平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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鬼女

万能薬

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 ススキの揺れる平原で人が襲われるという。
 襲われるのは、幼い子ども。身籠った女性。
 
 平原に足を踏み入れて、戻ってこない者が数名。

「万能薬? 知らんな」

 晴明に万能薬の作り方を知っているかと問われて、紫檀は、あっさりと知らぬと答えた。
 そんな物は必要ない。
 浄化の妖力を使うか、それでも効かぬなら、河童の薬を探してきて使えばよい。
 妖狐の紫檀にそんな物を作る必要はない。必要のない物の作り方なぞに興味はない。

「その万能薬の作り方に、胎児の臓腑ぞうふを使う物があっての。恐らく、今回の件は、その薬を作ろうとしている者の仕業ではないかと思っている」
「効くわけがないだろうが! そんな物!」

 蟲毒といい、謎の万能薬といい、あまりにおぞましい作り方を、人間は考えだすものだ。誰がどのようにしてその奇妙な方法を考え付くのかは知らないが、人を殺すために多くの命を殺める蟲毒といい、幼子の臓腑を使う薬といい、命を邪険に扱う身勝手な手段に、紫檀は嫌悪を示す。

 第一、その薬。たとえ万能薬を創り出したとしても、そのために無垢な幼子が犠牲になるのであれば、全くの無意味。何の価値もない薬にしか、紫檀には思えない。

「それが分からぬ者がいるから、世の中は時々狂う。占いのばばあが、うっかり口を滑らせたのだよ。とある高貴な女性が不治の病にかかって、何か助ける方法はないのかと乳母に問われた時に、胎児の生肝で作る薬の作り方を」

 やれやれと、晴明がため息をつく。

「そんな迷信……して、その乳母が、その薬を作る方法を信じたのか?」
「信じた。そして、無事作ったが、その為に気が狂って鬼となった」

 それを無事と言って良い物かどうかには、大いに疑問が残る。
 
「作ったのに、狂って鬼となったから、まだ人を襲っているのか?」
「そうだ。母を探しに来た身重の娘の腹を裂いて殺してしまったのだ。それとは気づかずにな。それで鬼女と化して、まだ人を襲っている」
「そこで、どうして自分のしていたことは、恐ろしいことだと改めぬのか。それでは、娘と胎の子が無駄死にだ。その分だと、当初の目的の姫君の不治の病も忘れているのだろう。姫君も死んでしまったか?」
「ああ。とっくの昔に」

 酷い話だ。
 誰も救われない。そして、残ったのは、心が壊れた鬼女のみ。
 それが今なお殺戮を繰り返している。

「晴明は、その鬼女を止めに行こうというのか?」
「そうだ。その女を止めて欲しいと、とある僧侶に頼まれた」

 ふうん。
 どういった関係の僧侶なのであろうか?

「だから、そこまで乗せろ」
「珍しく呼び出したから来てみたらそれか。本当に晴明爺は、儂の扱いが雑過ぎはしないか? 妖狐とはそのように雑に……」
「後で遊んでやるから。ほれ、新しい技を試してみたいとか言っていただろう? 相手をしてやろう」

 尾も定まらないのに、妖力が強い紫檀と手合わせをしてくれる者はそうそういない。晴明だけが、紫檀が本気で挑んでも壊れない。

「まあ……じゃあ、仕方ない」

 文句を言いながらも、紫檀は晴明を乗せて平原へと飛んだ。
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