不遇の花詠み仙女は後宮の華となる

松藤かるり

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3章 宝剣の重み

4.選ばれる者と選ばれぬ者(3)

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(融勒様の自信は……どこから来たものだろう)

 融勒の言を思い返す。

(あの鬼霊のことを融勒様自身に似ていると語っていた。だから思い込んでしまった?)

 そう考えていた時、秀礼がこちらを見た。紅妍が何を考えていたのか彼に伝わっていたのだろう。「鬼霊のことか」と確かめた後に続ける。

「少し話は変わるが、永貴妃の件で気になることがある。お前の話を聞いて、それに関する鬼霊じゃないかと思ってな」
「それはどんな話でしょうか?」
「昔、春燕宮に勤めていた宮女がいなくなっている。しゅう寧明ねいめいという者でな、融勒が生まれた翌日から姿を消しているらしい」
「姿を消すということは、何かあったのでしょうか」
「噂だが――永貴妃はひどい難産で、子の産声が二つだったという話がある。真相は私にもわからんがな」

 紅妍は息を呑んだ。産声が二つとは不思議な話である。

「噂はともかく周寧明が姿を消したことは間違いない。周家はそこそこの家柄で永家とも関係があるのだが、なぜかお咎めはなかったようだ。それどころか永家は周家を優遇している――例えば、大都の西と南に水を流す丁鶴山の河川管理とかな」
「丁鶴山……確か大都の疫病は水に原因があるかもしれないと話していましたね。地域は西と南に限られ、その地域は丁鶴山から至る川から水を運んでいると」
「数年前から丁鶴山の河川管理は周家の娘になった。息子らは武官として宮勤めをしているから娘しかいなかったのだろう。その娘は宮勤めをさせてもよい年頃だと思うが、どういうわけか一度も宮城にきたことはない」

 一気に話が繋がっていく。まさか鬼霊の件が大都の疫病や丁鶴山に繋がるとは思ってもいなかった。そしてその娘がどうもきな臭い。何かあると踏んでいるのは紅妍だけではなかった。秀礼が顔をあげる。

「娘はおそらく丁鶴山近くの小屋にいる。管理者は川の近くに住むことが定められているからな。だが大都の西外れには周寧明が住む家がある。まずは周寧明に話を聞きたいところだが――」

 秀礼はそこで言葉を濁した。これから向かうのは西外れだと言っていたので、周寧明の元に向かうことは間違いないだろう。秀礼は清益に調査を頼んでいたと思われるが、それがうまく進まなかったに違いない。そうなれば、紅妍の出番というわけだ。

「……なるほど。わたしの花詠みで、わかることがあるかもしれないと」
「理解が早くて助かる。この件にはお前の力が役立つと思う」
「わかりました。お役に立てるよう頑張ります」

 それを聞いて、紅妍は頷いた。この件にどのようにして鬼霊が絡むのかはわからない。けれど、考えるより早く、彼の願いを叶えたいと動いていた。
 これが融勒や永貴妃ならば、しばし返答に迷ったのかもしれない。これが秀礼の頼みであるから、動きたいと考えてしまう。

(どうしてだろう。秀礼様の頼みは叶えてしまいたくなる)

 秀礼は端正な顔立ちをしている。そのことに気づけば、横顔を眺めることさえ罪のように思えてしまう。紅妍はさっと目をそらした。

(境遇の近さや果物などの贈り物に絆されているだけ。きっと、そうだ)

 胸中に、ふつふつとした感情がある。けれど、そういったものはよくないと無意識のうちに蓋をした。

「よし、では向かうか。周寧明の家はもう少し先にある」

 秀礼がそう言ったので、紅妍は立ち上がる。

 出発するのだろうと思っていたが、言い出した本人である秀礼はまだ動こうとしていない。懐から何かを取り出そうとし、悩んでいるようだった。

 行かないのだろうか、と紅妍が小首を傾げる。秀礼は少しまごつきながら答えた。

「その……私は、お前に……」
「何でしょうか」

 どうも歯切れが悪い。このような秀礼の姿はあまり見たことがない。何かあったのかと訝しんでその顔を覗きこむ。

「……融勒の件で、私はかなり心を乱された。おかげで寝付くのも遅くなってな」

 紅妍と融勒が七星亭で会っていたと琳琳から聞いた時の話だろう。誤解は解けたと思っていたが、その様子を見るなり、秀礼の納得は得ていないようだ。

 もう一度説明した方がよいかと、紅妍が切り出そうとした時。遮るように秀礼が言った。堪えていたものを叫ぶような思い切りのよさは、声量の大きさになって表れる。

「だからこれは、罰だ」

 秀礼は立ち上がり、ようやく懐からそれを取り出す。百合の紋様が刻まれた、白玉のかんざしだった。

「え……罰とは、この簪でしょうか」
「そ、そうだ」

 これのどこが罰になるのか。理解できずにいる紅妍の元へ、秀礼が歩み寄る。それからふわりと影が落ちる。視界の端で、秀礼の袖が風に揺れていた。

 紅髪に何かが触れている。確かめずともその動きでわかった。藍玉が紅妍の髪に簪を挿す時と同じ、それを秀礼がしている。頭を動かせずにいる紅妍に秀礼が告げた。

「これはお前への贈物だ。罰として今日はそれを挿していろ」
「宮城では、そういう罰が流行っているのでしょうか」
「……好きに解釈しろ」

 髪を結い上げたところに簪が挿し込まれ、ぴんと張り詰めている気がする。だから簪は挿し終えていると思うのだが、それでも影は紅妍を覆ったまま。髪を梳くように撫でている。

「綺麗な髪になってきた。出会った頃と大違いだ」
「藍玉が手入れをしてくれていますから」
「良いことだ。今度、藍玉を褒めてやらねばな」
「……どうして秀礼が藍玉を褒めるのでしょうか?」

 気になって訊いただけだったのだが、これに秀礼は答えてくれなかった。ちらりと見上げれば、本人も困惑し「なぜだろう」と呟いている。どうしてそう思ったのか、秀礼自身もよくわかっていないという顔をしていた。

(そういえば紅髪に白の簪は合うと、藍玉も言っていた)

 この簪は美しい白色をしている。秀礼は紅の髪には合うものを選んでくれたのだろうか。
 秀礼は先を歩きだしてしまったので確かめることはできない。紅妍は慌ててその後を追いかけた。
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