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魔力量を理由に婚約破棄されたのですが、愛のない結婚なんて興味ありません ④
しおりを挟む結局遅くなってしまったということもあり、ルーカスも一緒に食事をしていくことになった。父も戻り、4人で食卓を囲む。
ルーカスは父と会って初めは緊張していたようだが、魔道マニア同士、話が合わない訳がなく、すぐに会話は盛り上がり楽しそうだった。
ルーカスは食後のデザートまでしっかりと食べてのんびりとしていた。それでも帰るときは、名残惜しそうに門へと向かう。
何故か母も一緒に見送りについて来る。
「是非、またいらしてください。クルスも喜ぶわ。」
「ありがとうございます。ランドール夫人。」
「エミリーも良かったわね。彼なら色々と話が合うでしょう?」
「お、お母様…」
嫌な予感がして母の口を塞ごうとするが、一歩遅かった。
「親と違う属性の魔法を扱う者同士で良いじゃない。」
「どういうことですか?」
チラリと私を見つつ、母に問いかけるルーカス。
「あら、話していないの?この子も私とクルスが持っていない属性の魔法を扱えるのよ。」
「お、お母様ッ!」
「…」
ルーカスは黙って俯いてしまう。
「る、ルーカス、あのね…」
「…どうして黙っていたの?僕が哀れに見えて、自分も同じ立場になりたくなかったかい?」
「ち、ちがうわ!話そうかと悩んでいたの…」
「どうかな?そんなの今を取り繕うための嘘かもしれないだろ。」
「ほ、本当よッ」
「…ランドール夫人、今日はお招きいただきありがとうございました。僕はこれで失礼いたします。」
言い逃げをしてルーカスは馬車に乗り込んでしまう。私の言葉なんて耳にも入れてくれなかった。
あの後、母には散々謝られたが、私はそれよりも彼の態度の変わりようにショックを受けていた。
「オルコット家はね、家庭環境が良くないんだ。」
「それは、ルーカスが原因なの?」
「悲しいことにね。」
父は寂しそうに笑った。隣では落ち込む母が私と父の会話を静かに聞いている。
「魔法の属性が遺伝だと言うのは、誰もが当たり前だと思っていることなんだ。正確には違うのだけど、それを覆すには膨大な研究結果が必要で、ものすごい時間がかかるだろう。」
「引き継がれる属性は遺伝じゃないということ?」
「うん、最近の研究で分かってきたんだ。魔法の属性にも相性があってね。例えば水と火は相性が悪いんだ。それは、エミリーにも分かるよね?」
「ええ、火は水で消えてしまうから。」
「そうだね。それと同じように、地と雷、光と闇、と言うようにこれらはそれぞれ相性が悪いんだ。だから、それを同時に持つ人は普通はいない。」
「でも、お母様は?」
「うん、そうだね…。ただ、これだけははっきりしたんだ。相性が悪い属性の親から生まれる子供は、全く違う属性をもって生まれることがあると言うことを…だけど、まだまだ、研究が足りない。アイリスのような異例なこともあるからね。」
苦笑する父に私は何だかホッとした。考えないようにしていたし、そんなことはないと思っていたけれど、心のどこかでは両親とは血が繋がってないのではないかと、疑っていたのかもしれない。
こんなに恵まれた家庭環境で育った私ですらそう感じているのだから、ルーカスの不安はこんな比ではないだろう。
「聞いた話だけど、オルコット家では夫人が余所の男と子供を作ったんじゃないかって、言われているらしい。」
「そんな!」
「うん、エミリーの気持ちは分かるよ。だけど、これが今の現実なんだ。」
私は何だか寂しくなって、父と母に抱きついた。幼い子供のように甘えても、二人は私を蔑ろにせず優しく抱き締めてくれる。
「愛しているよ、エミリー。」
「貴女は私たちの大切な宝物よ。」
「ありがとう、お父様。お母様。」
「ああ…そうだ。私が最近書いた研究結果をまとめた資料を、ルーカス君に読んでもらうと良いかもしれない。まだまだ周りの理解を得るには時間がかかるけど、今の彼の心を少しでも救えるかもしれないよ。」
そう言って父は次の日、その研究結果を私に渡してくれた。
私は授業なんてそっちのけで、その文献に目を通した。そこに書かれていたのは、今までの常識を覆すような内容だった。
ルーカスと揉めたことなんて忘れて私は彼を探した。早くこの文献を見せたいと思ったのだ。
そして、授業が終わった後、学校の中庭でやっと彼を見つけることができた。そこには、前にルーカスに突っかかっていた男子学生たちがいて、その中にはオスカーの姿もあった。
「捨て子のルーカスが何をやってるの?ここは君のような人間が来て良い場所じゃないって、何度言えば理解するのかな?」
「…」
オスカーがルーカスを中傷するが、ルーカスは以前同様でなにも返さない。
「お決まりのだんまりかい?まぁ、いいさ。…それより最近、エミリーといるみたいだね。ルーカス。」
「…」
「あんな女のどこが良いんだい?あのランドール家の生まれだと言うのに、魔法は1つの属性しか使えない。気品もなければ女性らしさもない。」
聞いていた私は腹が立って魔法の詠唱を始めようとしたが、ルーカスの口が開いたので私は思い止まりそちらに耳を傾けた。
「…それは、オスカー様だからではないですか?」
「何だと?」
「貴方に対してだけ、そうだったのではないかと申し上げました。私には、可愛らしい姿を見せてくださいます。」
「なっ…」
な、なに言ってるのよー!
と、私は一人で顔から火が出る思いになる。
「オルコット家の分際で、ミルフォード家を愚弄するか!」
「飛んでもございません。ただ、私の事であれば何を言われようが構いませんが、彼女を…エミリーのことを悪く言うのは止めてください。」
「オルコット家風情が黙って聞いていれば!そのなめた口を聞けなくしてやる!!」
オスカーが手を上げると、3人の取り巻きが一斉に呪文を唱え始める。ルーカスも呪文を唱え、最初の一人が放った雷の魔法を地の魔法で払う。だが、残り二人の魔法もすぐに完成した。
目の前に出現したのは、雷と水の魔法だった。それぞれがルーカスを襲う。
「『炎よ』」
私の言葉に反応するように現れた炎は、二つの魔法を飲み込む。
「なっ、打ち消しただと!?」
「あら、誰かと思えばミルフォード侯爵家のご令息ではありませんか。ごきげんよう。」
「エミリー!」
「あらあら、もう婚約者ではないのですから、その呼び方は止めていただけます?」
先程の仕返しとばかりに、嫌みたっぷりに言うと、私の言い方が気に入らなかったらしく、舌打ちをして睨み付けてくる。そのオスカーの横で取り巻きがさらに魔法の詠唱しようとするのを、私が見逃すはずもない。
「『氷よ』」
私の言葉に合わせるように、詠唱していた男たちの口だけが氷漬けになり動かなくなる。
「氷?どういうことだ」
問かけながらも気づかれないように魔法の詠唱をするオスカー。もちろん、それにも気づいていない訳がない。だけど、今度は相手の方が先に詠唱を終えた。
「『光よ』」
出現したのは光の玉。それはどんどんと大きくなっていく。
「学校を退学すると約束するなら消してやる。」
「4対2なんて卑怯じゃない。」
「フン、そんなこと関係ない。こちらは、お前たちが目障りなんだよ。同じ侯爵家の恥さらしがッ!」
怒鳴り散らすオスカーには気品の欠片も感じられない。
そんなやり取りを黙ってみていたルーカスが顔を上げた。
「…分かった。」
「学校を辞める気になったか?」
オスカーの言葉にコクンと頷こうとするので、私は手を伸ばしてそれを止める。
「必要ないわよ。」
「エミリー…僕たちに勝ち目はないよ。」
「ルーカスの判断が懸命だな。本当、良かったよ。君のような馬鹿な女と婚約を解消できて」
「その言葉、そのままお返ししますわ。『闇よ。』」
「な、闇魔法だって!?」
驚くオスカーの目の前に現れたのは漆黒の玉。それは光の玉よりも早く大きくなると、あっさりと光を飲み込んで消えてしまう。
「お話していませんでしたわね。わたしく、クワットロですのよ?火、闇、地、氷ですわ。魔力量で相手を選んで結婚?もし、わたくしがそういう考えでしたら、貴方なんて眼中にもありませんわよ。」
「騙していたのか!」
「騙してなんておりません。お伝えしなかっただけですわ。」
「婚約者なのに言わないのはおかしいだろッ!」
逆上して怒鳴り散らすオスカーの姿は見ぐるしい限りだった。
「婚約者なのに浮気するのもおかしいですわよ。それに、訂正させていただきますが、もう婚約者ではありませんので、正確には"婚約者だったのに"ですわ。そこを間違えないで頂きたいですわね。」
悔しそうにするが、言い返せないようでオスカーは黙ってしまう。
「ああ…それからわたくしの母がカンカンでしたわよ。アイリス・ランドールを怒らせるなんて、貴方、命知らずですわね。」
ニコリと微笑んで見せると、オスカーの顔は一気に青ざめる。
「あら、顔色が悪いですわね。早くお家に帰った方がよろしいのでは?対策を練らないと、ミルフォード家終わりますわよ?」
もちろん、私が止めているから、今のところ、母はなにもしていない。だけど、今日のことを話せば、私でも止められなくなるだろう。家が燃やされるくらいで済めば良いけど。
私の言葉を聞いて、ことの重大さに気づいたのか、オスカーは慌てて背を向けると逃げ出すような形で消えていく。おそらくは屋敷へと急ぎ戻るのだろう。その後を慌てた取り巻きたちもついていく。
「ふぅ…」
息を吐くと軽い眩暈に襲われる。
「大丈夫?」
慌てて駆け寄ってきたルーカスが私の背中に手を当てて支えてくれる。
「大丈夫よ。慣れない魔法は消耗が激しいみたい。ありがとう。」
「お礼を言うのは僕の方だよ。助けてくれてありがとう。でも、何でここに?」
「昨日のことを謝りたくて」
「あ、謝る必要なんてないよっ。あれは僕が悪いんだ。だって…」
「私がそんなこと考えているはずない。でしょ?」
私が苦笑して言うと、ルーカスもつられて笑う。
「これをルーカスに渡したかったのよ。」
「これは?」
「お父様が書いた最新の研究結果の資料よ。ルーカスが知りたい内容だと思うわ。」
私の言葉に渡した紙を受け取ると食いつくように見る。興奮しているようで、資料を持つ手が震えている。
「読んでも?」
「もちろん、そのために持ってきたのだから。」
私はルーカスに飛びきりの笑顔を向けたのだった。
その後、研究結果を読み終えたルーカスはその内容を両親に話をしたようで、多少家族環境が良くなったと教えてくれた。それは、私にとっても喜ばしいことだった。
それから、彼は毎日のように家に来ては文献を読み漁っていた。その姿はとても生き生きしていて楽しそうだ。
ただ、やはり没頭すると周りの声が聞こえないようで、私はもう習慣のようにルーカスへ近づくと肩に手を置いた。そして、彼の耳元に唇を寄せようとして、彼が先に動く。
囁こうとしていた唇は彼の唇で塞がれる。
静かな時間だけが過ぎる。
私は段々と恥ずかしくなり耳が熱くなって、唇を離した。
「な、なな何するのよッ!」
「君がそうするのは、キスして欲しいって意味だって…君のお母様が」
……
「……あれ?違うの?」
「なにそれ…」
「…もしかして、僕、ランドール夫人に騙された?」
困ったようにルーカスは笑う。頬がわずかだけど赤く見えた。
「違ったならあやま…」
謝るよ。と、言おうとするルーカスの唇を今度は私が奪った。
触れた唇を離なして彼の顔を見ると、少しだけ驚いた表情をしていた。
「謝る必要ないわよ。…間違ってないのだから。」
自信をもって言うつもりだったのに、恥ずかしくなって尻すぼみになる。そんな私を見て、ルーカスがクスリと笑った。
「今度、正式に婚約を申し込むつもりだよ。」
「え?」
「僕はデューエで君はクワットロ。魔力の差では君に敵わない。エミリーにとってメリットなんてない婚約かもしれない…。けど、僕が君と一緒にいたいんだ。…ダメかな。」
頬を染めながらも一生懸命に想いを伝えてくれるルーカスは、私にとってなくてはならない存在になっていた。だから、彼の言葉はとても嬉しくて涙が出そうになる。
「ダメなんてことないわ。私は魔力なんて気にしない、笑顔の絶えない愛のある家庭を築きたいの。それだけ約束してくれるなら」
「ああ、もちろんだよエミリー。一緒に幸せになろう。」
もう、私は両親を羨ましいと思うことはなくなっていた。それは、焦がれた優しい微笑みをくれる大切な人を私が見つけたから。
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