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ギャップ

7.

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「知ってますよ。あなたが可愛い女の子だって」

 それだけ言って、フッと笑う。

 ドキッ

「(ん?あれ?)」

 今日何回目かになるか分からない「ドキッ」が、私を襲う。

「なんか、まだ体調悪いかも」
「ちょっと、車を汚物で汚したらいくら何でも怒りますからね」
「車じゃなくて、私の心配しろよな」

 ブーブー文句を言うと、センセーはいつもより余裕のない声で答える。

「いいえ、車の心配が優先です!納車したばかりなんですから」
「へぇ、やっとお金溜まったんだ」

 キキキーッ

 珍しく、先生の運転が乱暴になる。
 どうしたのか心配になったけど、先生はしっかりとブレーキを踏んだまま後ろを振り返った。
 そして赤い顔をして「悪いですか」――そう言った。

「教師二年目なんてそんなもんです。言っておきますが、私のお金遣いが荒いわけではないですからね?
着々と貯金をして、やっと新車を購入できたんです」
「そ、そう……ですか……」

「それにねぇ、世の中にはローン払いというものがあるんですよ!」
「わ、わかったから前を向け!ちゃんと運転しろ!」

「もう」とか言いながら、怒ったような照れたような雰囲気のセンセーは大人しく前を向く。
 私は初めて見るセンセーの表情に、心臓がバクバクと音を立てていた。

「(縁センセーでも照れることあるんだな)」

 すると信号が青になったのを確認したセンセーは「動きますよ」と忠告してくれる。

「ねえセンセーさ、もしかしてこの車に乗せるのって、私が初めて?」
「何言ってるんですか」
「(なーんだ、違うのか)」

 少し残念がった、次の瞬間。

「納車して少ししか経っていないんです。あなたが初めてに決まってるじゃないですか」

 あ、ウソ。
 私が最初?
 しかも、しかもしかも、

「(あなた……だって)」

 ドキッ

 何だか大人な呼ばれ方をしたみたいで、慣れない事に心臓がまた跳ねる。

「(なんか今日は心臓が忙しいな……疲れかな?)」

 その後センセーは何も言わなかった。どうやら安全運転に徹しているらしい。
 だから私も余計な事はあまり喋らずに、ただ黙って座る。

「(うん、静かなのも――いいな)」

 二人だけの放課後ドライブは、なかなかに楽しいものだった。



「もう、ここで降ろしてくれ」
「でも、あなたのお家はこの先ですよ?」

「いいから。もう歩ける、大丈夫」
「保護者の方にも”お家まで送る”と連絡済みです。だから送ってさしあげます」
「!」

 そうだった、連絡してあんのか……。

「(けど、いや……やっぱダメだ)」

 自宅までは、あと三分くらいで着いてしまう。
 家の前なんかで降ろされたら……縁センセーの顔も、車も――見られちまう。
 知られちまう、あいつに。

「いい。ここで降りる」
「強情ですね、いいから家まで、」

「ここでもう一回、オエッと吐くからな?」
「すみやかに降りなさい」

 脅し文句を言って、ようやく先生は私を開放してくれた。
 と言っても、

「周りに他の生徒がいないか、きちんと確認してからドアを開けなさい」
「へーへー」

 私の心配というよりは、車と自分の身の心配をするばかりだったけど。

 ガチャ

 周りに誰もいない事を確認して、ドアの取っ手に手をかける。
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