当て馬主人公の小さな祈り

黒狐

文字の大きさ
3 / 24
本編

「沈黙の代償」 サマリーside

しおりを挟む

 私が初めてバルトに助けられたのは、まだ十にも満たない頃のことだった。
 中性的な外見のせいでよく絡まれ、泣きそうになっていた私の前に、泥だらけで飛び込んできたのが平民である彼だった。

「サマリーから離れろ、このクソ野郎!」

 あの時の声は今でも鮮明に耳に残っている。言葉遣いは悪く荒っぽいのに、不思議と安心できた。
 それ以来、何かと私が困った時はいつもバルトが駆けつけてくれた。
 だから私は彼を信じていたし、感謝もしていた。けれど──同時に心の奥に、隠し続けていた気持ちがあった。

 それはカルムへの想いだった。
 幼馴染の二人の背中を追いかけながらも、私の目はいつもカルムを探していた。だからこそバルトの純真で真っ直ぐな瞳に射抜かれるたび、胸が苦しくなった。けれどそれを、彼に打ち明けることはできなかった。
 バルトはいつも私を守ってくれる。だからこそ、彼を傷つけてしまうような真実は言えなかったのだ。



 しかし、その沈黙が最悪の誤解を生んでしまった。
 ストーカーの影に怯えていた時、傍にいてくれたのはバルトだった。にもかかわらず──「自分達に嫉妬したバルトが、ストーカーや刺客を差し向けている」という噂が立った時、私は何も否定できなかった。
 カルムにその事を問い詰められた時、私は襲われかけた直後の恐怖から、ただ視線を逸らすことしかできなかった。
 その瞬間、カルムの中で何かが決定的に崩れたのを感じた。

 「失望したよ、バルト。」

 彼が吐き捨てるのを、私は声を上げて止められなかった。
 バルトが誤解を解く事もせず、黙って唇を噛み締める姿を見て、胸が張り裂けそうになった。
 誤解だ、違うと叫びたかった。
 だけどそれを言ってしまえば、私がカルムを想っていることも説明しなければならなくなる。それではバルトを裏切ってしまうことになる。
 だから私は……黙った。

 ──その沈黙が、彼を一生の孤独に追いやった。



 やがて、バルトは戦場に向かった。
 詳しい理由は一切言わなかった。ただ『少し離れる』とだけ。
 私とカルムがようやく心を通わせた矢先のことだった。喜びと同時に、胸の奥にはじんわりと黒い塊が広がっていった。

 そして暫くしてから届いた、バルトの戦死の報せ。
 それを耳にした瞬間、私は膝から崩れ落ちた。

 彼がどれほど傷ついていたか。どれほど寂しかったか…。想像するたびに、息ができなくなる程苦しくなった。

 後に戦場から帰還した兵士から聞かされた。
 最期の瞬間、彼は仲間を庇いながら血を流し、それでも──「二人が幸せでありますように」と微笑んでいた、と。

 どうして、そこまで……。

 私は涙で滲む視界の中、彼の声を思い出していた。

『サマリーから離れろ、このクソ野郎!』

──あの時の彼は…いや、今の彼もこんなにも真っ直ぐに人を守ろうとする人だったのだ。
 それを、私は最後まで信じきれていなかった。



 カルムは怒りと後悔に拳を震わせていた。

 「何故…、なんでバルトを信じられなかったんだ……!」

 苦しげに吐き出されたその言葉を聞きながら、私はただ静かに泣いていた。
 本当に悪いのは私だ。私があの時沈黙したから、バルトは濡れ衣を着せられ孤独を抱えて逝ってしまった。
 けれど、どれだけ悔いても嘆いても、もう彼は帰ってこない。
 私はこれからもカルムと共に生きていくだろう。
 けれど、その背後には、いつもバルトの影がある。
 彼が祈ってくれたからこそ、私たちはここにいる。
 彼が沈黙を選んだから、私たちは他の貴族からの心ない悪意に晒されずに済んだんだ。

 ──けれど私は知っている。

 本当に沈黙してはいけなかったのは、私の方だったのだ。もし、もしも次があるのなら…言葉に出して誤解を解き、自分自身の考えを知ってもらう努力をしたい。
 青空を仰ぎ、胸に手を当てる。

「バルト……ありがとう。そして、ごめんなさい…。」


 声は風にかき消され、どこまでも透き通った蒼の空に溶けていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

僕は今日、謳う

ゆい
BL
紅葉と海を観に行きたいと、僕は彼に我儘を言った。 彼はこのクリスマスに彼女と結婚する。 彼との最後の思い出が欲しかったから。 彼は少し困り顔をしながらも、付き合ってくれた。 本当にありがとう。親友として、男として、一人の人間として、本当に愛しているよ。 終始セリフばかりです。 話中の曲は、globe 『Wanderin' Destiny』です。 名前が出てこない短編part4です。 誤字脱字がないか確認はしておりますが、ありましたら報告をいただけたら嬉しいです。 途中手直しついでに加筆もするかもです。 感想もお待ちしています。 片付けしていたら、昔懐かしの3.5㌅FDが出てきまして。内容を確認したら、若かりし頃の黒歴史が! あらすじ自体は悪くはないと思ったので、大幅に修正して投稿しました。 私の黒歴史供養のために、お付き合いくださいませ。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。

さかなのみるゆめ

ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

嫌われものと爽やか君

黒猫鈴
BL
みんなに好かれた転校生をいじめたら、自分が嫌われていた。 よくある王道学園の親衛隊長のお話です。 別サイトから移動してきてます。

処理中です...