平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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鬼車

猫又

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 紫檀が晴明の庵で眠っていると、知らぬ妖の匂いがする。
 また、面倒なことに首を突っ込んでいるのか。
 紫檀はため息をつく。

 そんな暇があるならば、儂と手合わせをしてくれれば良いのに、なぜ晴明は、紫檀の要望を聞いてはくれないのか。

「晴明! いるか!!」

 不機嫌な紫檀が部屋に入れば、そこには、猫を膝に載せた晴明がいる。
 三毛猫。長い尾は、二つに割れている。
 一目見て分かる猫又の特徴。歳を経た猫は、尾が二つに割れて猫又となるそうだ。

「やかましいな。紫檀」
「うるさい。猫又を膝に載せて何をやっている」
「狐め。嫉妬がうざいな」

 晴明の膝の上の猫が紫檀を睨む。

「む……」

 嫉妬と言われれば、紫檀としては心外だ。
 言い返す言葉を見つけられずに黙っていれば、猫がニタリと笑う。

「子狐。客に敬意を払うことを知れ」

 猫又の減らず口に、紫檀はため息をついて頭を掻く。
 まともに相手をしても埒があかない。
 我慢してドスンとその場に胡坐をかいて座るが、紫檀の尾は、紫檀の心の根を現わしてビタビタと床を叩いている。

「どこの猫だ」
「仁和寺の辺りで悪戯をして暮らしておったのだがな。最近は、あの寺、化け猫避けにと犬を飼い始めた。うっとおしい」
「では、この庵に住まう気か?」
「いいや。このまま、妖の国へ……そうだな。白虎様の国へでも赴こうと思う」

 四神獣白虎。それは、獣の妖を統べる者。
 その国へ猫又が赴くのは、確かに妥当だろう。

「ふうん。では、なぜ晴明の庵に?」
「忠告に来た」
「忠告とな?」

 猫又が、金の瞳を細めて笑う。

「そう。忠告じゃ」
「猫又は、鬼車を見たというのだ」

 鬼車。それは、九つの頭を持つ鳥の化け物。
 女に変じ、人と子を成すこともあるが、おおむねは、その血を浴びた者に災いをもたらす凶事を呼ぶとされる。

「仁和寺の辺りでか?」
「ああ。だが、鬼車は犬が苦手じゃ。だから、いずこかへ飛び去った」

 なるほど。猫又避けにと飼った犬が功を奏して、鬼車を避けられたということか。

「しかし、そこでいなくなったとしても、どこかには飛び去ったのだという事は、子狐にも分かるであろう?」
「失礼な猫だな。儂にもそれぐらいは分かる」
「都の迷い込んでしまった鬼車。朱雀の国へ送り返すべきだが、まず居場所が分からぬとな」
「式神に探らせている最中というわけか」
「まあ、そんなところだ」

 話は見えてきた。
 この猫は、自分はその鬼車退治に加わる気はないが、情報だけは晴明に伝えに来たというわけだ。

「晴明翁の庵には、元気な子狐が出入りしているからの。鬼車退治にはうってつけじゃ」
「待て、猫! その『元気な子狐』とは儂のことか?」
「応。それ以外にあるまい」

 カラカラと笑う猫を、紫檀は盛大に眉間に皺を寄せて睨んでいた。
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