元・愛玩奴隷は愛されとろけて甘く鳴き~二代目ご主人様は三兄弟~

唯月漣

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85)計画的犯行の結末(律火視点)

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 準備には一ヶ月ほどを要した。
 その間、不審に思われないよう、使用するコインロッカーもこまめに変更した。

 いずれは海外に逃げるにしても、とりあえずの潜伏先は国内だ。
 どこがいいだろう……それとも潜伏などせず、転々とする方がいいのか。

 
 今自宅で育てている植物達は、ここに置いていく。
 世話をしていた僕がいなくなれば、やがて枯れるだろう……。
 残念だがせめて……と、最後にたっぷりの肥料と水を与えた。

 数少ないお母様やお祖母様の写真は、移動中折れないよう、本の間に挟んだ。

 二人のお墓にも、しばらく会いに来れなくなることを報告した。
 
 ――――他に、やり残したことは……?

  
 そう考えた時、脳裏に浮かんだのは秋山先生だった。
 
 僕が社会人になって、まもなく二年。
 先生と最後に会ったのはいつだっただろう?
 
 真実を明かすことは出来ないまでも、最後にせめて――感謝の気持ちを伝えられたら。

 
 決行前日。
 
 僕は久しぶりに、先生の家を尋ねた。
 先生と奥さん……そしてクロは、変わらない笑顔で僕を温かく迎えてくれた。

 手土産を渡し、変わらず平和に暮らしているような自分を演じる。
 日が暮れ、夕食をご馳走になって、別れを惜しみながら帰路に着く。
 
 彼らに会うのは、これで最後になるかもしれない……。
 
 先生と過ごした学生時代の温かな思い出が、走馬灯のように浮かび上がる。

 下を向けばこぼれそうになる涙を袖口で拭って、僕は屋敷への帰路に着いた。

 
 




「お帰りなさいませ、律火お坊ちゃま」
「……戻りました」


 彼女達は成人した僕を、今も『坊っちゃま』と呼ぶ。
 これが親しみではないと気付いたのは――『お前は子供のように無力だ』と侮られているだけだと知った頃だった。

 
「――あぁ、そうだ。昼間久しぶりに、坊ちゃまのお部屋の掃除しておきましたから」
「……?」

  
 使用人達が定期的に自室に清掃に入ることは知っていた。けれど、それをわざわざ僕に申告してくることは珍しい。
 
 モヤモヤしながら自室に入ると、室内にどことなく違和感があった。
 
 背後でクスクスと笑う使用人達の声に、瞬時に嫌な汗が流れる。
 
 僕は表面上は冷静を保ちながら、素知らぬ顔で自室に入り、内鍵をかけた。
 
 普段ならば、彼女たちが起きている時間には、絶対に開けないその場所。

 クローゼットの最奥、チェストの真上にあたる天井部分。
 そこには、子供の頃の教科書を詰めた段ボール箱があるはずだった。
 ――そして、そのさらに上に……。


「………………!!」

 
 不自然にズレた天井板。それは、昨夜確かにキッチリと合わせておいたはずだった。
 
 痛い程騒ぐ鼓動が、僕の胸の内を叩く。
 
 僕は折り畳み傘の柄を伸ばして、そっと板を押し上げた。
 
 現れた隙間のその奥に、探るように手を伸ばす。
 何度も確認したけれど、指先は虚しく天井板を撫でるばかりだ。


「――――ない……。そんな……」

 
 板の裏側にテープで貼り付けてあったはずの、コインロッカーの鍵。
 
 それが跡形もなく、消え失せていた。

 ――――やってしまった。

 何年も一緒に暮らしていれば、僕の様子が変わったことに彼女たちが気がついてもおかしくはない。
 
 墓参りや、先生に久しぶりに会いに行った事も、迂闊だったのかもしれない……。

 あのロッカーの中身を彼女たちに見られれば、この家から逃げようとしたことがあの男の耳に入るのは必至だ。

 そうなれば、僕はもう……。


「坊っちゃまー? 変な音がしましたけど、何かありましたか?」


 ドアの外からノック音がして、使用人の一人がわざとらしく僕にそう声をかける。

 
「もしかして、どこか体調がお悪いのですか? でしたらお医者様を呼びませんと」

  
 彼女達はクスクス笑いながら、じゃらりと音を立てる。
 鍵の束の中にあるマスターキーを選び出し、ガチャリと勝手に僕の部屋の鍵を開ける。
 
 彼女達は『緊急時のため』と称して、本家からマスターキーを与えられていた。

 無論、主人であるはずの、僕の部屋の鍵も……。

 どうして、気がつかなかったのか。

 恐らく僕は――泳がされていたのだ。
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