【完】真面目で苦労人の長男に、アラサー男が一目惚れした話。

唯月漣

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10)あいつの襲来。

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 夏が終わり、残暑が厳しすぎる秋が来た。


 俺は珍しく仕事が立て込んでおり、一日中パソコンデスクに張り付いていた。

 普段は海外の記事の翻訳だったり、フリーライターだったり、海外の取材テープの文字起こしだったり。
 そんな細々した仕事が多いのだが、今回は珍しく『分厚い洋書を一冊丸々日本語に訳してくれ!』なんていう依頼が舞い込んだのだ。

 英語は得意だったけれど、記事を訳すのと本を訳すのとでは、当たり前だが全然違う。本業が翻訳家という訳ではないので、辞書とにらめっこする羽目になることも多々だった。


「くそー、全然進まねぇ……」


 パタンと辞書を閉じ、俺は天を仰いだ。
 うー、将貴に会いたい。
 あれから全然いちゃいちゃ出来てない。うう。

 気分転換にキッチンへ行き、冷蔵庫から麦茶を取り出していた時のことだった。


『ピンポーン』


 玄関のチャイムが鳴る。
 この間頼んだ資料、もう届いたのか? 今度の担当さんの仕事の早さ、素晴らしいな。
 そんなことを思いながら、俺は玄関に小走りで向かう。


「ハイハイ、はいよーっと」


 この時俺はつい、くもりガラスに映った引き戸の向こうの人影を、ろくに確認せずに開けてしまったのだ。


「ハーイ、ただいま奏一郎! Long time no seeひさしぶり!」
「!!!????」


 玄関先でハイテンションに俺に抱きついてくる男。

 長身の奏一郎より少しだけ背は低いが、褐色に日焼けした体。がっちり鍛え上げられた肉体に纏う白いTシャツ。その袖口からは、筋肉の筋がくっきり浮かび上がった、上腕二頭筋が覗く。
 金に近い栗毛に染め上げられた短髪は、根本が黒くなりかけていた。
 白い歯を覗かせてニカッと笑うその男は、キャリーバック二つとボストンバッグを玄関先に放り出したまま、俺に抱きついて離れない。


「ゲッ……」


 物理的な苦しさも相まって、俺はたくましいその体を押しのけようと必死に腕を突っ張るが、圧倒的筋力の差で、相手の体はピクリともしない。


「そ、奏さん……?」


 その時、背後から聞き慣れた人物の声が聞こえた。
 その声の主が、俺にはすぐ分かった。

 あーもうっ。どーしてこう、このタイミングで運悪く玄関先にいるかね?

 振り返ると案の定、悟と均、その奥に将貴が立っていた。


「お客さん……?」
「いや、これはその、えっと」


 どこから説明したもんかと慌てているところに、更に背後に人影が現れ、


「すみませーん。蒼井さん、お届け物でーす」


 なんて言い出したものだから、俺はもはや大混乱だ。


「あー、はいはいっ。お届け物ね!」


 すると金髪男はあっさりと俺を離し、振り返って勝手に伝票に受け取りのサインをする。

 軽々と片手で受け取ったダンボールを、そいつはボンッと俺に渡してくる。


「ほいっ、奏一郎にお届け物だってさ!」


 俺は慌てて両手で受け取るが、やはりずっしり重い。この箱には俺が取り寄せた、資料と言う名の書籍がぎっしり詰まっているはずなので、持ったまま立ち話をできる重さではない。


 俺は仕方なくそれを玄関に運び入れていると、玄関先で何やら声が聞こえた。


Hiハーイ! good boysグッ ボーイズ! 君達は奏一郎のお友達? わーお、So cuteソー キュート!」


「えーっと、ナイストゥーみーちゅー……??」
「すごいすごーい! お兄さん、エーゴだぁ!」


 固まる悟に、固まりつつも必死に片言で返事をする将貴。そして無邪気な均。


 あ、あんにゃろー。


 玄関にダンボールを置くと、慌てて俺は外に出る。
 案の定、あいつは均を肩車し、悟と将貴に代わる代わるにハグやキスをして、頭をワシャワシャと撫でまくっていた。


「おいっ! やめろよ遊眞あすま!」


 力では敵わないと知りつつも、そいつ……遊眞の背中を俺は容赦なくグーで殴る。


「イテテ……。いやー、あまりに彼らが可愛いからつい。まぁここで立ち話も何だから、上がってよみんな!」
「いや、お前が仕切るなよ!」


 カラカラと明るく話す遊眞に、気圧され気味の将貴と悟、ケロリと従う均。
 遊眞の肩車が気に入った様子の均は、出発進行とばかりに遊眞の髪に掴まった。

 遊眞は案外、子供に好かれるタイプなのかもしれない。








***









「あー、改めて。こいつは蒼井遊眞あおいあすま。俺の従兄弟だ。因みとーしーしーたーだっ!」



「ハーイ! 奏一郎がいつもお世話になってます!」


 遊眞はリビングの真ん中にどっかりと胡座をかいて、ソファにちょこんと座っている三人に挨拶する。
 三人も名前を名乗り、ペコリと挨拶をしてくれる。


「おい、日本こっちに帰ってくるなんて聞いてないぞ!?」


 挨拶もそこそこ、俺は遊眞に苦情を入れるが、当の遊眞は全く意に介さずニコニコしていた。


「えー? 言ってなかったっけかー?? まぁ、来ちゃったんだから、しばらく泊めてよ。あ、俺今夜は和食がいいなー」
「おまえ……」


 イライラしている俺に対し、遊眞は悪びれる様子もない。
 

「キーンー、僕の膝においで! お土産が沢山あるよー! 開けてみるかい?」
「えっ!? いいの!?」
Of courseもちろん!」


 全く話を聞く気の無さそうな遊眞にため息をついて、俺はキッチンに麦茶を取りに行くべく立ち上がる。
 そう言えばちょうど、麦茶を飲もうと思って冷蔵庫から出した所だったのを思い出したのだ。


 人数分の麦茶をコップに注いでいると、すかさず将貴がキッチンへ手伝いに来てくれた。


「なんか、変なやつに絡まれちゃってゴメンな? 俺も遊眞がアメリカから急に帰ってくるなんて思わなくて」


 苦笑いをして見せると、将貴はふるふると首を横に振る。


「僕も、奏さんに会いたくなって急に来ちゃったから。僕達こそ来客中にごめんね? 今日はちょっと話したいことがあって来ただけで、早めに帰るから」
「あー、いや。は大丈夫だからゆっくりしてってくれ」


 いやむしろ、将貴が来てくれるなら、遊眞アレの方を早くどこかへ帰したいぐらいなんですけどっ!

 そんな心の叫びを笑顔で誤魔化しつつリビングに戻ると、均の肩車に続き、今度は悟が高々と抱っこをされて、ぐるぐると回されていた。
 悟は反応に困っているのか、引きつった笑顔で固まったまま、されるがままに回転している。


「おー、お茶ありがとう。サトルは怖がりさんデスねー」


 俺達の存在に気が付くと、遊眞はあっさりと悟を解放する。
 悟は慌てて遊眞から離れ、危険人物から距離を取るように俺達の隣に座った。


 そりゃーそうだ。小学校の高学年である悟は、小柄といえど身長が百四十センチ弱ほどはある。そして、どちらかといえば人見知り。

 そんな悟を初対面でいきなり高々と抱き上げて、ぶんぶん振り回す男なんぞ、そりゃー悟も警戒もするだろう。

 お前の他人様との距離感は、一体どーなってんだよって話だ。


「遊眞ぁ、さっきのやつ、僕にもやってー!!」
「おー、じゃあ今度は、もっとすっごいのやっちゃおうかな」


 そんな悟をよそに、均は無邪気に遊眞に抱きつき、膝をよじ登るように抱っこをせがむ。


 均……お前すげーな。将来大物になるよ……。


 二人のアクロバティックな遊びを遠目に見守りながら、俺はやれやれとため息を付いて座り、麦茶に口をつけた。将貴と悟にも麦茶と遊眞の土産の菓子を勧め、自分は部屋の隅で届いたダンボールから仕事の資料を取り出す。


「あ、そう言えば、将貴。話って?」
「えっ……? ああ、えーっと。悟、奏さんと例の話をしてくるから、均を見ててくれる?」
「えっ!」


 悟の目は戸惑うように泳ぎ、ちらりと遊眞の方を見る。言わんがことを悟った俺は、均に声をかけた。


「きーんー! ちょっと兄ちゃんと大事な話があるから、その間遊眞と遊んでてやってくれないか?」
「うん、分かった!」


 均はキャッキャと歓声を上げながら、遊眞と言う名の新しいアトラクションに夢中になっている。しばらくは大丈夫だろう。


「奏一郎! それ、逆ーっ」
「いやいや、これで合ってんだろ。遊眞の方がよっぽど子供なんだから」


 遊眞のツッコミを平然とあしらいつつ、今度は悟に向かって言った。


「悟、悪いけど五人分の夕飯の買い出し頼めるか? 商店街で和食っぽい惣菜と、なんか他に食いたいもん、テキトーに買ってきてくれ。メニューは任せるから」


 そう言って、財布からお金を出して悟に渡す。
 悟はホッとした表情で、コクリと頷いて立ち上がった。
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