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怒り
1.
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センセーが家に来てから、家の中の空気が少しずつ変わってきていたのが分かる。
だって、あの母が私にあまり辛く当たらなくなった。
ご飯の差別も、少しだけ変わってきたような気がする。
少しずつ平等に、なってきている気がする。
希望的観測でなければ――
でも、だからこそ、私は油断していたのかもしれない。
「勉強で聞きたいことがあるから部屋に行くよ」
「うん」
「……海木くんと真乃花、随分仲が良いのねぇ」
「おばさん、それ、遠回しに俺の事をけなしてる?どうせ真乃花に教えてもらわなきゃ、赤点を回避出来ない頭だよ」
「そんなこと言ってないわよ~。真乃花が役に立つなら良かったわ。しっかり教えてあげてよね、真乃花。あなたに出来る唯一の事なんだから」
「そ、そうだね……」
「おばさん、言い方」
「あら、ごめんなさーい。
じゃあ――しっかりね……?」
「……うん」
私は母の恐ろしさを、見くびっていた。
その一言に、尽きる――
◇
「できた!」
「色々ありましたね」
「センセーがたくさん教えてくれたからだろ」
「あなたが世間の事を知らなさ過ぎたので、つい口出ししてしまいました」
二人して、私の部屋でテーブルに置かれた紙を覗き込んでいる。
紙には、文字がずらりと並んでいた。
一番上には「私のやりたいこと」と言う文字が書かれている。
「この家を出て、自由になって、私がやりたいこと……こんなにあるんだな」
「服を買う、好きな漫画を買う、映画を見に行く。そしてゲームをする――うーん」
「!?」
さっきは褒めてくれたのに、なんでため息!?
「不満でもあんのかよ」と言うと、センセーは困った顔で尚も画面を見続ける。
「いやね、だって、あなた女子高生でしょう?もっと、こう……
恋がしたい――とか、ないんですか?」
「え」
言われてみれば……確かに。
「でも、服買いたいとか、こういうのは女子っぽいだろッ?」
「そうですけど……あなたの場合、メンズの服を買いそうな気がします」
「さすがにそれはねーよ!」
バシッとセンセーを叩く。
すると、やっぱりセンセーは柔らかくて……。
私は、人の感触に、少しだけ安心する。
「なあセンセー。人って、柔らかいんだな」
「え……」
「え?」
「……いや、何でも」
「?」
目を開いて驚くセンセー。
な、なんだよ。私そんなに変なこと言ったかよ。
「なに?」
「だから、何でもないですって」
していないメガネをスチャとかけ直すしぐさをした後、センセーは再び画面を見る。
センセーは海木の姿に少しずつ慣れてきてるらしいが、メガネの癖だけは抜けないらしい。
「で、あなたの恋の話でしたっけ?」
「(話をはぐらかした?)」
不自然なセンセーの態度……違和感を覚える私を置き去りにして、センセーは勝手に話を進める。
「大樹くんに恋をしているから、したいことリストに”恋がしたい”と書かないのですか?あなたも一途ですね」
「い、一途っていうか……!
いや、だから……こんな私と結婚しよなんて言ってくれる奴は、大樹しかいねーよ」
「なるほど。となると、大樹くんを選んでいるのは消去法ですか?」
「は?」
瞬間、耳を疑った。
「自分と結婚してくれるって言ってくれたから、大樹くんに恋をしているのですか?」
「え、ちょ、」
「恋をしている――という言い方ではやや曖昧ですね。
では、単刀直入に聞きます。
あなたは大樹くんの事を好いていますか?」
「!」
なんか、恋バナみたいな感じになってきた。
いや実際は恋バナなんだけど……なんだろ。
センセーからの圧が、重い気がする。
「わ、分かんねーって言ったら?」
「自分が大樹くんの事を好きか分からない、という事ですか?」
「いや結婚はしてーよ。恋もしてるって……思ってたよ」
さっきまではな。
「でも、そんなに掘り下げて話されると、混乱するだろ。もう六年も会ってねーんだ。
前も言ったろ、大樹との思い出を忘れかけてんだよ、私は!」
その言葉に、センセーは首を傾げた。
「あなたと大樹くんほどの関係がありながら、その思い出を忘れるなんてこと、ありえますかねぇ?」
「な、なにが言いたいんだよ?」
「いえ、私はただ……」
「ただ?」
「……いえ、今はよしておきましょう」
その言葉に、私の体がガクッとズレた。
だって、あの母が私にあまり辛く当たらなくなった。
ご飯の差別も、少しだけ変わってきたような気がする。
少しずつ平等に、なってきている気がする。
希望的観測でなければ――
でも、だからこそ、私は油断していたのかもしれない。
「勉強で聞きたいことがあるから部屋に行くよ」
「うん」
「……海木くんと真乃花、随分仲が良いのねぇ」
「おばさん、それ、遠回しに俺の事をけなしてる?どうせ真乃花に教えてもらわなきゃ、赤点を回避出来ない頭だよ」
「そんなこと言ってないわよ~。真乃花が役に立つなら良かったわ。しっかり教えてあげてよね、真乃花。あなたに出来る唯一の事なんだから」
「そ、そうだね……」
「おばさん、言い方」
「あら、ごめんなさーい。
じゃあ――しっかりね……?」
「……うん」
私は母の恐ろしさを、見くびっていた。
その一言に、尽きる――
◇
「できた!」
「色々ありましたね」
「センセーがたくさん教えてくれたからだろ」
「あなたが世間の事を知らなさ過ぎたので、つい口出ししてしまいました」
二人して、私の部屋でテーブルに置かれた紙を覗き込んでいる。
紙には、文字がずらりと並んでいた。
一番上には「私のやりたいこと」と言う文字が書かれている。
「この家を出て、自由になって、私がやりたいこと……こんなにあるんだな」
「服を買う、好きな漫画を買う、映画を見に行く。そしてゲームをする――うーん」
「!?」
さっきは褒めてくれたのに、なんでため息!?
「不満でもあんのかよ」と言うと、センセーは困った顔で尚も画面を見続ける。
「いやね、だって、あなた女子高生でしょう?もっと、こう……
恋がしたい――とか、ないんですか?」
「え」
言われてみれば……確かに。
「でも、服買いたいとか、こういうのは女子っぽいだろッ?」
「そうですけど……あなたの場合、メンズの服を買いそうな気がします」
「さすがにそれはねーよ!」
バシッとセンセーを叩く。
すると、やっぱりセンセーは柔らかくて……。
私は、人の感触に、少しだけ安心する。
「なあセンセー。人って、柔らかいんだな」
「え……」
「え?」
「……いや、何でも」
「?」
目を開いて驚くセンセー。
な、なんだよ。私そんなに変なこと言ったかよ。
「なに?」
「だから、何でもないですって」
していないメガネをスチャとかけ直すしぐさをした後、センセーは再び画面を見る。
センセーは海木の姿に少しずつ慣れてきてるらしいが、メガネの癖だけは抜けないらしい。
「で、あなたの恋の話でしたっけ?」
「(話をはぐらかした?)」
不自然なセンセーの態度……違和感を覚える私を置き去りにして、センセーは勝手に話を進める。
「大樹くんに恋をしているから、したいことリストに”恋がしたい”と書かないのですか?あなたも一途ですね」
「い、一途っていうか……!
いや、だから……こんな私と結婚しよなんて言ってくれる奴は、大樹しかいねーよ」
「なるほど。となると、大樹くんを選んでいるのは消去法ですか?」
「は?」
瞬間、耳を疑った。
「自分と結婚してくれるって言ってくれたから、大樹くんに恋をしているのですか?」
「え、ちょ、」
「恋をしている――という言い方ではやや曖昧ですね。
では、単刀直入に聞きます。
あなたは大樹くんの事を好いていますか?」
「!」
なんか、恋バナみたいな感じになってきた。
いや実際は恋バナなんだけど……なんだろ。
センセーからの圧が、重い気がする。
「わ、分かんねーって言ったら?」
「自分が大樹くんの事を好きか分からない、という事ですか?」
「いや結婚はしてーよ。恋もしてるって……思ってたよ」
さっきまではな。
「でも、そんなに掘り下げて話されると、混乱するだろ。もう六年も会ってねーんだ。
前も言ったろ、大樹との思い出を忘れかけてんだよ、私は!」
その言葉に、センセーは首を傾げた。
「あなたと大樹くんほどの関係がありながら、その思い出を忘れるなんてこと、ありえますかねぇ?」
「な、なにが言いたいんだよ?」
「いえ、私はただ……」
「ただ?」
「……いえ、今はよしておきましょう」
その言葉に、私の体がガクッとズレた。
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