平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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蟲毒

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 紫檀が晴明を訪ねれば、雨の中で庭を眺めていた。
 
「何をしている? 人間は雨に濡れると風邪を引くのだろう?」
紫檀が尋ねれば、

「うん。ちょっとな……」
と、晴明が振り向きもせずに答える。

 紫檀が、晴明に降りかかる雨を自分の尻尾で避けてやれば、晴明の足元に小さなアマガエルがこちらを見上げている。
 紫檀をチラリとアマガエルが見て、少し嫌そうな表情を浮かべたかと思えば、向きを変えて庭木の間にすっと姿を消してしまった。

「なんじゃ? 感じの悪い蛙じゃの。狐は嫌いか?」
紫檀がムッとする。

 面倒くさそうな奴が来たから退散すると言いたげな態度。蛙にそのように煙たがれる云われはないはずだ。

「そりゃ、喰われると思えば、嫌いにもなるだろう」
晴明が笑う。

「儂が蛙を? まだ喰ったことはないぞ? 妖狐と野狐を一緒にするな!」
納得のいかない紫檀が言い返す。

 妖狐が喰らうとすれば、妖魔や妖。稲荷神の名のもとに、退治する場合。それ以外に嗜好として酒や山菜、魚などを人間と共に食することはあっても、紫檀はまだ蛙は喰ったことはない。……まあ、美味いという話を聞かないこともないが……。

「紫檀、まあいいではないか。別に蛙に好かれたいとも思わないのだろう?」

 晴明がようやく動いて、座敷に向かう。
 紫檀はそれについてゆく。

「それよりも紫檀。蟲毒こどくを知っているな?」

 蟲毒。
 虫や蟇蛙、蛇などを狭い所に閉じ込めて、それで生き残った最後の一匹を使って行う呪い。生き物の命をあざ笑う恐ろしい呪い。

「ああ。知っている。それがどうした?」

「それを行う者が出たという話だ」
濡れた衣を拭きながら晴明が説明する。

「アマガエルの報告か?」

「ああ。仲間が何匹も連れ去られたと。人間の判別は付かないから、誰が行っているのかは分からないが、あの手の人間は成功するまで何度も繰り返す。たまらないから、調べて止めてくれと言っていた」

 ふうん。そうか。

 そう言いながら、紫檀はフルフルと身を震わせて雨粒をはじく。

「わ、こら! 座敷で雨粒を飛ばしおって! 犬のようじゃな」

 晴明が紫檀を叱る。
 叱りながら晴明が紫檀を持っていた布でワシャワシャと拭いてやれば、

「うるさい。じじいめ。仕方ないだろう?」
と、紫檀が笑った。

「なあ、その蟲毒の犯人に心当たりはあるのか? どうやって探す?」
紫檀が尋ねる。

 どこの誰が、どんな目的で行っているのかも分からないこと。
 目撃者はちっぽけなアマガエルで、人間の顔の判別はつかない。
 どのように探すのか、紫檀には見当もつかない。

「まあ、任せろ。何事も、物事を行えば、その痕跡というものは残るものなのだよ」
晴明は、そう言うとニコリと微笑んだ。
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