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同居

2.

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 すると、そんな私を見ていた母が、思い切り顔を歪めて私を見た。

「まあ、この子は……ほんと卑しいわね」
「……っ」

 親が子に向けるべきではない態度・言葉。
 今まで浴びるほど受けて来たけど、いつ聞いても慣れないな……。
 だけど、どんどん委縮する私に、助け船が出された。
 もちろん――センセーだ。

「おばさん、言葉が過ぎるよ。聞いていて、いい気分じゃない」
「あら、本当?ごめんねぇ」
「(センセー……また守ってくれた……)」

 嬉しい……センセーがいてくれて良かったって、今心の底から思えてる。もしも一人だったら……考えたくない。昨日までの私を、思い出したくない。

「(センセーがいてくれて、よかった……)」

 真ん丸なハンバーグを、箸で割く。ズボッと刺した瞬間に、中から肉汁が溢れ出た。
 いつもなら、そんな事ない。
 欠けたハンバーグから、肉汁は出ない。

 だけど、今日は……違うみたい。

「(おいしそう……っ)」

 肉汁みたいに、私の目から涙が出る。
 それは、しばらくやむことはなかった。

「(センセー……ありがとな)」

 美味しいハンバーグ。零れる涙、必死に笑みを堪える口元。
 感情がグルグル回って忙しなかった晩御飯は、あっという間に過ぎていった――



 晩御飯後、私とセンセーは、私の部屋に集まっていた。

「すみません、あまりにもゲスかったので、つい」
「そーだけどさ……あんな光景が初めてってわけじゃないだろ?」
「……すみません」

 センセーが幽霊になってから、ずっと私のそばにいたから、私が母から受けた仕打ちを知っている。
 だから、さっきの事だって見慣れた光景だろうに……。
 今日に限ってどうしたんだ?
 すると、センセーは珍しく申し訳なさそうな顔でこう言った。

「私の姿は、今は誰にでも見えます。それに、私から発言することも行動することもできます。

 その状態でありながら、あなたがあんな仕打ちを受けているのに、ただ見ているだけなんて……私には無理でした」
「!」
「すみません……」

 私に一礼して謝るセンセー。
 め、珍しい……本当に、どうしたんだ。

「いや、それはもう、いいんだけど……。
 こっちこそ、センセーは助けてくれたのに、こんな言い方ないよな」
「いえ。あまりあなたを庇うと、私がいないところであなたがどんな反撃を受けるかを想像していない、軽率な行為でした。今後は気を付けます」
「そ、そんな……」

 いや、そんなに謝ってくれなくてもいいんだけど……。
 なんかこっちが悪いことした気分になるじゃねーか。

「とりあえず顔上げろよ。な?」
「はい」

 するとゆっくりと顔を上げたセンセー。背中を真っすぐにした状態に戻った、その時。

「まあ、次もあんなことされていたら、きっと私は黙ってないと思いますがね」
「……反省してんのかしてねーのか、どっちなんだよ」

 呆れた。
 やっぱり変なセンセーだ。
 見ると、センセーは海木の顔でやんわりと笑った。

「ッ!」

 その笑顔に、見た目はセンセーじゃないのに、心臓が跳ねた。
 ドキドキしてる……?
 私、変だぞ……!

「はぁ……」
「どうしました?」
「いや、何でもねーよ」

 ため息一つ。
 家でこんななんだから、明日学校に行ったらどうなることやら。

「じゃあな、おやすみセンセー。今日はありがと」
「いえいえ、では。おやすみなさい」

 バタンッ

 私に別れを告げて、センセーは部屋に戻って行った。
 どうやらセンセーの部屋も用意してあるらしい。いつの間に……。

「(そんなことより)」

 少しだけ、気になることがあった。
 帰り際に、センセーはまた手をグーパーしていて……ジャンケンがしたいわけじゃないよな?じゃあ、なんのために?

「(そんなに憑依した体のフィット感がいいのか?だから、憑依できた嬉しさを噛み締めてる?)」

 いや、そんなわけないか……ってか、なんだよ。体のフィット感って。

「(まあ、センセーに限って深刻なことは考えてないか。縁センセーだしな)」

 深い推理は一蹴し、もう気に留めない事にした。

「(はあ、お腹がいっぱいだと、すぐ眠気が来るんだな)」

 まだ寝ていないのに夢見心地な私。今の私、ぜってー浮かれてるな……。
 パンッと顔を叩いて、緩みを戻す。
 そして、明日の学校の準備に取り掛かった。
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