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それぞれの成長
だまされた者達
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黄虎の国では、大臣の命令で、各地から傭兵が集められていた。
目的は、国境地帯の街の攻略。
緑虎の国と黄虎の国で、不可侵の条約を交わした地帯。
大臣の部下の男の説明では、この辺りの地に、黄虎の国の王に反感を持つ者が集まって、村人のフリをして武器などの準備を始めているのだそうだ。不可侵の条約があることをいいことに、反乱の準備を始めているのだと言う。不可侵の条約があるため、自国の軍を動かせば、緑虎の国との間に角が立つ。だから、傭兵を集めて、攻略させようとしているのだという。
村のすぐそばの平地に、傭兵が集められている。五十人ほどのほんの小さな軍。
何かがおかしい。
なぜこれほど村の近くに集合させるのか。
なぜ、たった五十人の傭兵のみの軍をつくるのか。
五十人で抑えられる程度の反乱ならば、押さえる必要もあるのか怪しい。
「とても、そうは見えませんね」
壮羽は、長閑な田園風景を眺める。
小さな子どもが遊んでいる。村人の笑い声が聞こえる。不安そうに、こちらを見ている目は、反乱に加担している者の眼差しではない。武装した見慣れぬ集団に怯えるただの農夫の物。
「ちょっと、見てきます」
オウという緑蔭の返答を聞いて、壮羽は、翼を広げて高く飛んだ。
緑蔭は、高く上空へ飛び立つ壮羽を見上げる。集合の声がかかる。何らかの説明がありそうだ。ひょっとしたら、誤情報だったと、このまま解散になる可能性もある。
「なんだよ。やはり、作戦は中止だとよ。おかしいと思った」
隣の、見知らぬ男がため息をつく。ここまでの無駄足に、腹を立てているようだ。
「無駄足の詫びに、酒をふるまう。皆、大臣のご厚意を有難く受けるように」
大臣の直属の家臣という男が、ざわつく傭兵たちに酒を配る。ご丁寧に肴まで用意してある。
緑蔭も、皆と一緒に酒を受け取り、盃を交わす。大臣の振る舞いと言うだけあって、今まで飲んだことがないような上質の酒だった。
荒くれものの多い傭兵たちは、酒好きも多い。皆、喜んで酒を飲んでいた。
緑蔭は、肴の中から、干したイチジクをとって、懐に入れる。確か、壮羽の好物だったはずだ。様子を見に行って帰ってきたら分けてやろう。そう思っていた。
上空の風は、地上と違って強く冷たい。
壮羽は、地上から見とがめられないくらいの高さまで飛ぶと、千里眼の妖力を使って村を観察する。
村人を観察しても、武器を扱うような体格の者は見られない。体格の良い者がいても、農業で鍛えた筋肉。とても武器で鍛えたようなバランスではない。
変だ。
建物にも、何もおかしい所は見られない。軍は動かせないと言っていたのに、遠くに無数の槍のきらめきが見えるのは何故だ?
これは、おかしい。
大臣が偽の情報をつかまされたのか?それとも、他に何かあるのか?
今回の仕事は、辞退した方が良い。
壮羽が、緑蔭の所に戻ろうと旋回を始めたところに、矢が飛んでくる。咄嗟に避けたが、これは、自分と同じ烏天狗の矢。壮羽は、緊張する。
「情報にない烏天狗に警戒したが。よく避けたな。子ども。……まさか、壮羽様?」
里の者だ。壮羽は、ドキリとする。ここで、連れ戻されれば、元の木阿弥だ。兄を失墜させようとする勢力がまた出てしまう。せめて、後十年は見つからずに生活しなければ、兄の立場は安定しないだろう。
壮羽は、慌てて逃げだす。烏天狗の男が後を追ってくる。前にも一人。挟まれてしまう。
「なぜ、こんな所に。まさか、傭兵の誰かについて来たのですか?」
烏天狗の男が、壮羽に問うが、壮羽は、答えない。
「危険です。里へお戻りください。我らも、戻るところです。あなたは、こんな所で、利用されて野垂れ死んでいい方ではない」
「どういうことだ? この村は、とても反乱の支度をしているようには見えなかった。何が起こっている?」
男の話に、事情を知っているのかと、壮羽が問う。
男は、自分が調べてきた内容を、壮羽に説明した。
それによると、やはり、壮羽の感じた通りに反乱は嘘だった。
五十人ほどの傭兵を集めその傭兵を反乱軍に仕立てて、それを軍で打ち破り、それを理由にして不可侵の国境地帯を自分たちの領土にする。それが、黄虎の国の大臣の考えた作戦だった。豊かに作物のとれるこの土地を我が物にして利益を得る。
それが、大臣の目的だった。
壮羽の背筋が凍る。
「だが、無抵抗の村人に、流石に命令でも、傭兵は手を挙げないだろう?」
壮羽の声が震える。
傭兵が手を挙げなければ、とても反乱軍に仕立てることはできまい。では、どうやって襲わせるのか? 脅迫・幻覚・薬……。考えられる方法は、どれも最悪だった。
「薬の入った酒を配り意識を破壊するのだそうです。どなたに付いて来られたのかは存知ませんが、もう作戦は決行されてしまっているでしょう。手遅れです。傭兵たちは、死ぬまで元には戻らない。後は、殺戮を繰り返すのみ。私たちには止める術は有りません。ですから……」
壮羽は、男の話が終わる前に、急降下を始めた。
翼をたたんで、重力に任せての垂直落下。鷹の狩りをみて編み出した、壮羽独自の技。
誰も追いつけない。地面に衝突する間際で翼を使って止まらずそのままの勢いで、村に突っ込んでいく。
男たちの言っていた通りにすでに殺戮は始まっていた。叫び逃げ惑う農夫に、見知らぬ傭兵が切りかかっていく。 壮羽は、傭兵の攻撃を剣で受け流す。
「早く! 国境まで走って逃げろ! 奴らは正気を失っている!」
壮羽の叫びを聞いて農夫が走る。とても、全員を助けることは出来ない。必死になって幾人かを助けながら緑蔭を探す。狂った戦士達が、目についた者を手当たり次第に攻撃している。誰よりも早く飛べる壮羽だからなんとかかいくぐっているが、とても他の者では無傷ではいられまい。
上空で会った烏天狗達は、壮羽を追うことを諦めて、もうこの場を離れただろう。
良い判断だ。子ども一人のために、二人も命を危険にさらす必要はあるまい。そのまま、死んだものとして報告してくれれば、壮羽としても助かる。
目の前で、子ども二人が、狂戦士に襲われて悲鳴をあげている。壮羽は、弓を引いて矢を放つ。射抜かれて武器を落とした狂戦士が、こちらを向く。
緑蔭だった。
ひょっとして、薬を飲まずにいてくれているかと、一縷の望みをかけていたが、甘かった。
「緑蔭!」
目の焦点が合っていない。壮羽の声も、緑蔭には届いていない。
腕に刺さった矢を引き抜き、緑蔭が壮羽に向かってくる。
「そこの子ども! 逃げろ! 国境まで走れ! 兵士が来て、もっとひどいことになる!」
壮羽の言葉を聞いて、子どもが走り出す。良かった。これで、緑蔭に子ども殺しをさせなくてすむ。
壮羽は、剣を構える。
緑蔭が、素手で壮羽に殴り掛かってくる。もはや、壮羽だとは分からないのだろう。緑蔭から出てくる言葉は、唸り声だけだった。
翼を使って緑蔭の攻撃をかわす。緑蔭との間合いを広くとる。素手の相手ならば、弓を使った方が有利だ。緑蔭の腕力で加減なく殴られたら、素手だろうが、子どもの壮羽の体重では吹っ飛んでしまう。
死ぬまで、元には戻らない。
先ほどの烏天狗の男の言葉が、心をえぐる。
ここで、緑蔭を殺さなくても、どうせ後で来る兵士たちに、緑蔭は、なぶり殺されてしまうだろう。ならば、罪のないものを緑蔭が傷つける前に、緑蔭が苦しまないように、壮羽がここで一気にとどめを刺してやる方が、どう考えてもいい。
だが、壮羽には、どうしても、その一撃が出せない。チラリと、心をよぎる思い出に邪魔をされて、攻撃が鈍ってしまう。
一方的に従者として勝手に押し掛けただけの関係。だが、主として扱った者を、忠義の妖である烏天狗の壮羽が殺すことは、身を切るよりさらに辛かった。それが、心通わせた緑蔭であるのならば、どうしても、攻撃の手はこわばった。
「緑蔭……」
涙で、視界がにじむ。弓をつがえる手が震える。
背後から、兵士の鬨の声が聞こえる。
もう時間がない。
壮羽は妖力を込めて緑蔭に矢を放った。
一矢十射の術。
里で、兄の悠羽が褒めてくれた技。里を出るきっかけとなった術。
壮羽の放った一本の矢が、壮羽の妖力によって十本に分かれて、緑蔭の急所を攻撃する。
矢は、正確に緑蔭の息の根を止めた。
緑蔭は、倒れて動かなくなった。
壮羽は、緑蔭から、自らの射た矢を抜くと、膝に緑蔭の頭を載せて、ただ、座って泣いていた。もう、他の狂戦士に殴り殺されようが、兵士に首を刎ねられようが、どうでもよかった。
緑蔭の懐から、ほろりと小さな包みがこぼれ落ちる。
干しイチジク。壮羽のために残しておいてくれていたのだろうことが、分かる。
悔しい。
どうしてこんなに優しい人が、無惨に死ななければならなかったのだろう。
どうして、こんな人にとどめを刺さなければならなかったのか。
自分は、大切な主をこの手で殺した。
大切な緑蔭を守れなかった。
壮羽は、いつまでも泣き続けていた。
作戦終了後、作戦の指揮官、大臣直属の臣下の男は、兵士の報告に、目を剥いた。
村人は、国境地帯に逃げおおせて、殺されたのはわずかだった。村では、酒を飲んだ狂戦士が、お互いを攻撃して殺し合っていたのだという。
予定では、村人は全て殺されてしまい、その仇を反乱にいち早く気づいた黄虎の国の兵士がとったという形になるはずだった。
その方が、自分たちの行動の証人がいなくなるから良いだろうというのが、大臣の判断だった。
大臣の意向に背く形になってしまった。どうしたら、その怒りに触れずに報告できるのだろうか。
指揮官の男は、そればかりを考えていた。
「このチビが、村で、猪の死骸を抱えて泣いていました」
兵士の一人が、壮羽の翼の付け根を乱暴に鷲掴んで、指揮官の前に掲げる。鶏を持つような持ち方。泣きはらした目で、だらりと力なく四肢を垂らして壮羽は、されるがままになっている。
「烏天狗の子どもか。おおかた、その猪についていたのだろう。猪ごときに付き従うくらいだ。落ちこぼれの烏天狗なぞ、役には立たない。……。だが、わりと可愛い顔をしているな。大臣に献上すれば、多少機嫌が良くなるだろうか」
指揮官が、鼻で笑う。油断していたのだろう。壮羽に顔を近づける。
途端に壮羽の目に光が宿り、指揮官の男の首がひねり折られたのは、一瞬のことだった。
壮羽を鷲掴みにしていた兵士が慌てて壮羽を殴り押さえた時には、すでに指揮官の男は絶命していた。
散々に殴られた後で、副指揮官の男によって、壮羽の処遇は決定した。
壮羽は、奴隷商人に売り飛ばされることになった。
目的は、国境地帯の街の攻略。
緑虎の国と黄虎の国で、不可侵の条約を交わした地帯。
大臣の部下の男の説明では、この辺りの地に、黄虎の国の王に反感を持つ者が集まって、村人のフリをして武器などの準備を始めているのだそうだ。不可侵の条約があることをいいことに、反乱の準備を始めているのだと言う。不可侵の条約があるため、自国の軍を動かせば、緑虎の国との間に角が立つ。だから、傭兵を集めて、攻略させようとしているのだという。
村のすぐそばの平地に、傭兵が集められている。五十人ほどのほんの小さな軍。
何かがおかしい。
なぜこれほど村の近くに集合させるのか。
なぜ、たった五十人の傭兵のみの軍をつくるのか。
五十人で抑えられる程度の反乱ならば、押さえる必要もあるのか怪しい。
「とても、そうは見えませんね」
壮羽は、長閑な田園風景を眺める。
小さな子どもが遊んでいる。村人の笑い声が聞こえる。不安そうに、こちらを見ている目は、反乱に加担している者の眼差しではない。武装した見慣れぬ集団に怯えるただの農夫の物。
「ちょっと、見てきます」
オウという緑蔭の返答を聞いて、壮羽は、翼を広げて高く飛んだ。
緑蔭は、高く上空へ飛び立つ壮羽を見上げる。集合の声がかかる。何らかの説明がありそうだ。ひょっとしたら、誤情報だったと、このまま解散になる可能性もある。
「なんだよ。やはり、作戦は中止だとよ。おかしいと思った」
隣の、見知らぬ男がため息をつく。ここまでの無駄足に、腹を立てているようだ。
「無駄足の詫びに、酒をふるまう。皆、大臣のご厚意を有難く受けるように」
大臣の直属の家臣という男が、ざわつく傭兵たちに酒を配る。ご丁寧に肴まで用意してある。
緑蔭も、皆と一緒に酒を受け取り、盃を交わす。大臣の振る舞いと言うだけあって、今まで飲んだことがないような上質の酒だった。
荒くれものの多い傭兵たちは、酒好きも多い。皆、喜んで酒を飲んでいた。
緑蔭は、肴の中から、干したイチジクをとって、懐に入れる。確か、壮羽の好物だったはずだ。様子を見に行って帰ってきたら分けてやろう。そう思っていた。
上空の風は、地上と違って強く冷たい。
壮羽は、地上から見とがめられないくらいの高さまで飛ぶと、千里眼の妖力を使って村を観察する。
村人を観察しても、武器を扱うような体格の者は見られない。体格の良い者がいても、農業で鍛えた筋肉。とても武器で鍛えたようなバランスではない。
変だ。
建物にも、何もおかしい所は見られない。軍は動かせないと言っていたのに、遠くに無数の槍のきらめきが見えるのは何故だ?
これは、おかしい。
大臣が偽の情報をつかまされたのか?それとも、他に何かあるのか?
今回の仕事は、辞退した方が良い。
壮羽が、緑蔭の所に戻ろうと旋回を始めたところに、矢が飛んでくる。咄嗟に避けたが、これは、自分と同じ烏天狗の矢。壮羽は、緊張する。
「情報にない烏天狗に警戒したが。よく避けたな。子ども。……まさか、壮羽様?」
里の者だ。壮羽は、ドキリとする。ここで、連れ戻されれば、元の木阿弥だ。兄を失墜させようとする勢力がまた出てしまう。せめて、後十年は見つからずに生活しなければ、兄の立場は安定しないだろう。
壮羽は、慌てて逃げだす。烏天狗の男が後を追ってくる。前にも一人。挟まれてしまう。
「なぜ、こんな所に。まさか、傭兵の誰かについて来たのですか?」
烏天狗の男が、壮羽に問うが、壮羽は、答えない。
「危険です。里へお戻りください。我らも、戻るところです。あなたは、こんな所で、利用されて野垂れ死んでいい方ではない」
「どういうことだ? この村は、とても反乱の支度をしているようには見えなかった。何が起こっている?」
男の話に、事情を知っているのかと、壮羽が問う。
男は、自分が調べてきた内容を、壮羽に説明した。
それによると、やはり、壮羽の感じた通りに反乱は嘘だった。
五十人ほどの傭兵を集めその傭兵を反乱軍に仕立てて、それを軍で打ち破り、それを理由にして不可侵の国境地帯を自分たちの領土にする。それが、黄虎の国の大臣の考えた作戦だった。豊かに作物のとれるこの土地を我が物にして利益を得る。
それが、大臣の目的だった。
壮羽の背筋が凍る。
「だが、無抵抗の村人に、流石に命令でも、傭兵は手を挙げないだろう?」
壮羽の声が震える。
傭兵が手を挙げなければ、とても反乱軍に仕立てることはできまい。では、どうやって襲わせるのか? 脅迫・幻覚・薬……。考えられる方法は、どれも最悪だった。
「薬の入った酒を配り意識を破壊するのだそうです。どなたに付いて来られたのかは存知ませんが、もう作戦は決行されてしまっているでしょう。手遅れです。傭兵たちは、死ぬまで元には戻らない。後は、殺戮を繰り返すのみ。私たちには止める術は有りません。ですから……」
壮羽は、男の話が終わる前に、急降下を始めた。
翼をたたんで、重力に任せての垂直落下。鷹の狩りをみて編み出した、壮羽独自の技。
誰も追いつけない。地面に衝突する間際で翼を使って止まらずそのままの勢いで、村に突っ込んでいく。
男たちの言っていた通りにすでに殺戮は始まっていた。叫び逃げ惑う農夫に、見知らぬ傭兵が切りかかっていく。 壮羽は、傭兵の攻撃を剣で受け流す。
「早く! 国境まで走って逃げろ! 奴らは正気を失っている!」
壮羽の叫びを聞いて農夫が走る。とても、全員を助けることは出来ない。必死になって幾人かを助けながら緑蔭を探す。狂った戦士達が、目についた者を手当たり次第に攻撃している。誰よりも早く飛べる壮羽だからなんとかかいくぐっているが、とても他の者では無傷ではいられまい。
上空で会った烏天狗達は、壮羽を追うことを諦めて、もうこの場を離れただろう。
良い判断だ。子ども一人のために、二人も命を危険にさらす必要はあるまい。そのまま、死んだものとして報告してくれれば、壮羽としても助かる。
目の前で、子ども二人が、狂戦士に襲われて悲鳴をあげている。壮羽は、弓を引いて矢を放つ。射抜かれて武器を落とした狂戦士が、こちらを向く。
緑蔭だった。
ひょっとして、薬を飲まずにいてくれているかと、一縷の望みをかけていたが、甘かった。
「緑蔭!」
目の焦点が合っていない。壮羽の声も、緑蔭には届いていない。
腕に刺さった矢を引き抜き、緑蔭が壮羽に向かってくる。
「そこの子ども! 逃げろ! 国境まで走れ! 兵士が来て、もっとひどいことになる!」
壮羽の言葉を聞いて、子どもが走り出す。良かった。これで、緑蔭に子ども殺しをさせなくてすむ。
壮羽は、剣を構える。
緑蔭が、素手で壮羽に殴り掛かってくる。もはや、壮羽だとは分からないのだろう。緑蔭から出てくる言葉は、唸り声だけだった。
翼を使って緑蔭の攻撃をかわす。緑蔭との間合いを広くとる。素手の相手ならば、弓を使った方が有利だ。緑蔭の腕力で加減なく殴られたら、素手だろうが、子どもの壮羽の体重では吹っ飛んでしまう。
死ぬまで、元には戻らない。
先ほどの烏天狗の男の言葉が、心をえぐる。
ここで、緑蔭を殺さなくても、どうせ後で来る兵士たちに、緑蔭は、なぶり殺されてしまうだろう。ならば、罪のないものを緑蔭が傷つける前に、緑蔭が苦しまないように、壮羽がここで一気にとどめを刺してやる方が、どう考えてもいい。
だが、壮羽には、どうしても、その一撃が出せない。チラリと、心をよぎる思い出に邪魔をされて、攻撃が鈍ってしまう。
一方的に従者として勝手に押し掛けただけの関係。だが、主として扱った者を、忠義の妖である烏天狗の壮羽が殺すことは、身を切るよりさらに辛かった。それが、心通わせた緑蔭であるのならば、どうしても、攻撃の手はこわばった。
「緑蔭……」
涙で、視界がにじむ。弓をつがえる手が震える。
背後から、兵士の鬨の声が聞こえる。
もう時間がない。
壮羽は妖力を込めて緑蔭に矢を放った。
一矢十射の術。
里で、兄の悠羽が褒めてくれた技。里を出るきっかけとなった術。
壮羽の放った一本の矢が、壮羽の妖力によって十本に分かれて、緑蔭の急所を攻撃する。
矢は、正確に緑蔭の息の根を止めた。
緑蔭は、倒れて動かなくなった。
壮羽は、緑蔭から、自らの射た矢を抜くと、膝に緑蔭の頭を載せて、ただ、座って泣いていた。もう、他の狂戦士に殴り殺されようが、兵士に首を刎ねられようが、どうでもよかった。
緑蔭の懐から、ほろりと小さな包みがこぼれ落ちる。
干しイチジク。壮羽のために残しておいてくれていたのだろうことが、分かる。
悔しい。
どうしてこんなに優しい人が、無惨に死ななければならなかったのだろう。
どうして、こんな人にとどめを刺さなければならなかったのか。
自分は、大切な主をこの手で殺した。
大切な緑蔭を守れなかった。
壮羽は、いつまでも泣き続けていた。
作戦終了後、作戦の指揮官、大臣直属の臣下の男は、兵士の報告に、目を剥いた。
村人は、国境地帯に逃げおおせて、殺されたのはわずかだった。村では、酒を飲んだ狂戦士が、お互いを攻撃して殺し合っていたのだという。
予定では、村人は全て殺されてしまい、その仇を反乱にいち早く気づいた黄虎の国の兵士がとったという形になるはずだった。
その方が、自分たちの行動の証人がいなくなるから良いだろうというのが、大臣の判断だった。
大臣の意向に背く形になってしまった。どうしたら、その怒りに触れずに報告できるのだろうか。
指揮官の男は、そればかりを考えていた。
「このチビが、村で、猪の死骸を抱えて泣いていました」
兵士の一人が、壮羽の翼の付け根を乱暴に鷲掴んで、指揮官の前に掲げる。鶏を持つような持ち方。泣きはらした目で、だらりと力なく四肢を垂らして壮羽は、されるがままになっている。
「烏天狗の子どもか。おおかた、その猪についていたのだろう。猪ごときに付き従うくらいだ。落ちこぼれの烏天狗なぞ、役には立たない。……。だが、わりと可愛い顔をしているな。大臣に献上すれば、多少機嫌が良くなるだろうか」
指揮官が、鼻で笑う。油断していたのだろう。壮羽に顔を近づける。
途端に壮羽の目に光が宿り、指揮官の男の首がひねり折られたのは、一瞬のことだった。
壮羽を鷲掴みにしていた兵士が慌てて壮羽を殴り押さえた時には、すでに指揮官の男は絶命していた。
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