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本編
「沈黙の代償」 サマリーside
しおりを挟む私が初めてバルトに助けられたのは、まだ十にも満たない頃のことだった。 中性的な外見のせいでよく絡まれ、泣きそうになっていた私の前に、泥だらけで飛び込んできたのが平民である彼だった。
「サマリーから離れろ、このクソ野郎!」
あの時の声は今でも鮮明に耳に残っている。言葉遣いは悪く荒っぽいのに、不思議と安心できた。
それ以来、何かと私が困った時はいつもバルトが駆けつけてくれた。 だから私は彼を信じていたし、感謝もしていた。けれど──同時に心の奥に、隠し続けていた気持ちがあった。
それはカルムへの想いだった。 幼馴染の二人の背中を追いかけながらも、私の目はいつもカルムを探していた。だからこそバルトの純真で真っ直ぐな瞳に射抜かれるたび、胸が苦しくなった。けれどそれを、彼に打ち明けることはできなかった。
バルトはいつも私を守ってくれる。だからこそ、彼を傷つけてしまうような真実は言えなかったのだ。
◆
しかし、その沈黙が最悪の誤解を生んでしまった。 ストーカーの影に怯えていた時、傍にいてくれたのはバルトだった。にもかかわらず──「自分達に嫉妬したバルトが、ストーカーや刺客を差し向けている」という噂が立った時、私は何も否定できなかった。 カルムにその事を問い詰められた時、私は襲われかけた直後の恐怖から、ただ視線を逸らすことしかできなかった。
その瞬間、カルムの中で何かが決定的に崩れたのを感じた。
「失望したよ、バルト。」
彼が吐き捨てるのを、私は声を上げて止められなかった。
バルトが誤解を解く事もせず、黙って唇を噛み締める姿を見て、胸が張り裂けそうになった。 誤解だ、違うと叫びたかった。 だけどそれを言ってしまえば、私がカルムを想っていることも説明しなければならなくなる。それではバルトを裏切ってしまうことになる。 だから私は……黙った。
──その沈黙が、彼を一生の孤独に追いやった。
◆
やがて、バルトは戦場に向かった。 詳しい理由は一切言わなかった。ただ『少し離れる』とだけ。 私とカルムがようやく心を通わせた矢先のことだった。喜びと同時に、胸の奥にはじんわりと黒い塊が広がっていった。
そして暫くしてから届いた、バルトの戦死の報せ。 それを耳にした瞬間、私は膝から崩れ落ちた。
彼がどれほど傷ついていたか。どれほど寂しかったか…。想像するたびに、息ができなくなる程苦しくなった。
後に戦場から帰還した兵士から聞かされた。 最期の瞬間、彼は仲間を庇いながら血を流し、それでも──「二人が幸せでありますように」と微笑んでいた、と。
どうして、そこまで……。
私は涙で滲む視界の中、彼の声を思い出していた。
『サマリーから離れろ、このクソ野郎!』
──あの時の彼は…いや、今の彼もこんなにも真っ直ぐに人を守ろうとする人だったのだ。 それを、私は最後まで信じきれていなかった。
◆
カルムは怒りと後悔に拳を震わせていた。
「何故…、なんでバルトを信じられなかったんだ……!」
苦しげに吐き出されたその言葉を聞きながら、私はただ静かに泣いていた。 本当に悪いのは私だ。私があの時沈黙したから、バルトは濡れ衣を着せられ孤独を抱えて逝ってしまった。
けれど、どれだけ悔いても嘆いても、もう彼は帰ってこない。
私はこれからもカルムと共に生きていくだろう。 けれど、その背後には、いつもバルトの影がある。 彼が祈ってくれたからこそ、私たちはここにいる。 彼が沈黙を選んだから、私たちは他の貴族からの心ない悪意に晒されずに済んだんだ。
──けれど私は知っている。
本当に沈黙してはいけなかったのは、私の方だったのだ。もし、もしも次があるのなら…言葉に出して誤解を解き、自分自身の考えを知ってもらう努力をしたい。
青空を仰ぎ、胸に手を当てる。
「バルト……ありがとう。そして、ごめんなさい…。」
声は風にかき消され、どこまでも透き通った蒼の空に溶けていった。
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