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悪役令嬢だって心変わりできるんです!④

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「貴女、目障りなのよ!いつもみたいに静かに傍観していれば良かったのに、なんでルイスなんかと…」

「あ、貴女には…か、関係ないことじゃないですかっ。」

「関係があるから、言ってるのよっ!あの娘が立ち直ったらダメなの!」


 何やら怒鳴り声が聞こえて私は教室に駆け込む。

 すると、そこには数人の令嬢と、エマの姿。エマは突き飛ばされたのか、令嬢の前で尻餅をついていた。

 私が勢いよく扉を開けたせいで、全員がこちらを驚いたように見ている。だけど、入って来たのが私だと理解すると、クスリと楽しそうに笑った。


「あら、ちょうど良いところに来たわね。」

「シルフィーナ…あなた何を…?」

「いい、エマ?貴女がルイスと関わるから悪いのよ。」


 何を言っているのかと、シルフィーナを睨み付けると、取り巻きの一人がシルフィーナに一冊の本を手渡した。それは、エマが大切にしている形見の本だった。


「な、何を…!」


 私が聞くよりも早くシルフィーナは、何の躊躇いもなく魔法で本に火をつけたのだ。そして、床に落とす。

 慌て駆け寄って本の火を払おうとしたが、魔法の火は払ったくらいで消えない。私は慌てて魔法を唱えて、火に向けて水を出現させた。シルフィーナの魔力は弱く、急ぎ唱えた簡単な魔法でも火を消すことが出来た。


「あらあら、それではもう読めないわね。貴女が、ルイスに関わったからいけないのよ。これに懲りたら、もう彼女に近づかないことね。」

「…謝って。」

「え?」

「謝ってと言ったのよ!!」


 パシンッ!


 私は怒りに頭が回らず、気付いたときにはシルフィーナの頬を勢い良く叩いていた。一瞬、呆けた顔をしたが、シルフィーナはすぐにニヤリと嫌な笑みを作る。

 それが私の逆燐に触れた。私は魔法を詠唱すると、氷の矢を産み出してシルフィーナに向けて放つ。

 もちろん外したが、それだけで恐怖心を植え付けるには十分だった。

 彼女は震え上がり涙を浮かべる。


「何事だっ!」

「トールさまぁ…」

「これは…一体…」


 部屋に飛び込んで来たのはトール様と令息や令嬢が数名。それに、リュカの姿もあった。

 私が驚き呆気に取られていると、シルフィーナが叫ぶ。


「トール様!る、ルイスが…わ、私に手を上げたのです。それに、魔法まで私に向けて…うっう…」


 駆け寄ってきたトール様にシルフィーナは抱き付くと、涙を流して訴えかける。


「ち、ちょっと待ってください。これは先にシルフィーナが…」

「ルイス!」


 怒鳴り付けたトール様は怒りの表情を私に向けている。こんな怒りに満ちた彼を見るのは初めてだった。私は驚きとショックで言葉が出てこなくなってしまう。


「この前のことで懲りたと思っていたのに…それでこれか?」

「だからこれはっ…」

「言い訳は見苦しいぞ!!」

「シルフィーナがっ!」

「また、そうやって彼女を虐めたのか。」

「そのようなことは…」


 なぜ、どうしてこうなった?助けを求めようとリュカを見るが、何だか怒った様子で睨んでいるように見える。

 その顔を見て、彼との約束を思い出した。どんなに嫌なことがあっても手を上げない。それを破ってシルフィーナに手を上げたから、怒っているのだろうか?


 確かに約束は破ってしまった。だけど、これは違うのに…


リュカも私の言葉を信じてくれないのね…


 私は悲しみで心が押し潰されそうだった。

 私が俯くと、トール様がこちらに歩いてくるのが足音で分かる。また小言かと顔を上げた瞬間、衝撃が走った。

 それが頬を叩かれたのだと気付いた時には、勢いで床に倒れ込んでいた。


「恥を知れ!!ルイス・シュヴァリエ!!…今日を持って君をこの学園から退学とする!」

「えっ?」


 私は痛む頬を押さえながら、トール様を見上げる。その隣ではシルフィーナがクスリと笑っている。


「これだけのことをしたのだ。退学だけで済むのだから、感謝して欲しいくらいだ。」

「まっ、待ってくだ…」

「お前の話など聞く気はない!」

「…っ」

「それから、婚約の解消もこちらで進めさせてもらう。いつまで経っても君からのサインは貰えそうにないからな。」


 私は絶望した。これで全てが終わったのだ。家も破綻して、家族全員路頭に迷うのだろう。私のせいで…

 立ち去ろうとするトール様とシルフィーナの背中を、私は絶望し眺めることしかできなかった。


「ま、待ってくださいっ!」


 その背中に叫んだのはエマだった。私は呆然として彼女の方を見ると、彼女は涙を浮かべながらも怒った顔をしていた。


「何だ君は?」

「エマ・コルベールと申します。トール様、ルイスは悪くありません!な、なぜ話を聞いて差し上げないのですか!?」


 エマの手は震えていた。彼女にとったらトール様との身分差はかなりある。その彼に反論するのだ。最悪の場合、家ごとなくなる可能性だってある。だけど、エマは怒りの目を彼に向けるのを止めなかった。


「何だ男爵家の人間か…。分かっているのかい?私に反抗したらどうなるのか?」


 背を向けていたトール様がこちらに戻ってくるので、私はエマを庇うように前へと立ちはだかり、睨み付けた。

 それが彼を苛立たせたのだろう。トール様はイラついた顔をして再び手を上へと上げた。

 また叩かれると思ったが、今度は目を反らさずに彼を睨み続けた。


「いい加減にしろっ!」


 怒りの声と共に手が振り下ろされる。


 バシッ


「いい加減にするのは貴方です。」


 そう言って私の前に立ったのは、先程まで扉の前にいたリュカだった。

 トール様の腕を握っている手に、力が入っていくのが分かる。どこに、そんな力があるのかと思うくらい、骨がミシミシと鳴る音が聞える。

 痛みに耐えられなくなったトール様は手を振り払うようにして、振りほどくと苦痛に顔を歪めた。


「貴様、何を…」


 トール様は言いかけて、その途中でリュカが指を鳴らすと、リュカがかけていた何かの魔法が解けたみたいだった。すると、彼の顔がどんどんと青ざめていく。


「トール様?」


 隣にいたシルフィーナが不安そうに声をかけるが、全く聞こえていないのか何かぶつぶつと呟いていた。


「シルフィーナさん…だったね?」

「え、ええ。」

「貴女には今日をもって、ここを辞めていただきます。」


 にこりと微笑んでえげつないことをいうリュカ。そんなこと通るはずがない。と、思ってみていると、シルフィーナもそう思っているのだろう。リュカを鼻で笑った。


「貴方に何の権限があるというのです?」

「…止めるんだ。シルフィ。」


 そう言って彼女を止めたのはトール様だった。


「で、ですがっ!」

「止めるんだっ!」


 彼の気迫に負けて、シルフィーナはそれ以上は何も言わなかった。


「もちろん、貴方にも処分が下りますから、それまで大人しく家にいてくださいね。」

「ですが、リュ…」

「リュカです。」

「り、リュカ様。シルフィーナは被害者なのです。なのに退学は…」

「あなた…それ、本気で言っているのですか?」


 背中で顔は見えないが、その怒気はすごく怖かった。あのトール様が涙目になっているのだから、相当だろう。


「ルイスの火傷した手や焦げた本を見れば、何となく状況が分かりませんか?」

「え?」

「まさか貴方、そんなことにも気付いていなかったのですか?」


 リュカに言われて、トール様が私の手や床に落ちた本を見た。そして、初めて状況を理解したのか、その場に崩れ落ちる。


「では、私は彼女たちの手当てをしたいので、これで失礼します。」


 リュカはそう言って、私の方を振り向いた。


「キャっ…」


 そんな乙女のような声を上げたのは、リュカが私を横に抱き抱えたから。下からリュカを見上げる体勢で視線が合う。


「ごめん。すぐに手当てをするから。」


 リュカは自分を責めているようなそんな顔をしていた。だけど、視線はすぐに前に戻されて、彼は私を抱いたまま急ぎ部屋を出る。後をエマが追った。


 リュカが連れてきたのは、図書室だった。私を椅子に座らせると、治癒の魔法をかけてくれる。


「あ、ありがとう。」


 視線が合わせられない。私がもじもじしているうちに、エマの本も魔法で直すリュカ。


「ありがとう、リュカさん。」

「どういたしまして。」

「それじゃあ、私は帰るね。」

「えっ!?」

「だってもうこんな時間ですもの。また明日ね、ルイス。」


 そう言うと、エマはさっさと図書室を出ていってしまう。最後に彼女がウインクしていたから、気を遣ってくれたのだろう。だけど、私は先ほどの事で頭がいっぱいで、話そうと思っていたことがどこかに飛んでいってしまっていた。
 この状況で二人きりにされてしまい、私はさらに気まずくなる。怒っているのだろうかと、私が目も見れずに困っていると、リュカはため息をついてから口を開いた。


「別にもう怒ってないよ。」

「もうってことは怒ってたのでしょ。」

「そりゃあそうだよ。」

「私が、約束を破ってシルフィーナに手を上げたから…でしょ。」

「本気で言ってるの?怒るよ?」


 少し怒気が混ざった声色に、私はリュカを見る。


「違うの?」

「あの状況でそんなこと思う訳ないでしょう。…私ってそんなに信用ないのかな…」

「じゃあ、なんで怒ってたの?」


 私の問いにリュカは諦めたような、呆れたようなため息をついた。


「一番は、ルイスが怪我をしていたことが原因なのだけど。君に対して怒っていることは、私に助けを求めなかったことだよ。」

「助け?」

「なんであの時、助けを求めなかったの?アイツに何を言われようと、信じてって叫べば良かったんじゃない?」

「そ、それは…」

「私が信用できなかった?」


 本当のところを言えば、違うのだが、リュカにとっては同じことだろう。リュカに見放されたのだと思い込んで、ショックを受けていたからだと、私は言えなかった。


「こんな悲しいことはないですよ…シクシク」


 嘘泣きなのは分かってはいるが、何だか申し訳ない気持ちにはなる。


「ご、ごめんなさい。信用してない訳じゃないのよ。」

「本当に?」

「え、ええ。」

「まぁ、そう言うことにしましょうかね。」


 ふぅ。と、ため息をついてからリュカは、ニコリと楽しそうな意地悪そうな笑みを浮かべる。


「それで、貴女からの話とは何でしょうか?」

「えっ?」

「えっ?じゃないよ。今日はルイスに呼ばれたから、時間を作って来たんだよ。」


 突然言うから思わず惚けてしまったが、今日は私が彼を呼び出したのだ。

「そ、相談は家のことよ。本当はトール様との婚約解消のサインをするか悩んでて相談したかったのだけど、でも、先程の事があるから婚約解消は決まりでしょうね。」

「そんなこと?あんな奴、結婚しない方が良かったよ。サインするかどうかで悩んでたの?」


 呆れたように驚くリュカに私は頬を膨らます。


「家が安泰なリュカには私の気持ちなんて分からないでしょうね…。父が悪いと分かっていても、両親を路頭に迷わせるなんてしたくないのよ。だけど、このままじゃ…」

「大丈夫。問題ないよ。」

「えっ?」

「まぁ、騙されたと思って私を信じてよ。」

「わ、分かったわ。」

「はい、じゃあ相談事は解決。…で、伝えたいことの方は?」


 気になるという顔で聞いてくるリュカ。彼はおそらく、私が何を言うのか分かった上で楽しんでいるのだ。なんと質が悪いのだろう。

 そんなことを思いながらも、リュカに伝える言葉を探していると、笑顔のままゆっくりと近づいてくるリュカ。


「ちょ、ちょっと待って!」

「待てません。昨日からずっと待っていたから、もう待ちきれないんだよね。」

「だ、だから…そ、その…」

「その?」

「この前の続きがしたいのっ!」


 私、何を言っているのでしょう。頭がパニックになり、色々考えていたことをすっ飛ばして、思ったことをそのまま伝えてしまったのだ。ハッとなり目の前の青年を見ると、獣が獲物を見つけたような顔をしている。少し怖いのだけど、何だかドキドキと胸が高鳴り、綺麗な青の瞳に吸い込まれるように視線が外せなくなる。


「良いの?」


 聞きながらも近づいてくるリュカ。唇が触れそうになる程に距離が近づく。私は恥ずかしさのあまりに目を閉じた。息づかいが聞こえる程に近い距離。


 チュッ


 額にキスをされる。耳元にはクスッと笑った声が届き、さらに胸を締め付ける。


「可愛いね。」


 そう囁いてから、でも彼は離れてしまう。


「そんな顔しないでよ。流石に婚約前の女の子にこれ以上は…ね。続きは数日後に正式な形で。」

「えっ?」

「君の気持ちも聞けたことだし、私はやることがあるので今日はこれで失礼するよ。門までは送るから。」


 リュカに手を差し出されて、その手を取るとエスコートしてくれる。私はまだ胸のドキドキが収まらず、彼の顔をまともに見れなかった。



 それから、数日の間は特に何事もなく私は驚くくらい平和に過ごしていた。シルフィーナはあの日以来、学校には来ていない。噂では、退学になったことを受け入れられなくて、荷物すら取りに来ないらしい。

 一方で、トール様は爵位的に退学は免れたようだけど、数ヵ月の謹慎と厳しい処罰を受けたと聞いている。処罰の詳細は分からなかったが、降爵の話も出ていると噂になっていた。

 確かにシルフィーナもトール様も酷いとは思うが、降爵まで出来るなんて…。リュカへの謎は深まるばかりだった。


 あれ以来、私はエマのことが心配で、一緒に帰ることが多くなっていた。この日も、エマと一緒に帰って、自室に招いてお茶をしていた。

 バタバタと屋敷内が騒がしいことに、エマが気づいてドアの方を見て首をかしげた。


「何かしら?」

「うーん、お客様が来るとは聞いてないんだけど…急な来客かなぁ?」

「あれからリュカさんは?」

「全く音沙汰なしよ。」

「そうなの?魔法とかでのやり取りは?」

「それもなくて…。」

「自分からはしないの?」

「えっ?」


 ムリムリムリ!と、両手を前に付き出して全力で首を左右に振ると、クスッと笑われてしまう。


「せっかく通信魔法?というのが出来るのでしょ?」

「そ、そうだけど…無理だよ。」

「何で?」

「何だか恥ずかしくて…」

「フフ、ルイス可愛い。」

「え?」

「やっぱり、恋する女の子は可愛いわね。」

「ち、ちがっ…」

「違うの?」


 聞かれて違うとは言えなかった。その反応を楽しんでいるのだろう、エマは楽しそうに微笑んでいる。


 コンコン


 扉が叩かれて私が入るように言うと、慌てた様子で母が飛び込んできた。私は驚き立ち上がる。


「ど、どうしたのですか?お母様。そんなに慌てて…」

「ルイスちゃん!た、大変なの!!」


 走ってきたのだろう息を切らせて、叫ぶ母はとても動揺しているようだった。いつも物静かな人なのだが…只事ではないのだと私も身構える。


「落ち着いて、お母様。とりあえず、座ってください。」


 私は席を立つと母に譲る。

 そして、カップに紅茶を注いで手渡した。母はそれを受けとると、ゆっくり口にする。


「落ち着きましたか?」


 エマも心配そうに声をかけると、母は小さくため息をついてから私を見た。


「お、お…」


 母は私の袖を掴むと、青ざめた顔でこちらを見る。


「王太子がいらしたのよっ!」

「ええっ!?」


 私は驚きすぎてエマに助けを求めるように視線を送ると、彼女も驚いた様子でこちらを見る。


「それで、貴女を呼んでくるように言われたのよ。ど、ど、どうしましょう?」

「とりあえず落ち着いて、お母様。」


 言いながらも、私自身動揺していた。王太子がわざわざなぜ?思い当たることと言えば、先日の出来事くらい。トール様が何か言ったのだろうか?

 彼の爵位があれば王太子に会うことは不可能ではない。それくらいしか考えられなかった。


「と、とりあえず、行ってくるわ。…エマ、母をお願いできる?」

「ええ、もちろん。何かあったらここにいるから逃げて来て良いからね。もし、この前の事なら、私もちゃんとお話するから。」


 私はその心強い言葉に勇気をもらうと、王太子が待つ客間へと向かった。


 扉を叩くと、メイドが中から開けてくれる。そして、部屋の中に入って、私は言葉を失った。

 部屋には豪華な調度品が並び、ちょうど真ん中に机、周りにソファが二脚置かれている。家では一番良い部屋だ。
 だけど、そこにはそれ以上輝いているのではないかと思う、煌びやかな服に身を包んだ青年が優雅に座っていた。少し青みがかった黒髪に空のような青い瞳がこちらを見つめている。


「驚いた?」


 目の前の青年は、そんなことを悪戯に笑って楽しそうに言うのだ。


「り、リュカ?こ、こ…」


 私が驚いているのを楽しんでいるという顔をする。


「こ、今度はどんな嫌がらせなのっ!?」


 シンと、静まり返る部屋。メイドはただでさえ緊張で倒れそうなのに、私の態度を見て生きた心地がしなかったのだろう。顔が青ざめていた。


「ぷっ…アッハハハ!!」

「な、何が可笑しいのよっ!」

「…笑いたくもなるさ。だって、君はこの状況が私の悪戯だと思っているんだろう?」

「当たり前じゃない。」


 涙を拭いながら、リュカは腹を抱えて楽しそうに笑っている。


「ルイスは王太子の名前を知ってる?」

「もちろんよ。リュミガルカ・オルレアン様よ。」

「そう、リュミガルカ。」

「だから何よ?」

「それ聞いて気付かないの?」

「だ、だから何が…」


 うん?リュミガルカ…リュ…カ?

 私はやっと、リュカの言いたいことが分かり、唖然と彼を見る。


「気付いたかな?」

「王太子って…」

「そう、私がリュミガルカ・オルレアン。で、リュカの正体でした。」


 驚いてなにも言えない私を見て、リュカは心底楽しそうに見える。


「このまま君の相手をしていたら、日が暮れてしまいそうだから…」


 リュカは立ち上がると、私の手を取りに膝をついた。それは、この国の正式な申し込みをする時の所作で、リュカは青い瞳で私を見つめた。


「ルイス・シュヴァリエ。」

「は、はい。」

「どうか私と結婚して頂けませんか?」

「は、はい。…えっ?」


 今なんて…?私は頭が真っ白になる。返事しちゃったけど、今結婚って言わなかった?

 私が混乱している一方で、リュカはとても幸せそうな笑みを見せる。その笑顔に私は全てがどうでも良いと思った。


 グイッと、私の腕を引きながら立ち上がったリュカは、よろけた私を抱き止める。腕が背中にまわされて、ギュッと抱き締められた。


「これで続きができるね…ルイス。」


 悪魔的な囁きに私の心臓は早鐘を打つ。こちらを見つめるリュカの頬も、少しだけ赤くなっている。ゆっくりと距離が縮まり、唇と唇が触れそうな距離まで近づく。


 今度は離れることなく唇が重なる。

 止まっていた二人の時がゆっくりと動き出した。
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