【完】クールな貴方がくれたのは、サディスティックな溺愛でして

唯月漣

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1)お年頃なので

 突然だけど、今僕の家庭教師兼彼氏であるアキ先生はとても怒っていた。
 いや、表面上は無表情だ。
 けれど、僕は気付いている。先生の目がいつもに増して、冷ややかな光を宿していることを。


「ご、ごめんなさい……っ。僕、一生懸命勉強したんですけど……その……っ」


 いつもはクールながらも穏やかな性格のアキ先生だったけれど、先生は怒ると理詰めでクドクドとお説教をしてくる。
 そうなれば、先生が納得するまで理由をしっかり説明しなければならなくなる事を、僕は経験上知っていた。


「一生懸命やってこれなんですか? 最近のシン君はどうも集中力が足りないように思います。どうしてこんなに勉強に集中できなくなってしまったんでしょう?」


 縁無し眼鏡の奥で、アキ先生の冷ややかな黒い瞳が僕を睨んだ。僕は返却されたテストの答案用紙を握り締めて、情けなさに俯くより他なかった。


「あっ、あの。次は必ず平均点以上を取れるように頑張……」
「前回もそう言って、今回英語と世界史で赤点すれすれの点数を取りましたよね? 現国に至っては完全に赤点です。今必要なのは私への謝罪ではなく、原因の追求と今後の具体的な対策ではないですか?」
「うぅ、その通りです」


 上辺ばかりの反省の弁は、どうやら先生の神経を逆撫でしてしまったらしい。ぐぅの音も出ず萎縮する僕に、アキ先生は呆れた様子で溜息をついた。


「まだニ年生なのに、こんな調子では先が思いやられます。シン君は一度、色恋沙汰から離れて勉強に専念した方が良いんじゃないですか?」


 冷ややかなため息を付くアキ先生に、僕は大慌てでしがみついた。


「や、ヤダっ! 別れるのは絶対にだめっ! 僕、次こそは本当に勉強頑張りますから!!」
「私のために頑張ってどうするんです? テストは自分の為に頑張るものでしょう?」
「は、はい……」


 アキ先生はいつだってクールだ。クールで大人で、おまけにかっこよくて頭も良い。
 僕はそんな先生に一年以上片思いを続けた末、泣き落としに近い告白で先月ようやく先生の恋人の座を得た。

 まさしく、幸せの絶頂。
 ああ、これでようやく勉強に集中出来る。

 ……なーんて思ったのは大間違いで。
 恋人になったらなったで、結局僕の悩みは尽きなかった。


「どうしてここ最近集中力が落ちたのか、理由を言って下さい。もしかしたら、私に何かしらの対策ができる内容かもしれないですし」
「そ、それは……」
「それとも、私には言えないことなんですか?」

 アキ先生は人形のように整った顔を傾げて、僕の顔をじっと見つめた。

 先月恋人になってくれたはずのアキ先生は、クール過ぎて一向になかなか恋人らしいこと……キスやハグ、手をつなぐことすらしてくれない。
 もちろん、こちらからする勇気もない。
 だってアキ先生は、僕を好きだとすら言ってくれないから。

 先生が言ってくれたのは、僕の「先生が好きです! 付き合って下さい!!」に対して、「別に良いですけど」という返事だけだったんだ。
 そんなアキ先生だから、恋人とは言っても甘ったるい空気は皆無だし、愛されている自信も全くない。

 けれど、お年頃の僕はアキ先生に会うとついつい先生のことで頭がいっぱいになってしまう。
 設問を読み上げるときの、先生の甘くて低い色っぽい声。テキストを指差す滑らかな爪の先。ホクロ一つない白い肌に、長いまつ毛。
 それで僕は先生が帰った後は散々自慰に耽った挙げ句、疲れて眠ってしまい、勉強や復習を怠ってしまうのだ。
 それが成績下降の理由なんだけれど、まさかそれを本人に言う訳にはいかない。


「ええっと……最近、夜あまり眠れなくて……」
「それは嘘ですね。お母様に聞いたところによれば、食事と睡眠はしっかり摂れているそうです」
「うう…………」


 八方塞がり、蛇に睨まれた蛙とは、正しく今の僕の事だろう。
 嘘をつこうとした僕を、アキ先生が冷たい視線で射抜く。
 けれどこんな時でもアキ先生の顔はカッコよくて、いい香りがして先生の視線に性懲りもなくドキドキしてしまう自分が本当に嫌だ……。

 どう答えたものかと想い悩みながら数秒見つめ合った後、アキ先生はチラリと壁の時計を見る。

 針が二十時を僅かに回ったのを確認すると、先生はふぅっとため息を付いて立ち上がった。縁無しの眼鏡を外して机に置くと、おもむろにカーテンの僅かな隙間をきっちりと塞ぐ。


「ところでシン君。確か今夜はご両親共に帰りが遅い日でしたよね?」
「ええと、はい……」
「私達は付き合っていますよね?」
「えっ……? は、はい」
「もしや、シン君は私のせいで何か悩んでいるのですか?」
「…………っ!」


 不意打ちの質問に、僕は僅かに頬をこわばらせてしまった。すぐに表情を取り繕ったけれど、鋭いアキ先生は僕の表情の変化にすぐに気が付いたようだ。


「……やはりそうですか。付き合っている私に言えないようなことって、一体何でしょう? まぁ、何となく想像は付きますけど」


 そう言ったアキ先生の黒い瞳が、僕を見据えたまま鋭く光る。


「わ、分かるんですか……?」
「ええ、まぁ。過去に付き合った人達には、大体同じ事を言われましたから」
「同じ事って……?」


 アキ先生はそう言って外した眼鏡のつるを指先で弄ぶ。
 先生とは一年以上の付き合いになるが、眼鏡を外す所を僕は初めて見た。長い睫毛と濡れた瞳が、初めて眼鏡のガラスを隔てずに僕を見つめている。


「うーん、そうですね……」


 すべてを見透かすようなその視線は、僕の胸をざわざわと騒がせた。
 そうしている間に先生はみるみる僕との距離を詰めて、僕の方へ手を伸ばす。
 先生と僕の距離がどんどん近づいて、それに比例するように痛いほどの鼓動が僕の胸の中で鳴り響いた。


「あっ、アキ先生? ひぁっ」


 アキ先生に突然手首を掴まれ、僕は勉強机の前から突然立ち上がらされた。
 ハラハラと舞う答案用紙が絨毯の上に落ちるより早く、僕は机の隣にあったベッドの上に組敷かれていた。
 他ならぬ、アキ先生の手によって……。


「本当ならこんな形でするのは不本意なんですけどね。不出来な恋人のために、今日は特別にサービス残業をしてあげましょう」
「え……?」


 僕は何がなんだか分からないまま、先生に両手首を掴まれて頭上に押さえつけられる。
 アキ先生の作る陰が僕の顔に落ち、続いてサラサラの髪が顔の上に落ちてきた。

 アッ……と思ったときには、僕は大好きなアキ先生に唇を奪われていた。
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