてもらえないどころか、雑務を手伝うことすら止められる。
これはきっと、遠慮ではなく迷惑だからだ。
跡を継ぐ予定のない、スペア。
飼い殺しの、名ばかり役員。
社会人一ヶ月目にして、僕はこの会社に自分の居場所などないことを悟る。
結局僕にできたのは、たまに美味しいお菓子と紅茶を差し入れて、社員のみんなを励ますことくらいだった。
けれどそんな僕を見て、よく思わない人達は当然多い。
ろくに働かずして人より高いお給料を貰っているのだ。そう思われて当たり前だと思う。
結局僕はパソコンさえあれば自宅でも仕事ができるのを良いことに、ほとんどの業務を自宅で行うようになってしまった。
不思議なもので、社会の中での役割を奪われると、やっぱり僕は所詮スペアなのだという現実を突きつけられたような気持ちになる。
結局メインが元気である限り、僕は不要で。
倉庫でじっと、お役目がくる日を待つしかないのだ。
良い気分転換の場になっていたボランティア活動も、この頃ちょうど秋山先生が腰を悪くしてしまい、当面はお休みすることになってしまった。
僕は再び、居場所を失ってしまったのだ――。
――――潮時だな、と思った。
このままでは、きっと僕はあの男に飼い殺しにされてしまう。
お祖母様との約束を叶えるため、そろそろ僕は逃亡の計画を練らなければ。
幼い頃から、小遣いとして与えられる金銭は、極力貯めるようにしてきた。
与えられたものとは別で秘密裏に作った通帳に、学生時代にこっそり取ったパスポート。
これらは部屋に掃除に入る使用人達に見つからないようクローゼットの奥の天井板を外して、その裏側に隠してあった。
まもなく、お祖母様の命日。
その日の夜に決行しよう。
――そう決めた。
東條院家から与えられているスマートフォンは置いて行く事になるだろう。そう思って、まずはこっそり別のスマートフォンを契約した。
本当は車の免許を取りたかったけれど、それは屋敷の者に隠れて行うにはハードルが高いようだった。
祖母や両親の数少ない思い出の品は、いつでも持ち出せるように密かに小さな箱へまとめた。
荷物が増えてきたので、近隣の駅のコインロッカーにまとめる。
夕食に招かれた際には、奥様と愛犬のクロに、家族の一員のように歓迎された。
夏休み、家に居たがらない僕を見かね、「OB会の遠征だ」と使用人に嘘をついて、そっと連れ出してくれることもあった。
クリスマスの時、子供達に配るために奥様が焼いたクッキーは、あまりに美味しすぎて、子供達だけでなく、試食した全員が絶賛した。
その時に貰った秘伝の焼き菓子レシピの数々は、今でも大切に持っている。
今思うと秋山先生は、僕の中の孤独を見抜いていたのかもしれなかった。
僕に居場所と役割を与えてくれた、秋山先生。
先生には、今でも感謝している。
彼がいなければ僕は東條院家や学校という狭い世界しか知らず、人に優しくする事なんて到底出来ないような自己中心的な大人になっていたと思うから。
***
大学を卒業した僕は、東條院グループの役員になった。
役員と言っても名ばかりで、実務に携わることは殆どない。
僕はただ与えられたパソコンに向かい、決定済みの書類に目を通し、形ばかりの署名をする。
かと思えば関係者が集まるパーティに顔を出して、『スペア』として挨拶回りをするくらいだった。
僕が出社して、通常業務を少しでも手伝おうとしようものなら、ベテラン社員が大慌てで駆け付けてくる。
「坊っちゃまは、そんなことなさらなくてよろしいんですよ」
「けど……」
「奥の部屋に紅茶と菓子を用意しております。さぁ」
「…………」
仕事を教えてもらえないどころか、雑務を手伝うことすら止められる。
これはきっと、遠慮ではなく迷惑だからだ。
跡を継ぐ予定のない、スペア。
飼い殺しの、名ばかり役員。
社会人一ヶ月目にして、僕はこの会社に自分の居場所などないことを悟る。
結局僕にできたのは、たまに美味しいお菓子と紅茶を差し入れて、社員のみんなを励ますことくらいだった。
けれどそんな僕を見て、よく思わない人達は当然多い。
ろくに働かずして人より高いお給料を貰っているのだ。そう思われて当たり前だと思う。
結局僕はパソコンさえあれば自宅でも仕事ができるのを良いことに、ほとんどの業務を自宅で行うようになってしまった。
不思議なもので、社会の中での役割を奪われると、やっぱり僕は所詮スペアなのだという現実を突きつけられたような気持ちになる。
結局メインが元気である限り、僕は不要で。
倉庫でじっと、お役目がくる日を待つしかないのだ。
良い気分転換の場になっていたボランティア活動も、この頃ちょうど秋山先生が腰を悪くしてしまい、当面はお休みすることになってしまった。
僕は再び、居場所を失ってしまったのだ――。
――――潮時だな、と思った。
このままでは、きっと僕はあの男に飼い殺しにされてしまう。
お祖母様との約束を叶えるため、そろそろ僕は逃亡の計画を練らなければ。
幼い頃から、小遣いとして与えられる金銭は、極力貯めるようにしてきた。
与えられたものとは別で秘密裏に作った通帳に、学生時代にこっそり取ったパスポート。
これらは部屋に掃除に入る使用人達に見つからないようクローゼットの奥の天井板を外して、その裏側に隠してあった。
まもなく、お祖母様の命日。
その日の夜に決行しよう。
――そう決めた。
東條院家から与えられているスマートフォンは置いて行く事になるだろう。そう思って、まずはこっそり別のスマートフォンを契約した。
本当は車の免許を取りたかったけれど、それは屋敷の者に隠れて行うにはハードルが高いようだった。
祖母や両親の数少ない思い出の品は、いつでも持ち出せるように密かに小さな箱へまとめた。
荷物が増えてきたので、近隣の駅のコインロッカーにまとめる。
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