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蟲毒
呪いの対価
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晴明が、小さな人型の紙を取り出す。
呪言の書かれたその紙は、床に舞い落ちると共にスウッと溶けるように消えた。
「式神か?」
「そうだ。今から蟲毒を行った奴の痕跡を追う」
「痕跡?」
「そうだ。蟲毒を行ったのならば、その痕跡が残るだろう? 難しい技だが、陰陽師ならば易々とこなす。だが、アマガエルは、何度も成功するまで行うと言っていただろう? では、ただの素人だ。しかも、面倒な上に危険な技。自らに影響も出ていよう。それを宮中の記録を探ることで、犯人を探る」
「ふうん。だが、宮中に関係のない庶民の仕業かもしれんだろうが?」
「蟲毒を庶民がか? それならば、別の手段を取るだろう。時間も手間も相当かかる」
「妖の仕業では?」
「無いな。妖ならば、自らの妖力をつかう。ガマや蛇の呪いを活用する必要がない」
なるほど……そう考えるのか。
ふうん。と、一言。紫檀は床に転がる。
外はまだシトシトと細い雨が降り続いている。
晴明は、机に向かって書を読み始める。
つまらなくなった紫檀は、そのままシッポを枕に転寝をする。
「ほら、紫檀。起きろ。行くぞ!」
どのくらい眠っていたであろうか。
眠る紫檀を足蹴にして、晴明が起こす。
「扱いが荒い……」
紫檀が寝ぼけ眼で文句を言う。
「声を掛けたのにグウグウ眠っているからだろう?」
晴明が笑う。
「見つけたのか?」
「恐らく……な」
事件が解決の兆しをみせたのに晴明の表情は暗い。
晴明に促されて、紫檀は大きな黒い狐の姿に変じる。
背に晴明を乗せて、紫檀は宙を蹴って空を飛ぶ。
すっかり夜のとばりが降りた世界。雨がそぼ降る中では、月も星も輝かず、闇ばかりが広がっている。
晴明に雨が掛からぬように尻尾を傘にしてやり、狐火を灯せば、静かに闇に沈む都の影がほのかに眼下に浮かぶ。
「行く先は、宮中だ。……蟲毒を行ったのは、内親王の女官。東宮妃の主には皇子が産まれず、他の妃に皇子が産まれたのを憎んでの所業であったようだ」
晴明は説明する。
かつて不破内親王の命令で県犬養姉女が帝を暗殺しようと行ったのを知って、それを真似たのだろうと。
「その時も失敗しているのだから、その方法では駄目なのだと何故思わぬのか。聞きかじった知識で難しい呪いを行ったところで、その呪いは、結局自らに返ってくるのに」
ため息をつく晴明。
紫檀は大人しくそれを聞いている。
それを、式神のどのような情報で見つけ出したのか。
「病のためと称して、ずっと人前に出ずに部屋に籠っている。事態はあまり芳しくない」
晴明の指示のもと降り立った館の庭。
晴明を下ろして、人の姿に戻って見渡せば、庭に蛙や蛇、ムカデの死骸が転がっている。どれも喰いちぎられて、体の一部が欠損した遺骸。
……嫌な予感がする。
「先に向かわせた式神が、館の主には話を通している」
晴明が、人の館であるにもかかわらず、誰にも挨拶を通さずに部屋の戸を開ければ、そこには、目玉をぎらつかせた女が一人。
身なりからして、身分の高い者だとは分かるが、手には蛙や蛇を持ち、それをそのままバリバリと貪り喰っている。
「蟲毒の呪いで気が触れたのだろう……ちと、止めるのが遅かった。家の者は、陰陽寮に娘が狐に憑かれたのではないかと相談しているが、陰陽寮では、狐の気配はないと返答している」
蛙を生のまま貪り喰う女を見ながら、晴明が説明を続ける。
「それは酷い濡れ衣だ」
紫檀は頭を掻く。
自分で招いた種を狐のせいにされては困る。すぐにこのような濡れ衣を着せられるから妖狐は、人々から悪霊と混同されて討伐の対象となってしまう。
狂った女が、晴明達に気づいてこちらを向く。
呪言の書かれたその紙は、床に舞い落ちると共にスウッと溶けるように消えた。
「式神か?」
「そうだ。今から蟲毒を行った奴の痕跡を追う」
「痕跡?」
「そうだ。蟲毒を行ったのならば、その痕跡が残るだろう? 難しい技だが、陰陽師ならば易々とこなす。だが、アマガエルは、何度も成功するまで行うと言っていただろう? では、ただの素人だ。しかも、面倒な上に危険な技。自らに影響も出ていよう。それを宮中の記録を探ることで、犯人を探る」
「ふうん。だが、宮中に関係のない庶民の仕業かもしれんだろうが?」
「蟲毒を庶民がか? それならば、別の手段を取るだろう。時間も手間も相当かかる」
「妖の仕業では?」
「無いな。妖ならば、自らの妖力をつかう。ガマや蛇の呪いを活用する必要がない」
なるほど……そう考えるのか。
ふうん。と、一言。紫檀は床に転がる。
外はまだシトシトと細い雨が降り続いている。
晴明は、机に向かって書を読み始める。
つまらなくなった紫檀は、そのままシッポを枕に転寝をする。
「ほら、紫檀。起きろ。行くぞ!」
どのくらい眠っていたであろうか。
眠る紫檀を足蹴にして、晴明が起こす。
「扱いが荒い……」
紫檀が寝ぼけ眼で文句を言う。
「声を掛けたのにグウグウ眠っているからだろう?」
晴明が笑う。
「見つけたのか?」
「恐らく……な」
事件が解決の兆しをみせたのに晴明の表情は暗い。
晴明に促されて、紫檀は大きな黒い狐の姿に変じる。
背に晴明を乗せて、紫檀は宙を蹴って空を飛ぶ。
すっかり夜のとばりが降りた世界。雨がそぼ降る中では、月も星も輝かず、闇ばかりが広がっている。
晴明に雨が掛からぬように尻尾を傘にしてやり、狐火を灯せば、静かに闇に沈む都の影がほのかに眼下に浮かぶ。
「行く先は、宮中だ。……蟲毒を行ったのは、内親王の女官。東宮妃の主には皇子が産まれず、他の妃に皇子が産まれたのを憎んでの所業であったようだ」
晴明は説明する。
かつて不破内親王の命令で県犬養姉女が帝を暗殺しようと行ったのを知って、それを真似たのだろうと。
「その時も失敗しているのだから、その方法では駄目なのだと何故思わぬのか。聞きかじった知識で難しい呪いを行ったところで、その呪いは、結局自らに返ってくるのに」
ため息をつく晴明。
紫檀は大人しくそれを聞いている。
それを、式神のどのような情報で見つけ出したのか。
「病のためと称して、ずっと人前に出ずに部屋に籠っている。事態はあまり芳しくない」
晴明の指示のもと降り立った館の庭。
晴明を下ろして、人の姿に戻って見渡せば、庭に蛙や蛇、ムカデの死骸が転がっている。どれも喰いちぎられて、体の一部が欠損した遺骸。
……嫌な予感がする。
「先に向かわせた式神が、館の主には話を通している」
晴明が、人の館であるにもかかわらず、誰にも挨拶を通さずに部屋の戸を開ければ、そこには、目玉をぎらつかせた女が一人。
身なりからして、身分の高い者だとは分かるが、手には蛙や蛇を持ち、それをそのままバリバリと貪り喰っている。
「蟲毒の呪いで気が触れたのだろう……ちと、止めるのが遅かった。家の者は、陰陽寮に娘が狐に憑かれたのではないかと相談しているが、陰陽寮では、狐の気配はないと返答している」
蛙を生のまま貪り喰う女を見ながら、晴明が説明を続ける。
「それは酷い濡れ衣だ」
紫檀は頭を掻く。
自分で招いた種を狐のせいにされては困る。すぐにこのような濡れ衣を着せられるから妖狐は、人々から悪霊と混同されて討伐の対象となってしまう。
狂った女が、晴明達に気づいてこちらを向く。
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