6 / 40
それぞれの成長
壮羽と緑蔭
しおりを挟む
壮羽を拾ってくれたのは、傭兵をして各地を回っている猪の妖だった。
女好き、酒好き、博打好きの図体のでかい陽気な男、緑蔭と言う名だった。
街を彷徨っていた壮羽は、この男に拾われ、この男と一緒に各地の戦場を走り回り、従者として身の回りの世話をしてやっていた。もう三年にもなるだろうか。十一歳だった壮羽も、十四歳になっていた。
「緑蔭。明日は、朝から次の仕事に移動しますから。朝までには、帰ってきてください」
いかがわしい飲み屋に、派手な服の女と一緒に入る緑蔭に、壮羽は叫ぶ。緑蔭は、手を振る。
「あら、可愛い子ね。あなたの子?」
女が緑蔭に聞く。緑蔭が、女の首筋に擦りついている。
「んなわけあるか。あれは、烏天狗だぞ。烏天狗の女なんか、猪の俺なんかに縁のある訳がない。拾ったんだ。飯食わせてやる代わりに、俺の世話をしてくれている」
緑蔭が、答える。
緑蔭の手は、女の腰をさすっている。くすぐったいのか、女が笑う。
「何それ。嫁じゃん」
女が冗談を言う。
壮羽は、聞き捨てならない言葉に、ムッとする。
「嫁じゃありません。従者です!」
冗談にムキになって返す壮羽に、緑蔭が、大声で笑う。
「どっちでもいいじゃねえか。別に。本気にするな。クソガキ」
緑蔭が、女の胸に手をのばしながら、壮羽に答える。
「よくありませんよ。えっと、くそじじい? とにかく、朝までに帰って下さい」
酒臭い緑蔭を一睨みして、壮羽は、歩き出す。後ろで、緑蔭が、ヘイヘイ、嫁様。と、まだ冗談を言っている。女も笑っている。
冗談じゃない。誰が嫁だ。ムカつく。酒の席の冗談は嫌いだ。
明日の朝は、酔い潰れた緑蔭を探し回らなければならないのかもしれない。壮羽は、ため息をつく。
緑蔭は、陽気で、酔っていなければ、話をしていても楽しい。だが、一度酔うと、女にまとわりつき、ギャンブルにのめり込んでしまう。
こういうところがなければ、いい奴なのに。壮羽は、チラリと後ろを見て、女と店に消えていく緑蔭を見送った。
店の女と酒を飲んでいた緑蔭は、三時間ほどすると席を立ち、帰り支度を始める。
「何? もう帰るの?」
女は驚く。最近の緑蔭は、帰りが早い。あの烏天狗の子どもの影響だろうか。
「悪いな。子持ちなもんで」
緑蔭が、ニヤリと笑う。
「何? 真面目になっちゃって。柄じゃないわよ」
女が笑う。何年も、緑蔭は、女の常連だった。緑蔭は、朝まで飲まないと気が済まない性質だった。いつも、閉店まで飲んで酔いつぶれて、その辺の路地裏に転がっていた。それが、こんなに正気が残っている状態で家に帰るのだという。笑わずにはいられない。
「だろ? 俺もそう思う。だけれども、少しくらいは、まっとうになってやろうかと思えてな」
じゃあ、と、緑蔭は、女に手を振って店をでた。
家に帰ると、明かりは消え、壮羽は、寝床で寝息を立てていた。部屋の隅に、明日の準備が整えてある。壮羽が、寝る前に準備したのだろう。緑蔭は、壮羽を拾った時のことを思い出す。
雨の中、行く当てもなく繁華街の片隅で十一歳の壮羽は座っていた。真夜中、いかがわしい店の並ぶ路地裏、雨が当たらないように軒下に身を寄せて、自分の翼を体に巻き付け、寒さに震えながらも、瞳は真っすぐ前を向いていた。緑蔭が、壮羽に声をかけたのは、ほんの気まぐれだった。緑蔭は、いつものように、フラフラになって真っすぐ歩けないくらいに酔っていた。軽い気持ちで、行くところが無いならついて来い、そう言った。そこから先は、覚えていない。ただ、朝起きると、ゴミだらけの部屋は掃除され、朝食の用意がされていた。汚れ物が洗濯されて、部屋の片隅に、うずくまって壮羽が寝ていた。
壮羽は、緑蔭とは違い、とんでもなく真面目な性格だった。バランスの取れた食事をとった方がいいだの、酒は控えろだの。面倒くさいことを色々言うクソガキだった。日々の生活を、壮羽は整え、従者だと言って、色々な所へくっついて来た。初めは、面倒な者を拾ってしまったと後悔していたが、昔、幼い弟を病で亡くしていた緑蔭には、行く当てのない子を追い出す気にもなれず、壮羽がすることを放置していた。
壮羽は、緑蔭の後について、戦場にまで出た。緑蔭が、危険だと言っても聞かなかった。
だが、戦場で見た壮羽の術には、舌を巻いた。力任せの緑蔭とは違う、洗練された剣技、弓術。緑蔭の背を守り、決して前には出ないのは、烏天狗が忠義の一族であるためか。ひたすら、緑蔭が戦いやすいようにだけ気を配って戦っていた。
粗暴な猪として、人に蔑まれる中、傭兵として雇ってもらって、ようやく日々の糧を得ていた緑蔭は、どうせ、明日は保証されていない身の上、その日が楽しければ、それで良い。先のことなんて、考えても無駄だと思っていた。義だの忠だの面倒なことは、どうでも良くて、生きていればそれでいい。ただ、それだけだった。
だが、誰に言われるでもなく、緑蔭に尽くして、日々の鍛錬を怠らず、ひたすらに剣技を磨く壮羽をみていて、少しずつ、緑蔭は、考えが変わっていった。子どもは不思議だった。こいつが、少しはマシに生きられるようにと、緑蔭は、少しずつ生活を改めた。壮羽と一緒に居るのが、楽しくなってきた。
翼の生えた烏天狗の子ども。
誇り高く迦楼羅天という神に愛された一族。
粗暴で有名な猪の一族の緑蔭とは、雲泥の差がある。きっと、成人すれば、だらしない猪の妖のことなど忘れて、もっとまともな主人を見つけて飛び立ってしまうだろう。
それまでの間、後少しの間、まっとうになれるように、お前が道を示してくれ。
緑蔭は、壮羽のベッドに潜り込んで、壮羽を抱きしめて眠った。子どもの体温は、夜を歩いて来た緑蔭には、驚くほど温かかった。
朝、壮羽が目を覚ますと、隣で緑蔭が眠っていた。よかった。取り敢えず、朝までに戻るという話は、覚えていてくれていたようだ。もう一つベッドがあるのに、壮羽のベッドに潜り込んだところをみると、寒かったのだろう。ガッチリ抱きしめられて、身動きが取れない上に、酒臭い。狭い、重い、臭い。壮羽にとっては、最悪の目覚めだった。
「緑蔭、起きて下さい。手を離して。朝ご飯の用意をしてきます」
なんとか引きはがそうと、壮羽は暴れる。緑蔭が、ブツブツ寝言を言いながら手を離した瞬間を狙って、壮羽は、ベッドを離れる。あれだけ酒臭いということは、二日酔いだろう。
二日酔いには、何が効くんだったろうか。
壮羽は、男所帯の簡素な台所で材料を探す。
緑蔭が目を覚ますと、台所に壮羽が立っていた。
「良かった。起きましたか。今起こしに行こうかと思っていました。早く顔洗って下さい」
洗面所には、顔を洗いやすいようにぬるま湯とタオルが用意してある。緑蔭が顔を洗って戻ってくると、テーブルにショウガと卵の入った雑炊が載っている。薄味でほんのりとショウガが効いている。二日酔いの胃に優しく温かい。普段よりも細かく刻んだ青菜は、二日酔いの緑蔭の胃の負担を考えてのことだろう。
「ほら、食べたら用意して下さいね。今日は、黄虎の国まで行くんでしょう? 遠いですよ!」
壮羽も、緑蔭の前に座って雑炊を食べる。小さな口で、緑蔭を待たせまいと一生懸命に口に雑炊を運んでいる。ハフハフと息を吐いているのは、雑炊が熱いのに無理をしているのだろう。
緑蔭は、壮羽に気を使わせまいと、わざとゆっくり食べて、食べるスピードを遅くしてやる。緑蔭がゆっくり食べ始めると、壮羽も安心して、食べるスピードを緩める。
「お前、いい嫁になりそうだな」
緑蔭が揶揄うと、壮羽が、ムッとする。
「昨日の冗談の続きですか。朝から最悪ですね。まだ酔っていますか?」
だから酔っ払いは困るんですなどとブツブツ言っている。
「悪いな。まだ酒が残っている」
緑蔭が、壮羽の頭を撫でる。力の強い緑蔭になでられて、壮羽がぐらぐらと揺れる。
「ちょっと、手加減!」
目が回っている壮羽をみて、緑蔭が、大きな声で笑う。
「なあ、壮羽。お前、俺の傍でいいのか?」
緑蔭の質問に、壮羽が首をかしげる。
「もうすぐ十五歳だろ。妖にとっては、元服、成人の歳だ。俺みたいな猪の妖の傍にいなくても、お前の力を必要とする奴は多いだろ? もっと身分の高い連中が、烏天狗を欲しがるだろ?」
緑蔭が、頭をかく。壮羽を拾って来た時は、まだ小さい子どもだったが、もう十五歳になる壮羽ならば、もっとまともな所に仕官しても雇ってもらえるだろう。こんな日銭稼ぎの猪の妖の傍にいる必要はない。
「なんで、猪だと駄目なんですか? 緑蔭は、女癖は悪いし、酒好きだし、ギャンブルも好きだし、だらしないし、すぐ揶揄うし……ですが、とってもいい奴です」
壮羽がニコリと笑う。
「なんだ、それ。ずいぶん悪口が多いな」
緑蔭が、壮羽の頬を引っ張る。子どもの頬は、よくのびてフニフニしている。
「いひゃいです」
壮羽が、涙目になっている。離してやると、赤くなった頬をさすっている。
「とにかく、猪だろうが、その心に義があれば、私はいいんです。まあ、ちょっと、直して欲しい所はありますけれど」
「義? そんな物、俺にある訳ないだろうが」
緑蔭は、壮羽の思わぬ言葉に驚く。自分に義など、考えたこともない。
「ありますよ。何も考えず、私を拾ってくれたでしょ? ただの薄汚れた子どもですよ? そんなの拾ってくれるのは、緑蔭だけです。それだけで、十分じゃないですか」
これだけ身の回りの世話を焼いてもらっている。楽しく暮らしている。緑蔭は、もうとっくに、拾った恩は返してもらったと思っていた。壮羽が、ずっとそのことに恩義を感じていたのかと思うと驚く。
「それに、いつも弱い者に優しいじゃありませんか。あなたの心に、ちゃんと義は有ります」
自信満々に言う壮羽の言葉に、緑蔭は、得も言われぬ喜びを感じる。初めての感覚だった。誰に認められることもない底辺の妖。その自分に、子どもが義なんて大層なものを見出してくれる。心が、むずがゆくなってくる。
「あまり自信がねえな。まあ、道を踏み外したら、お前が始末してくれ」
緑蔭は、ため息をつく。
「どうして、急にそんな話を……ひょっとして、私の働きに、ご不満がありますか? ならば、言ってくだされば、直します」
壮羽が、シュンとしている。
「不満? 俺がお前にか? ある訳がない。あるとしたら、もっと胸のでかい女だったら言うことなしなんだが。それは、外で賄っている」
緑蔭が、ニヤリと笑う。女の胸を揉む仕草を空中でする緑蔭に、ジトッと軽蔑の目を壮羽が向ける。
「……ぜひそうして下さい」
壮羽と緑蔭は、あれこれと話しながら朝食を済まし、片付けをすると、黄虎の国へと出立した。
女好き、酒好き、博打好きの図体のでかい陽気な男、緑蔭と言う名だった。
街を彷徨っていた壮羽は、この男に拾われ、この男と一緒に各地の戦場を走り回り、従者として身の回りの世話をしてやっていた。もう三年にもなるだろうか。十一歳だった壮羽も、十四歳になっていた。
「緑蔭。明日は、朝から次の仕事に移動しますから。朝までには、帰ってきてください」
いかがわしい飲み屋に、派手な服の女と一緒に入る緑蔭に、壮羽は叫ぶ。緑蔭は、手を振る。
「あら、可愛い子ね。あなたの子?」
女が緑蔭に聞く。緑蔭が、女の首筋に擦りついている。
「んなわけあるか。あれは、烏天狗だぞ。烏天狗の女なんか、猪の俺なんかに縁のある訳がない。拾ったんだ。飯食わせてやる代わりに、俺の世話をしてくれている」
緑蔭が、答える。
緑蔭の手は、女の腰をさすっている。くすぐったいのか、女が笑う。
「何それ。嫁じゃん」
女が冗談を言う。
壮羽は、聞き捨てならない言葉に、ムッとする。
「嫁じゃありません。従者です!」
冗談にムキになって返す壮羽に、緑蔭が、大声で笑う。
「どっちでもいいじゃねえか。別に。本気にするな。クソガキ」
緑蔭が、女の胸に手をのばしながら、壮羽に答える。
「よくありませんよ。えっと、くそじじい? とにかく、朝までに帰って下さい」
酒臭い緑蔭を一睨みして、壮羽は、歩き出す。後ろで、緑蔭が、ヘイヘイ、嫁様。と、まだ冗談を言っている。女も笑っている。
冗談じゃない。誰が嫁だ。ムカつく。酒の席の冗談は嫌いだ。
明日の朝は、酔い潰れた緑蔭を探し回らなければならないのかもしれない。壮羽は、ため息をつく。
緑蔭は、陽気で、酔っていなければ、話をしていても楽しい。だが、一度酔うと、女にまとわりつき、ギャンブルにのめり込んでしまう。
こういうところがなければ、いい奴なのに。壮羽は、チラリと後ろを見て、女と店に消えていく緑蔭を見送った。
店の女と酒を飲んでいた緑蔭は、三時間ほどすると席を立ち、帰り支度を始める。
「何? もう帰るの?」
女は驚く。最近の緑蔭は、帰りが早い。あの烏天狗の子どもの影響だろうか。
「悪いな。子持ちなもんで」
緑蔭が、ニヤリと笑う。
「何? 真面目になっちゃって。柄じゃないわよ」
女が笑う。何年も、緑蔭は、女の常連だった。緑蔭は、朝まで飲まないと気が済まない性質だった。いつも、閉店まで飲んで酔いつぶれて、その辺の路地裏に転がっていた。それが、こんなに正気が残っている状態で家に帰るのだという。笑わずにはいられない。
「だろ? 俺もそう思う。だけれども、少しくらいは、まっとうになってやろうかと思えてな」
じゃあ、と、緑蔭は、女に手を振って店をでた。
家に帰ると、明かりは消え、壮羽は、寝床で寝息を立てていた。部屋の隅に、明日の準備が整えてある。壮羽が、寝る前に準備したのだろう。緑蔭は、壮羽を拾った時のことを思い出す。
雨の中、行く当てもなく繁華街の片隅で十一歳の壮羽は座っていた。真夜中、いかがわしい店の並ぶ路地裏、雨が当たらないように軒下に身を寄せて、自分の翼を体に巻き付け、寒さに震えながらも、瞳は真っすぐ前を向いていた。緑蔭が、壮羽に声をかけたのは、ほんの気まぐれだった。緑蔭は、いつものように、フラフラになって真っすぐ歩けないくらいに酔っていた。軽い気持ちで、行くところが無いならついて来い、そう言った。そこから先は、覚えていない。ただ、朝起きると、ゴミだらけの部屋は掃除され、朝食の用意がされていた。汚れ物が洗濯されて、部屋の片隅に、うずくまって壮羽が寝ていた。
壮羽は、緑蔭とは違い、とんでもなく真面目な性格だった。バランスの取れた食事をとった方がいいだの、酒は控えろだの。面倒くさいことを色々言うクソガキだった。日々の生活を、壮羽は整え、従者だと言って、色々な所へくっついて来た。初めは、面倒な者を拾ってしまったと後悔していたが、昔、幼い弟を病で亡くしていた緑蔭には、行く当てのない子を追い出す気にもなれず、壮羽がすることを放置していた。
壮羽は、緑蔭の後について、戦場にまで出た。緑蔭が、危険だと言っても聞かなかった。
だが、戦場で見た壮羽の術には、舌を巻いた。力任せの緑蔭とは違う、洗練された剣技、弓術。緑蔭の背を守り、決して前には出ないのは、烏天狗が忠義の一族であるためか。ひたすら、緑蔭が戦いやすいようにだけ気を配って戦っていた。
粗暴な猪として、人に蔑まれる中、傭兵として雇ってもらって、ようやく日々の糧を得ていた緑蔭は、どうせ、明日は保証されていない身の上、その日が楽しければ、それで良い。先のことなんて、考えても無駄だと思っていた。義だの忠だの面倒なことは、どうでも良くて、生きていればそれでいい。ただ、それだけだった。
だが、誰に言われるでもなく、緑蔭に尽くして、日々の鍛錬を怠らず、ひたすらに剣技を磨く壮羽をみていて、少しずつ、緑蔭は、考えが変わっていった。子どもは不思議だった。こいつが、少しはマシに生きられるようにと、緑蔭は、少しずつ生活を改めた。壮羽と一緒に居るのが、楽しくなってきた。
翼の生えた烏天狗の子ども。
誇り高く迦楼羅天という神に愛された一族。
粗暴で有名な猪の一族の緑蔭とは、雲泥の差がある。きっと、成人すれば、だらしない猪の妖のことなど忘れて、もっとまともな主人を見つけて飛び立ってしまうだろう。
それまでの間、後少しの間、まっとうになれるように、お前が道を示してくれ。
緑蔭は、壮羽のベッドに潜り込んで、壮羽を抱きしめて眠った。子どもの体温は、夜を歩いて来た緑蔭には、驚くほど温かかった。
朝、壮羽が目を覚ますと、隣で緑蔭が眠っていた。よかった。取り敢えず、朝までに戻るという話は、覚えていてくれていたようだ。もう一つベッドがあるのに、壮羽のベッドに潜り込んだところをみると、寒かったのだろう。ガッチリ抱きしめられて、身動きが取れない上に、酒臭い。狭い、重い、臭い。壮羽にとっては、最悪の目覚めだった。
「緑蔭、起きて下さい。手を離して。朝ご飯の用意をしてきます」
なんとか引きはがそうと、壮羽は暴れる。緑蔭が、ブツブツ寝言を言いながら手を離した瞬間を狙って、壮羽は、ベッドを離れる。あれだけ酒臭いということは、二日酔いだろう。
二日酔いには、何が効くんだったろうか。
壮羽は、男所帯の簡素な台所で材料を探す。
緑蔭が目を覚ますと、台所に壮羽が立っていた。
「良かった。起きましたか。今起こしに行こうかと思っていました。早く顔洗って下さい」
洗面所には、顔を洗いやすいようにぬるま湯とタオルが用意してある。緑蔭が顔を洗って戻ってくると、テーブルにショウガと卵の入った雑炊が載っている。薄味でほんのりとショウガが効いている。二日酔いの胃に優しく温かい。普段よりも細かく刻んだ青菜は、二日酔いの緑蔭の胃の負担を考えてのことだろう。
「ほら、食べたら用意して下さいね。今日は、黄虎の国まで行くんでしょう? 遠いですよ!」
壮羽も、緑蔭の前に座って雑炊を食べる。小さな口で、緑蔭を待たせまいと一生懸命に口に雑炊を運んでいる。ハフハフと息を吐いているのは、雑炊が熱いのに無理をしているのだろう。
緑蔭は、壮羽に気を使わせまいと、わざとゆっくり食べて、食べるスピードを遅くしてやる。緑蔭がゆっくり食べ始めると、壮羽も安心して、食べるスピードを緩める。
「お前、いい嫁になりそうだな」
緑蔭が揶揄うと、壮羽が、ムッとする。
「昨日の冗談の続きですか。朝から最悪ですね。まだ酔っていますか?」
だから酔っ払いは困るんですなどとブツブツ言っている。
「悪いな。まだ酒が残っている」
緑蔭が、壮羽の頭を撫でる。力の強い緑蔭になでられて、壮羽がぐらぐらと揺れる。
「ちょっと、手加減!」
目が回っている壮羽をみて、緑蔭が、大きな声で笑う。
「なあ、壮羽。お前、俺の傍でいいのか?」
緑蔭の質問に、壮羽が首をかしげる。
「もうすぐ十五歳だろ。妖にとっては、元服、成人の歳だ。俺みたいな猪の妖の傍にいなくても、お前の力を必要とする奴は多いだろ? もっと身分の高い連中が、烏天狗を欲しがるだろ?」
緑蔭が、頭をかく。壮羽を拾って来た時は、まだ小さい子どもだったが、もう十五歳になる壮羽ならば、もっとまともな所に仕官しても雇ってもらえるだろう。こんな日銭稼ぎの猪の妖の傍にいる必要はない。
「なんで、猪だと駄目なんですか? 緑蔭は、女癖は悪いし、酒好きだし、ギャンブルも好きだし、だらしないし、すぐ揶揄うし……ですが、とってもいい奴です」
壮羽がニコリと笑う。
「なんだ、それ。ずいぶん悪口が多いな」
緑蔭が、壮羽の頬を引っ張る。子どもの頬は、よくのびてフニフニしている。
「いひゃいです」
壮羽が、涙目になっている。離してやると、赤くなった頬をさすっている。
「とにかく、猪だろうが、その心に義があれば、私はいいんです。まあ、ちょっと、直して欲しい所はありますけれど」
「義? そんな物、俺にある訳ないだろうが」
緑蔭は、壮羽の思わぬ言葉に驚く。自分に義など、考えたこともない。
「ありますよ。何も考えず、私を拾ってくれたでしょ? ただの薄汚れた子どもですよ? そんなの拾ってくれるのは、緑蔭だけです。それだけで、十分じゃないですか」
これだけ身の回りの世話を焼いてもらっている。楽しく暮らしている。緑蔭は、もうとっくに、拾った恩は返してもらったと思っていた。壮羽が、ずっとそのことに恩義を感じていたのかと思うと驚く。
「それに、いつも弱い者に優しいじゃありませんか。あなたの心に、ちゃんと義は有ります」
自信満々に言う壮羽の言葉に、緑蔭は、得も言われぬ喜びを感じる。初めての感覚だった。誰に認められることもない底辺の妖。その自分に、子どもが義なんて大層なものを見出してくれる。心が、むずがゆくなってくる。
「あまり自信がねえな。まあ、道を踏み外したら、お前が始末してくれ」
緑蔭は、ため息をつく。
「どうして、急にそんな話を……ひょっとして、私の働きに、ご不満がありますか? ならば、言ってくだされば、直します」
壮羽が、シュンとしている。
「不満? 俺がお前にか? ある訳がない。あるとしたら、もっと胸のでかい女だったら言うことなしなんだが。それは、外で賄っている」
緑蔭が、ニヤリと笑う。女の胸を揉む仕草を空中でする緑蔭に、ジトッと軽蔑の目を壮羽が向ける。
「……ぜひそうして下さい」
壮羽と緑蔭は、あれこれと話しながら朝食を済まし、片付けをすると、黄虎の国へと出立した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
「お前は用済みだ」役立たずの【地図製作者】と追放されたので、覚醒したチートスキルで最高の仲間と伝説のパーティーを結成することにした
黒崎隼人
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――役立たずの【地図製作者(マッパー)】として所属パーティーから無一文で追放された青年、レイン。死を覚悟した未開の地で、彼のスキルは【絶対領域把握(ワールド・マッピング)】へと覚醒する。
地形、魔物、隠された宝、そのすべてを瞬時に地図化し好きな場所へ転移する。それは世界そのものを掌に収めるに等しいチートスキルだった。
魔力制御が苦手な銀髪のエルフ美少女、誇りを失った獣人の凄腕鍛冶師。才能を活かせずにいた仲間たちと出会った時、レインの地図は彼らの未来を照らし出す最強のコンパスとなる。
これは、役立たずと罵られた一人の青年が最高の仲間と共に自らの居場所を見つけ、やがて伝説へと成り上がっていく冒険譚。
「さて、どこへ行こうか。俺たちの地図は、まだ真っ白だ」
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。
國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。
声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。
愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。
古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。
よくある感じのざまぁ物語です。
ふんわり設定。ゆるーくお読みください。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる