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リンゴの疑惑

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 チラリとセシルの方をみる。
 こちらを気にしている。どうも疑われている気がする。
 だが、セシルは今日、生徒ではなく、王太子として参加している。だから、俺の正体を見破っていたとしても、あの席を離れることはできない。

 先生方の隣に作られた来賓席。そこで、料理すら自分でとることは許されず、使用人の給仕に任せている。
 もし、本物のテロリストで、セシル失墜を狙っているならば、セシルを直接狙うのが早いだろうが、あんな風に護衛の兵士に固められた来賓席で、給仕までいるならば、狙うのは難しいかもしれない。

「あれじゃあ、セシル様は、ご自分の好きな料理を取ることも出来ませんね。せっかくのパーティなのに気の毒に」

アーシュが、セシルが料理を取り分けられているのを見て、そうつぶやく。
不自由な状態で、隣は先生方。確かにあの席で何時間も座っているのは、つまらないだろう。

「あら、セシル様のお好みくらい、給仕係は把握しているわよ」

自信満々にメリッサは言う。

「セシル様の好み?」

何が好きなんだっけ? 

「リオス様ったら……いいですか? 今後のためにも覚えておいて下さい」

今後ってなんだよ。なんで今後のために、俺がセシルの好みを覚えておかないと駄目なんだ?

「セシル様は、リンゴがお好きなんです。なんでも、子どもの頃の楽しい思い出があるから、リンゴの入った物があれば、それをお選びになるんです。有名な話ですよ!」

その子どもの頃の楽しい思い出……リンゴ……それって、あの日の俺とシロノと一緒にいた日の思い出だろうか? セシルがあの日のことを楽しいと思ってくれていたということなら、嬉しいな。

てか、リンゴ? ……毒リンゴ? 白雪姫? 継母? アップルパイ……?

「なあ、それだよ。それだ!」

俺は慌てる。

 シロノが全学年で印象が残っていることは、あの演劇祭の演技だ。
 誰も何を誰が作ったのかは知らないし、証拠もない。ならば、シロノが作ったと皆が思いこめばそれでいいんだ。
 アップルパイに毒が仕込んでいて、それをセシルが食べて体調を崩して、それに、何かあの時の演技を思わせるメッセージが付いていたら? そして、この場に居るアスナの取り巻きが、シロノの仕業だと騒ぎ立てれば? 

 俺が妖艶魔性の悪役令息にされた時のように、シロノが事件の首謀者であるという疑惑が出来上がってしまう。限りなくグレーで無理がある状態。
 だが、アスナにとっては、それで十分なんだ。
 正妃が決まるセシルの四月の誕生日までその噂が続けば、そこに尾ひれをつけて断罪の材料を作ることができる。

 外に連絡を取る時間はない。ここで、メリッサやアーシュ、カイルとどうするか相談する時間もない。

 俺は、走って給仕が今にも取り分けようとしているアップルパイに突っ込んでいく。

「きゅ、急にめまいがぁぁぁ!!」

 おおよそめまいを起こした婦女子とは思えない速さで、アップルパイの皿に突っ込んで引っ繰り返して床にぶちまける。ジュリエット役をやってて良かった。ハイヒールでもなんとか歩けた!

 思った通りだ。アップルパイの材料とは思えない緑色のドロリとした液体が、パイの間から漏れ出て、絨毯に沁み込む。セシルを殺害するとは思えないから、腹痛を起こす程度なのだろうが、こんなのセシルに食べさせなくて良かった。

 皿を見れば「私を選ばない鏡はいらない」という言葉。白雪姫の継母を示唆する言葉。
 私を正妃に選ばないセシルは要らないという意味に取れる言葉を、白雪姫の継母になぞらえて書かれている。

 俺は、他の人に見咎められる前に、皿をぶん投げて、木っ端みじんにしてしまう。
 これで、アスナの計略は防げたはずだ……。

 やっと、やっとシロノの役に立てた気がする。
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