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ギャップ

6.

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「センセーがここを辞める時は、私も一緒に辞めるよ」
「……」
「ね」

 お互いの視線がぶつかり合う。
 センセーの瞳からは、僅かな怒気が見え隠れしていた。

「あなたの場合、本気で思っていそうで怖いですね」
「へ?」

「何でもないです――ほら、もう大丈夫でしょう?行きますよ」
「行きますって、」

 どこに?
 すると縁センセーはポケットから車の鍵を取り出す。

「送ってさしあげます。あなたの体調不良の引き金を引いたのは、私ですから」
「……そりゃ、どうも」

 縁センセーは面白い。一緒にいるともっと話したくなる。
 だけど、縁センセーだけには知られている。
 私がどんな人間で、心の中が、どれだけ荒れているかという事を。
 きっと縁センセーだけは、分かっているんだ――

「センセー」
「はい」
「もっと離れて歩いてくれよな」

 これ以上に私の心が見透かされないようにと、虚勢を張るために伝えた言葉。
 だけど、

「この学校の廊下が広くない事は、鶫下さんも知っているでしょう?
 広い廊下のある学校に編入したいなら勉強に付き合いますよ――もちろん古典のみで」
「……ぷっ、なんだそりゃ」

 閑話休題。
 このセンセー、やっぱおもしれぇや。



「じゃあ動きますよ。シートベルトは大丈夫ですか?」
「あいあいさー」

 黒の大きい車に乗り込む。
 運転席にセンセー、センセーの斜め後ろに私。
 おお、センセーの頭頂部が微妙に見える。
 そしていつも私が気にしている耳の後ろのホクロも見えた。

「先生のホクロって面白いよな」
「ホクロの形がおかしいと、悪い病気らしいですよ」

「いや、羅列がツボ」
「羅列……?」

 少し首を傾げただけに終わった先生は、無言でアクセルを踏み込んだ。
 縁センセーらしい、緩やかなスピードで出発する。

「私、伏せてた方がいい?」
「一応学校に許可をもらい、お家にも連絡を入れているのですが……そうですね。妙な噂をされるのも面倒なので、伏せてもらっていいですか」
「(いま面倒って言ったな……)」

 不服に思いながらも、外から見られないように車の窓枠の下まで身をかがめる。
 小さい頃は余裕でできていたのに、高校生になった今じゃちょっとキツイ。

「センセーが人気者じゃなくて良かった。きっと皆、気づかず素通りしてくれるな」
「ここであなたを降ろしてもいいんですよ?」

 校門を出てしばらくしたので、体を起こす。
 するとミラー越しに、センセーと視線がぶつかった。

 ドキッ

 いつも辞書を片手に持っている先生が、今日はハンドルを持っている。
 しっかりと、両手で……。

「ぷっ」
「何ですか」

「いや、カッコいいーなーって、そう思っただけ」
「……大人をからかうもんじゃありませんよ」

 両手でしっかりハンドルを握り、私の負担にならないようにゆっくりブレーキを踏んでくれ、ゆっくりアクセルを踏んでくれる。
 縁センセーの車の乗り心地は、とっても気持ちい。

「センセー、また私を車に乗せてくれよなー」
「イヤですよ、またあなたの汚物をかぶれって言うんですか」
「何回汚物ってゆーんだよ。これでも一応女子だからな」

 フンッとふんぞり返っていうと、センセーはまたミラー越しに私を見た。
 そして――
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