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小学六年生(心が極薄、犯罪に巻き込まれ復讐します)

天国からの復讐

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 自室でパソコンを叩いていた赤野周作あかのしゅうさくの手が止まった。

 ……やっと見つけた。

 見つけたのは、ツイート。亡くなった友人、弘毅こうきの手術を担当した医師の言葉。『俺、もうすぐ有名人かも♪』弘毅の手術の直前に呟いた一言。

 弘毅は、周作が聖歌隊の手伝いをさせられていた時に仲良くなった友人。心臓に持病を持ち、延命するための手術を行ったが、手術は成功せずに弘毅は周作の元に帰っては来なかった。

 元々、成功率が高くない手術。だが、長く生きられる可能性があるのならば、と両親は弘毅を説得して手術に向かわせたのだが、結果に奇跡は伴わなかった。

 周作は、弘毅の両親から話を聞いて、周作は弘毅の死に疑問を持った。
 天使のようないい子だった弘毅は、臓器移植に賛同の意志を表明していた。
 そのため、弘毅の手術が上手くいかなかった直後に、弘毅の臓器が、難病に苦しむ子ども達のために使われた。死して、弘毅は見ず知らずの子ども達の命を救った。

 非の打ち所のない美談だった。

 でも、手術の前に弘毅の病状は、そこまで悪化しているようには見えなかった。変だと思った。そこまで成功率の低い手術を、どうして病状が悪化していない弘毅が受けることになったのか。どうして、偶然にも、手術の失敗をした日に、都合よく、同じ病院にドナーを待つ子供が数名いたのか。

 弘毅の臓器を新鮮なまま届けることが出来、難しい移植手術は成功した。医学界で、手術の担当をした医師は、名を上げることとなった。

 ドナーを待っている複数の子どもに適合する子どもが、たまたま死を迎えて、たまたま複数の子ども達が手術を受ける状況が、病院で整っていた。どれだけの確率の偶然だというのだろう。

 弘毅の病気は、大人になれる確率はほとんどない病気だということは、ネットで調べればすぐに分かった。だけれども、あのタイミングで、死を迎えたのは、少し早すぎたのではないだろうか。

 疑問と疑惑を抱えた周作は、ネットの中で弘毅の手術をした医師を探し出して、医師のSNSを探した。何かヒントはないかと、医師の様々な情報を集めた。
 独身、性対象は、大人の女性。面食いで、大人びた美人を好む。グルメ。車好き。承認欲求が高く、ツイートが多い。インスタの写真には、購入したばかりの新車の写真。自信家。掃除についての蘊蓄のツイートも挙げているから、綺麗好きなのか、完璧主義なのか……。最近、難しい手術を成功させて、論文を上げている。教授になったばかり。

 色々な下らない情報の中から、必要な情報を見つけて、そこから、弘毅の手術についての情報を考察する。

 有名になるかも。医師はツイートでそう言っていた。弘毅の手術は、それほど有名なるほど珍しい物ではない。ならば、医師は、何をもって有名になると思っていたのだろうか。考えられることは、一つ。とても恐ろしい結論。弘毅の手術は、既に失敗する前提ですすめられたということだ。どうせ命の先の短い少年の臓器を得て、他の命を救う。そのことで、自分も有名になる。その計画をこの医師が練っていたのではないだろうか。

 証拠はない。だが、疑惑を確かめたい。
 周作は、医師の勤める病院を訪ねることにした。



 看護師はポツンとナースステーションの前に座る子どもに気づいた。
 茶髪に、長い睫毛の下の緑がかった瞳。色白の綺麗な顔立ち。白いシャツに灰色のパーカー、デニムのパンツというありきたりの出で立ち。女の子なのか男の子なのか、一目では判断がつかない。

飯村いいむら先生、いらっしゃいますか?」

ニコリと笑う子どもの様子が可愛い。声が少し低いから男の子だろうか?まだ声変わり前なのだろう高い声で、確証はない。

「あら、飯村先生に御用なの?」

と看護師が返せば、コクリと子どもが首を縦に振る。

「あの、姉が先生のインスタのファンでして。お手紙をお渡ししたいと、預かってきました」

子どもが、ピンク色の封筒を看護師に差し出す。この子の姉ならば、これはものすごい美女なのではないだろうか?先生は、美人好みだから、喜ぶかもしれない。

 どうしようかと迷っていると、飯村本人が、ナースステーションに顔を出す。そういえば、そろそろ入院患者への回診が始まる時間だ。

「飯村先生。この子のお姉さんが、先生のファンらしくて」

看護師が声を掛けると、飯村がこちらに目を向ける。子どもの顔を見て、飯村が興味を示す。この子ども自体が、相当な美貌だ。この子の姉と聞いて、俄然興味が湧いたのだろう。

「お手紙を預かって来たんですって」

看護師が先ほどのピンクの封筒を飯村に手渡す。

 子どもは、封筒が飯村の手に渡ったのを見届けると、ペコンと頭を下げて走り去ってしまった。

「ふうん。インスタのフォロワーかな? 後で見ておくよ」

飯村は、胸ポケットに封筒をしまった。

 一通りの回診を終えて、飯村は、胸ポケットの封筒を思い出す。封筒を持ってきた子どもの美しい顔を思い出せば、興味が湧く。

 まだ小学生だろうか。まだ二次性徴を迎えていない年頃。男女の区別が一目ではつかない風貌だった。もし、あの子が女の子ならば、将来は目を引く美女に成長するだろうと、飯村は想像する。まだ十代前半だろう。ならば、今から優しくして手懐けておいて、十年後に手を出すのも悪くないかもしれないなんて、邪な気持ちも沸いてくる。

 封筒には、何も書いていなかった。差出人の名前すらない。
 中を開けば、折りたたまれた紙が数枚。

 内容を読んで、飯村は驚愕した。飯村がひた隠ししている罪の告発。遺書ともとれる文面の文章が一枚。その証拠となるツイートやインスタの文章が別の紙に書かれている。

 最後の一枚の紙には、日時と、季節外れで人が訪れないだろうことが予測できる山の上の展望台が指定されている。ここで、さらに決定的な証拠を百万で売りたいと書かれている。

 差出人の名前は、手紙にもない。ゆすっているのだから当然かもしれない。

 まずいことになったと、飯村は眉間に皺をよせる。
 このまま無視して、病院内に噂をばらまかれても困る。もし、その決定的な証拠とやらを警察に持ち込まれてしまえば、医師としての将来も危ぶまれる。週刊誌の好きそうなネタだ。あることないこと、色々書きたてられるのも厄介だ。ならば、百万程度で済むならば、そうした方が良いという気がしてくる。

 飯村は、この正体の見えない脅迫者に従うことを決意した。


 指定の日時に飯村が展望台の駐車場に車を停める。指定の額の金の入った茶封筒をズボンのポケットに、例の封筒を胸ポケットに入れておく。

 時刻は午後十六時。少しずつ暗くなり始めた周囲を、夜を予感させる藤色の空が覆う。太陽が大地に近づいてオレンジ色に輝いている。寒くなり出した周囲にひと気はない。

 飯村は、展望台に向かう。
 展望台自体は季節外れで閉鎖されているが、その下の休憩スペースが開いている。電気もついていない、ただベンチが置かれているだけのスペース。誰かがスプレーで書いた落書きがコンクリートの無骨な壁を赤く染めている。
 休憩スペースに足を踏み入れた飯村は、バチンという音を最後に、気を失った。

 目を覚ました飯村が見たのは、スタンガンを手に持った子ども。例のピンクの封筒を確認している。日時を指定したカードだけ抜きとって、飯沼の胸ポケットに戻す。金の入った茶封筒にはまだ気づいていないのか、ポケットに入っている重みを感じる。

「あ、起きた?」

あの封筒を渡してきた子どもがニコリと笑う。

 飯沼は自分が手足を縛られて、コンクリートの床に転がされているのに気づく。展望台の休憩スペース。スタンガンで意識を失ったそのままの場所で縛り上げられたのだろう。

「お前が脅迫者? まさか、まだ子どもじゃないか」

飯沼は、思ったことをそのまま口にする。

「そう? 僕じゃ不満?」

『僕』と自分を呼んでいるということは、この子は男の子か。飯沼は、この状況下でもがっかりする。男ならば、どんなに可愛い子でも興味はない。

「大人にこんな悪戯をして。後でお母さんにでも連絡して叱ってもらうからな」

縛られたまま、飯沼が身を起して座る。飯沼の言葉に、

「いいよ。連絡して。でも、連絡したら、キミの犯罪は明るみになる。まあ、逮捕はされないかもしれないけれど、今の地位は失うだろね。僕が母に叱られるのと、どちらがリスクが高いかは、明らかだよね」

と、子どもは鼻で笑う。

 チッと舌打ちする飯沼を涼しい顔で子どもは見下ろす。綺麗な淡い色の髪が、外からさす街灯の灯りにほのかに輝いている。

「ここまで来たということは、やっぱりキミが仕掛けた計画だった。弘毅はキミが殺した」

ニコニコと笑いながら、『殺した』と言い切って、子どもが飯沼の膝に載る。

「初めから仕組まれた失敗。弘毅の両親を、健康になったらどんなに良いのか。成功率は低いと言っても、成功例も何例もある。今後、病状が悪化すれば、手術のリスクもさらに高くなる。今、元気な時にこそ受けるべきだ。そういう言葉の魔法で、子どもを想う両親を、手術に踏み切らせた。だが、キミの狙いは、初めから複数の同時移植手術の成功事例を挙げることにあったんだよね」

見ていたかのように、子どもは飯村の過去を指摘する。

「分かるよ。合理的だよね。すぐに消えそうな子どもの命一つで、複数の子どもの命を繋げることが出来た上に、キミは、名誉と貴重な経験を得ることが出来た。……たぶん、道徳観念の違う時代ならば、称賛されるかもしれない行為」

子どもが微笑む。冷たい笑顔。

「昔ね、黒人の女性をたくさん犠牲にして研究を重ねて、その結果で名を上げたシムズという十九世紀の医学者がいた。悪魔の研究だと現在では言われているけれども、当時はお咎めなし。最近までニューヨークに銅像まで立っていた。時代によって善悪は変化するし、今キミを正当な方法で糾弾したところで、罰金か懲戒免職程度?ひょっとしたら減給で済んでしまう話かもしれないね」

にこやかに笑う表情だが、目の奥に沈む緑の光は、凍り付く冬の湖のようだった。

 この医師の話は、飯村も知っている。シムズは、米国医師会長を務め、婦人科医学の父とまで称されている人物だ。一人の黒人の少女の体を十数回も切り刻んで研究した恐ろしい男の話。

子どもは話を続ける。

「でも、弘毅は、日常生活に戻りたがっていた。消しちゃ駄目だったんだよ。合理性だけで勝手に命の火を選別してはいけないって、知っていた? ……まあ、僕もイマイチ分からないんだけれどもね。だって、戦争や災害、飢餓では、救える命でも、たった一人の命くらい見殺しても皆平気じゃない。なのに、どうして、駄目なのか……」

じっと飯村を見つめる子どもの瞳が、異様に綺麗で現実味を失わせる。

「どうして、キミの命を奪ってはいけないのか。あんなにいい子を殺してしまったキミの命を」

ねえ、教えて……。笑いながら耳元で囁く少年の言葉に飯村は震える。

時に、人間には、大切な『心』を欠落させて産まれる者がいる。良心や善意といった物が、決定的に欠けている。教科書で見て精神科医にでもならなければ、目にすることはないと思っていた存在が、目の前で笑って自分に牙をむいている。『サイコパス』そんな文字が脳裏に浮かぶ。もし、本物ならば、ナイフを突き立てるとも、首を絞めることも、眉一つ動かさずにやってのけるだろう。

「ひいっ」

いつの間にか解けていたロープ。子どもを突き飛ばして、慌てて飯村は部屋から抜け出す。
飯村が必死で逃げながら思い出すのは、善良そうな手術前の少年の姿。弘毅は、病室で、小さな声で歌っていた。神への祈りの歌。聖霊よ来たまえ、ヴェニテ・スピリタスと歌っていた。聖歌隊に入っていたという少年の声は、とても綺麗だった。

一瞬、計画を躊躇したが、欲望には勝てなかった。実績を上げて教授になりたい。このチャンスを物にしたい。その一心で、実行した。

 まさか、あの善良そうな少年の後ろに悪魔が隠れていたなんて、思いもよらなかった。だが、所詮は子ども。ロープはほどけ、逃げ出すことが出来た。運は自分に味方している。

「審判は、君達天使に任せるよ。褒めてよ、弘毅。僕は、直接、自分で手を下さなかった。我慢したんだよ」

周作は、もどかしさを抱えたまま、展望台を後にした。


 次の日、飯村は、車の中で死亡しているのが見つかった。死亡の原因は、硫化水素による中毒。運転席の足元に置いていた二種類の洗剤が、倒れて混ざったことにより、ガスが発生したようだった。二種類の洗剤は、どちらも、飯村本人が、自宅の掃除に使うために、購入した経歴があった商品。

 上着のポケットからは、パソコンで作成した、医療ミスを謝罪するようなメモが見つかっている。
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