平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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鬼車

子狐扱い

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 どれ、ボチボチと行こうかの……。

 猫又が、欠伸をしてゆっくりと晴明の膝を下り、悠然と伸びをしてスッと消える。

「二度と来るな!」

 紫檀が猫又が消えた空間を忌々しそうに睨む。

「そういう態度が、子狐扱いされる元だと思うのだが」
「やかましい。腹が立つのだから仕方なかろう?」

 晴明がフフッと笑うのを、紫檀は不貞腐れてみている。

「晴明の所にくる客は、面倒な奴ばかりだ」
「おや、面倒な奴という自覚があったか」

 晴明にやり込められて、紫檀は尻尾を乱暴に振る。

「もういい。儂は帰る」
「すまん。つい面白くてな。行くだろう? 鬼車の所へ」
「鳥女なぞどうでもよいわ」
「だが、鬼車は強いぞ?」
「……ふうん? 強いのか」
「ああ。その鳴き声を聞くだけで呪われる」

 自分の妖力を鳴き声に載せて、攻撃してくるということだろう。
 美しい女に変じて惑わす。
 だが、その正体は、九つの首を持つ怪鳥。

「まあ……強いのであれば、見に行こうか」

 晴明に良いように使われている感は否めないが、それでも、強い妖に会うならば興味はある。
 紫檀は、黒狐に変じて声明を乗せる。

「儂はどのような奴か見に行くだけだからな。戦うのは、晴明がやれ」
「なんだ? 犬神の元へ行ってから、何か気になる言い方をするな」
「儂は、お前の使い魔の式神でもない」
「……なるほど。犬神に言われて、気にしておったか」

 晴明が楽しそうにククッ笑う。

「笑うな。儂にとっては重要な問題じゃ」
「使い魔とも式神とも思ってはいない」

 紫檀を頭をクシャクシャと撫でれば、紫檀がブンブンと首を振る。

「と、友だから手伝うのだからな! 良いな!」
「わかった。紫檀は友だ」 

 分かっているなら良い。とだけ呟いて紫檀が天を駆ける。
 九尾になると思われるほどの妖力を持つ紫檀。
 だが、その性質は、どうも童のようで晴明には面白い。

「紫檀よ。何故、鬼車が都に現れたか分かるか?」
「んあ? そんなのは、知らん。都見物にでも現れたか?」

 おどけて答えたが、紫檀にもそれが、異常な事であることは分かる。
 朱雀の国で暮らす鬼車。それが、人間界に迷い出てきたのには、何か理由があるはずだ。

「誰か……恐らくは、人間が、誰かを呪い殺すために呼んだか?」

 紫檀の言葉に、晴明が「まあ、そうだろうな」。と、答える。

 人間は時々、紫檀の理解を超える。
 なぜ、憎い人間を殺すためとはいえ、自らの命も危険に晒すのか。
 蟲毒といい、犬神といい、自分よりも強い者を牛耳ようとすることで生じる危険にどうして気づかないのか。

 晴明は、式神を扱うが、決して式神の方が晴明より強いということはない。
 式神が暴走したところで、晴明は一瞬で制してしまうだろう。式神も使い魔も、そういうものだ。

 しかし、人間は時として、自分の力の範疇を超える物を扱いたがる。
 暴走した時に止めらないものなぞを、どうして使おうと思うのかが、紫檀に分からない。

「呪うために呼んだ鬼車を制することが出来ずに、野放しになったか」
「そうだろうな。あんな妖を制することが出来るならば、呼ばずに自分で呪い殺すだろう」

 紫檀の上に乗った晴明は、穏やかに笑ってそう言った。
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