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星空の約束 ①

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 私の生まれた世界では5歳になると、魔力が出現する。どうしてなのかとか、どうやってなのかとかは分からない。ただ、それが人間にとって当たり前の事なのだ。

 だから私も5歳誕生日を迎えた日、今か今かとその時を待った。こんな魔法を使ってみたいとか、 魔法でこんなことをしてみたいとか、その日だけは普通の子供のようにわくわくしていたのを覚えている。



 だけど、

 私に魔力が現れることはなかった。



「…ルネ様。魔力がないそうよ。」

「ええっ?まさか。」

「そうなのよ。私も先程そう聞いて、驚いていたところですのよ。」


 噂はたちまち広がり、私が学校へ行けば、ひそひそとその話しをする声が聞こえてくる。昨日まで仲良く話していた友人ですら、私を遠ざけた。私が学校に通うことすら出来なくなるのに時間はかからなかった。

 だけど、家にいれば顔を合わせる度に父と母の揉め始める。内容はもちろん、私に魔力が出現しなかったことだ。


 毎日、母が嘆いて父が頭を抱える。誰が悪いのかと父が言い出し、母はヒステリックになって涙を流す。




 きっと…


 私がいなければ両親は悩まないのだろう。


 10歳になった私はそう考えた。




 夜中、皆が寝静まった頃に、まとめていた荷物をベッドの下から取り出すと、私は屋敷を一人出た。


 街も出て、私は森の中を歩いている。本に出てくる夜の森は大体どれも静かな表現で書かれているのに、実際の森は想像以上に騒がしかった。虫の声、風の音そのどれもが不気味に聞こえて、私の背筋を凍らせる。

 月の光が差し込んでいて、夜でも明るくかったので歩くことに不自由はなかった。だが、獣の声が聞こえる度に私は足がすくんで歩けなくなる。

 野宿しようにも火を起こせなかった。もっと知識を身に付けれ来れば良かったと後悔しても遅い。


 カザッ


 少し先の茂みが動き、ドキッと心臓が跳ねる。逃げたくても、足がすくんで動けない。獣の唸り声も聞こえて、恐怖に足が縺れて転んでしまった。


 グルルゥ…


 涙で視界が霞む。ボヤけてよく見えなかったが、獣のような姿を捉えて、私は恐怖に目を閉じた。


「なんじゃ?人かの?」


 年寄りみたいな口調なのに、それに全くと言って良いくらい似合わない少年の声が聞こえて、私はゆっくり目を開いた。

 目の前に映ったのは一人の少年だった。不思議に思ってみていると、少年が再び口を開く。


「どうした?迷子かの?」

「わ、わた、わたし…」

「ふむ…とりあえず落ち着いた方が良さそうじゃの。すまぬが話は後でも良いかの?」


 少年はそう言うと、ヒョイと私を軽々持ち上げて、横抱きにする。そして、そのまま駆け出した。そのスピードは速すぎて、景色を見ていたが目が追い付かなくて気持ち悪くなる。


「しゃべるでないぞ。舌を噛むといかんからな。」


 言われて、私は開きかけた口を閉じた。

 なぜこんな森の中に少年がいるのか?なぜこんな速さで走れるのか?なぜ、彼の瞳は光って見えるのか?―疑問は色々あったが、静かに少年の顔を不思議な気持ちで見つめていた。


「そんなに見つめられると照れるのぅ。」


 不躾に見すぎたと、私は視線を外した。


 しばらくして、少年は一軒の小さな家の前で私を下ろし、家の中へと招いた。


「今お茶でも出すから、適当にくつろいで待っててくれ。」


 少年に言われて、ソファに腰を掛ける。家の中は一人暮らしには十分過ぎる広さで、生活に最低限必要な家具だけがそろっている。どれもが綺麗に片付けられていて、スッキリとしていた。

 ただ、本の量が異常で、部屋の壁を本棚が埋め尽くしている。

 背表紙を見ると、ほとんどが魔術に関するものだと分かる。


「魔術に興味があるのかの?」

「いえ…」


 お茶を手にして入ってきた少年に目を移すと、彼は私の前にお茶を置いてくれる。


「ありがとうございます。」


 礼を言って受け取り、私はお茶を口にした。口の中に花の甘い香りが広がり、緊張で凍りついていた心を解してくれる。ほぅ…と、ため息が漏れた。


「最近森で取れた花を乾燥させて調合した自信作じゃ。」

「とても美味しいです。」

「そうじゃろう!」


 子供のように嬉しそうにはしゃぐ少年は、見た目どおりの年齢に見える。漆黒と言っても良いくらいの真っ黒い髪は肩まであり、一瞬女の子かと思ってしまうような容姿をしている。瞳の色は赤茶色でこの国では珍しい色をしている。

 だが、先程森の中で見た彼の瞳はルビーのように真っ赤な色に見えたのにと私は不思議に思った。


「自己紹介がまだだったのう。わしはエルヴァじゃ。」

「私はルネ・ラファイエと言います。」

「それで、主はなんであの森にいたんじゃ?迷子かの?」

「いえ、迷子ではありません。」


 私の答えに不思議な顔をするエルヴァは、首をかしげた。


「家を出てきたのです。」

「こんな真夜中の森にかの?自殺行為じゃよ。」

「別に良いんです。」


 エルヴァは難しい顔をしている。


「なぜかのぅ…」

「え?」

「なぜ、そう人間は命を粗末にするのか…。ただでさえ儚い命だというのにのぅ。不思議じゃよ。」


 フムと考え込み唸り出すエルヴァ。


「私は必要とされていないのです。」


 エルヴァは私を見るがその表情に感情は読み取れない。何も言って来ないので、話を続けろと、言っているのだろう。


「5歳になると魔力が出現して、魔法が使えるようになるのはご存知ですよね?」

「うむ、人間はそうだと聞くな。」


 言い方に疑問を感じるが、とりあえずは私の話をした方が良い思い、掘り下げることはせずに言葉を続けた。


「私は10歳ですが、魔力は現れません。」

「それで?」

「えっ?」


 不思議そうに首をかしげて、続きを待つエルヴァに私は戸惑う。

 だって、普通は魔力がないと言った時点で、哀れまれるか奇異な視線を向けられるかなのに。

 だけど、エルヴァはそのどれでもない反応を示した。


「なんじゃ、それだけかの?」

「それだけって…」

「うーん…人間は分からんのぅ。なぜ、魔法が使えないだけで、つま弾きにされるのか。か弱いのだから群れなければいけないのに」

「…群れるからこそ、その中でも弱い役立たずは排除したいのではないでしょうか?」


 私は口からぽろっとこぼれた言葉に口を塞いだ。余計なことをしゃべったと後悔する。

 だが、エルヴァはすごく納得したような、満足そうな笑みを見せた。

 私はそんな彼の態度を不思議に感じて、思っていたことを聞くために口を開いた。
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