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同居

1.

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「あら、おかえり。海木くんに真乃花。一緒だったのー?」
「ただいまーおばさん」

「……」

 は?
 母に「海木」と呼ばれたセンセーを連れて、部屋の隅で尋問する。

「ちょっと、何がどうなってんだよ!」
「記憶をちょちょいと操作したんですよ。私にかかれば朝飯前ですよ」
「そーゆーことじゃねーんだよ!」

 混乱する私をよそに、センセーはピースをして説明をした。

「単刀直入に言います。

 私の名前は今日から”海木”(かいき)です。
 そしてあなたの家に同居させてもらっている設定です。
 明日から学校に行きます。同級生です。

 以上です――何か異論は?」

 「大ありだよ!」

 何がピースだよ!
 全然よくねえよ!
 混乱する私をよそに、センセーはグーパーと、手を動かして眺めている。

「今じゃんけんして遊んでいる場合かよ!」
「失礼な。そんな幼稚な事はしませんよ」

 そう言って、「お腹すいた」と部屋の隅から移動して、椅子に座るセンセー。
 私よりもこの家に馴染んでいる。

「(なんか、すげー負けた気がするんだけど……)」

 圧倒的な敗北感が、私を襲った。

「今日はハンバーグよー。今日ほのちゃんの帰りは遅いから、私たちだけで先に食べちゃいましょ」
「はい」
「……わかった」

 テーブルの上に並ぶ料理たち。

「(あぁ……今日もか)」

 それらを見て、頭が冷えた気がする。

「(大きなハンバーグが乗っている皿が三つ。そして……まるで失敗作のような欠けたハンバーグが少しだけ乗っているお皿が一つ)」

 もちろん、前者は母と穂乃花と海木だ。
 後者は――私。
 それが当たり前だと思って母は配膳するし、それが当たり前だと思って私も受け取る。

「さ、食べてね」

 私のご飯は、今日も失敗作だった。
 それは、まるで、私そのもののようで――

「(泣くな、今更だろ……)」

 それでも少しだけ、目に涙がたまった。
 その時だった。

「俺はこんなにいらないよ。真乃花くらいの量がちょうどいい。
 おばさん、変えてもいい?」
「え、でも……育ち盛りなのに、それだけの量で足りるの?」
「部活してるわけでもないし、足りるさ。むしろ充分だよ。
 それに、俺より真乃花だよ。すごく痩せてる。もっと食べなきゃ」

 センセーは自分のお皿を持って、私の席まで来る。
 そしてコトンと、私の前に綺麗な形のハンバーグを置いた。

「……いいよ」

 母が見ているんだ。こんな事、許されるわけない。
 だけど――
 私がズイと押し返したお皿を、センセーは負けじとまた私の方へ寄こしてくる。
 そしてグイッと私の肩を持って、後ろに引っ張った。すると自ずと私の背中は伸びて、前を向くようになる。
 いつもは母と穂乃花を視界に入れまいと、下を向いていた私の世界。
 今日は、久しぶりに部屋を見渡すことが出来た。

「海木くん?どうしたのかしら?真乃花がいらないって言ってるんだから、そのハンバーグはあなたが食べ、」
「そ、そうだよ……私は、いいからさ」
「……」

 同調する私を、センセーが黙って見る。そして無言のまま、私の肩に置く手に、グッと力を込めた。

「(センセー……あったかいな……)」

 肩から伝わるセンセーの手の熱――それは再び下を向きそうになる私に「負けるな」と、喝を入れてくれているみたいだった。

「(今はセンセーが隣にいる……一人じゃない……っ)」

 センセーが、頑張れと私に言ってくれている。
 私も、その期待に応えたい――

「……ありがと、もらうね」
「うん」

 それ以上は何も言わず、私のお皿を持って自分の席へ帰るセンセー。
 私は、このまま前を向いていたら涙がこぼれそうで……それを母に見られるのが嫌で、ずっと下を向いていた。

「(さっき前を見ろって言われたけど……今だけは、いいよな?)」

 そして下を向いたまま……震える手で、ハンバーグに手をつけた。
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