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罪と弁明

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 アスナに促されて、壇上に、見覚えのあるメイド長が立つ。
 あの舟遊びの時に、俺達を下賤な農奴の子として侮蔑して、セシルを無理矢理連れ去ろうとした人物だ。

 メイド長は、キッと鋭い目線で俺を睨む。ずっと、俺達を嫌い続けていたということだろう。

「ええ。わたくしは、この目で、しっかり見ました。農奴グスタフの双子の片割れが、セシル様を刺したのを! こんな卑しい者が、正妃候補としてここに名を連ねていることすら、忌々しい!」

いや、刺したの俺だし。シロノは何もしていないし。そもそも、お前が強引なことをするから、そんな事態になったんだろう? 都合がいいように、ずいぶん曲解したものだ。

「何をおっしゃっているのやら。セシル様が、わたくしに傷つけられたと、一度でも訴えられたのですか? そんなことはなさらないはずです。」

自信がある。あの日のことで、セシルが俺達を恨んでいるはずがない。
あの花を贈ってくれたのがセシルかどうかは断定できないが、この一年、セシルと何度も話してきたからわかる。

余裕の笑みを浮かべて、アスナ達をみる。

「しかし、その時だけではありません。学校でも、セシル様は、このシロノに騙されて、医務室に行くような怪我をされたのです。このように、医務室の校医から、セシル様がお怪我をなされたことがあるという証言はいただいています!」

アスナは、校医のサインの入った書類を高々とかかげる。
それも、俺の仕業じゃない? きっと脚立から落ちた事故のこと。

「あら、それって冬休み中のことでしょう? わたくしは、その時期には自宅にいて、学校にはいませんでしたのに。それをどうしてわたくしの責任と断言できるのかしら?」

俺は、シロノとして言い返す。
全部シロノには何も関係しないこと。

ここで、本当は、プロムでの毒入りアップルパイ事件を挙げて、やはりシロノがセシルを狙っているという状況を作りたかったのだろうが、それは俺達が阻止した。

決定打はないはずだ。

「黙れ! 農奴の子め! そもそも、エルグ家の人間がこの場に居るのがおかしいのよ! ここは、正妃に選ばれる者もいる場。 奴隷は恥を知りなさい!」

アスナよ。自分だって、男爵家に養子にしてもらった庶民出身ではなかったか? 庶民は、貴族になれて、農奴だと何が悪い? グスタフは、出自は誰よりも低く、評判も誰よりも悪いが、誰よりも高潔な男だ。亡き親友のために、その遺言を守って自らの身を張って生きている。

「そのような狭い了見でおられるのでしたら、アスナ様。あなたこそ、清廉なセシル様には相応しくないのではなくって?」

冷たくアスナを睨めば、アスナが悔しそうに歯ぎしりをする。
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