平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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鬼やらい

絵巻

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「それであんなに牛鬼は縮こまっているのか!」

 紫檀がアハハと豪快に笑う。
 中納言の家の小鬼退治をした後に庵に戻ってくれば、屋根の上に紫檀が待っていた。
 あれほど白蛇の真女子に子狐扱いされて拗ねていたくせに、カラッと忘れて「遅い!」と屋根の上で、管狐を出して遊びながら晴明を待っていた。

 庵の一室。
 紫檀が狐火で油に火を灯せば、暗い部屋が明るくなる。
 中納言の息女である大君を気絶させてしまった牛鬼は、部屋の隅で文字通り縮こまって子猫のような大きさになっている。

「笑いごとではない。姫を気絶させるとは何事だと、文句を言われてしまった」

 晴明が不機嫌に眉間に皺を寄せれば、牛鬼は主の不機嫌に、益々縮こまり、ネズミのような大きさになっている。

「まあ、いい。とりあえず目当ての物は手に入れられた」

 晴明は、手に持っていた巻物を広げる。

「なんだ? それをもらうために面倒な小鬼退治なぞ引き受けたのか」

 紫檀が呆れる。
 弱いが、隠れるのが上手い小鬼を退治するのは、骨が折れる。
 もし紫檀が任されたとした、自分の分身である小さな管狐を無数に飛ばして屋敷中を探して喰らうことになるだろう。

 紫檀は、晴明の肩に顎を載せて、後ろから晴明の持った巻物を覗き込む。

「まったく。拗ねていたのではないのか。肩が重い」
「晴明爺が、蛇女の美女を庵に連れ込むのが悪い」
「ふふ。焼きもちを焼いておったのか?」

 晴明が涼やかに笑う。
 笑う晴明に、紫檀はまた頬を膨らませて不満を浮かべる。

「うるさいな。それよりもこの巻物は何だ」

 巻物の絵は子どもが描いたように稚拙で、とても巻物に価値があるとは思えない。
 巻物に描かれているのは、何か棒のような物を持って騒ぐわらし達の前に、それを嫌がって慌てて逃げる鬼の姿が数体。

「なんだ、紫檀。知らんのか? これは、追儺ついなの儀。鬼やらいの絵だ」
「そのくらいは知っている。だが、こんな珍しくもない絵巻のために、世間では死んだことになっている晴明が、わざわざそんな面倒な仕事を引き受けた理由が分からん」

 母が狐である晴明は、通常の人間とは違う半妖の身。妖ほどではなくとも、その寿命は人より長く、齢九十を超えた辺りで晴明は、面倒になって自らが死んだことにして、この庵で隠遁生活を始めたのだ。
 それが、わざわざ中納言の館にまでおもむいて、陰陽寮の連中でも退治できるであろう小鬼を退治しにいった理由が、紫檀には分からない。

「ふむ……まあ、見ているだけでは、分からんだろうな」

 晴明は、紫檀に説明する。
 この絵巻には、一つの秘密があるのだと。
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