45 / 57
4章 呪詛、虚ろ花(前)
3.深き蒼緑の宮にて(1)
しおりを挟む
秋芳宮宮女を呪い殺し、紅妍に襲いかかった瓊花の鬼霊。櫻春宮に咲いていた黒百合の虚ろ花。光乾殿に通う、百合の鬼霊。
考えることはたくさんある。紅妍が物憂げに息を吐くと、茶を運んできた藍玉がそれに気づいた。
「体調が優れませんか?」
「それは大丈夫。考えることが多すぎるだけだから」
昨晩の鬼霊が残した白百合は何を伝えたかったのか。その疑問が紅妍の頭で渦巻いている。
どこかの宮で行われた呪詛。誰を呪ったのかまではわからなかった。そこで用いられたのは百合だった。櫻春宮に咲いていた黒百合だとするのならつじつまが合う。
しかし気になるのは光乾殿で木香茨から花詠みをした時のことだ。あれは木香茨を用いて呪詛を仕掛けようとしていた。百合とは異なる呪詛である。
木香茨の花詠みでは、呪詛を仕掛ける場面に帝がいた。木香茨を摘んでいたのが呪術師だとするなら、帝は呪詛に関与しているかもしれない。
(帝を苦しめている呪詛はどちらだろう。そして、黒百合が櫻春宮に咲いていた理由も……)
櫻春宮は英秀礼を産んだ璋貴妃に与えられていた宮である。その璋貴妃が呪詛を仕掛けたと噂されているらしい。確かに櫻春宮に黒百合が咲いていたのでそれは考えられる。
そこまでを考え終え、紅妍は額を押さえた。様々な謎が複雑に絡み合っている。どこから手をつけていいのか悩ましい。
(まずは、あの宮を探してみるか)
それは白百合の花詠みで出てきた森のように濃く深い蒼緑の宮である。妃らしき人物が呪術師に依頼して呪詛を仕掛けていた。百合の呪詛はそこから始まっている。
藍玉に訊いてみるかと顔をあげた時、扉が開いた。霹児は紅妍に向けて揖した後、藍玉に告げる。
「あの……辛琳琳様がいらしております」
その名に、珍しく藍玉が顔を歪めた。清益ほどではないが藍玉も常に微笑みを浮かべている。どちらも腹の黒さを表にださないのである。それが今回は、これほどはっきりと嫌悪を示している。
「華妃様? どうしました、わたしの顔を覗きこんで」
「いや……珍しい顔をするものだと思って」
「まあ。わたしは伯父上とは違いますもの。いつも微笑んでいるわけではございません」
それはどうだろう、と心のうちで呟く。それを声に出せば藍玉にやんわりと叱られてしまいそうだ。
「琳琳様はどうなさいます? 昨日のこともありますから断っても構いませんよ」
藍玉に問われ、考える。琳琳は厄介な相手であって、紅妍が苦手としていることを藍玉や霹児も察しているようだ。逃げ道を用意したのは紅妍を慮ってのことだろう。
だが、紅妍は違った。今日に関しては好都合かもしれない。
「通してほしい。琳琳と少し話をしたい」
藍玉はわずかに顔をしかめた後、普段の穏やかな微笑みを浮かべる。そういった切り替えのうまさは清益にそっくりだった。
まもなくして琳琳がやってきた。
「華妃様、お加減はいかがです?」
「大丈夫です。よく、その話を知っていますね」
「噂されていましたのよ。鬼霊の妃様が鬼霊に襲われて倒れるなんて面白いでしょう? 秀礼様が近くにいなかったらいまごろ大変なことになっていましたわね」
誇張されている気もするが大筋は当たっている。昨日のことだというのに詳しいものだと紅妍は舌を巻いた。
「黒百合を祓い、鬼霊に襲われるなんて。華妃様の行くところにはいつも鬼霊が出ますのね。まるで華妃様が鬼霊を呼んでいるみたい」
まるで細部まで見ていたかのような語りである。人の噂にしては些か詳しすぎる気もするが、あえて触れず、紅妍は自らの目的へと話を誘導していく。
「さすが後宮の事情にはわたしよりも詳しいようで」
「ええ。これから妃になるのですから、詳しくならなければ」
「ではきっと、わたしにはわからないものも知っているのでしょう――森のように深く濃い蒼緑の宮も、あなたならすぐに思い当たるのでしょうね」
「あら、そんなの簡単よ。坤母宮ですわ」
琳琳を持ち上げながら聞けば、あっさりとその唇が答える。
「坤母宮ならわたしの叔母、辛皇后が使っていた宮ですの。何度も通ったから覚えていますわ。そんなことも知らないなんて華妃様は本当に疎いのね。でも坤母宮を探すなんて何かありましたの?」
嫌味はともかく一歩前進したことはありがたい。
(坤母宮に行ってみよう)
琳琳が去ったらすぐにでも支度をして向かおうと考え、以降は琳琳の対応に苦慮した。
嵐が去った後、紅妍は動いた。藍玉に行き先を伝える。
「坤母宮に行く」
「辛皇后が使っていた宮ですね。辛皇后が亡くなった後は使われていないと聞いています。そこに何の用が?」
「呪詛に関する手がかりがあるかもしれない。それを調べたい」
藍玉は「わかりました」と頷いた。しかしまだ動こうとしない。何事かと待っていると藍玉が告げた。
「秀礼様にもご連絡を入れた方がよいのでは? 先のこともありますから心配されるでしょう」
「……それは、」
確かに倒れて翌日に出歩いたとなれば心配をかけるだろう。昨日の礼もある。
「文を出す。それが届く頃には坤母宮での事も終わっているはずだ」
昨日の礼と、夜半に現れた鬼霊。あと白百合の花詠みについてを知らせておこうと考えた。他の者からの目もある。秀礼に坤母宮の動向を頼めばまた目立つことだろう。特に琳琳と会った後であるから気が重たい。
考えることはたくさんある。紅妍が物憂げに息を吐くと、茶を運んできた藍玉がそれに気づいた。
「体調が優れませんか?」
「それは大丈夫。考えることが多すぎるだけだから」
昨晩の鬼霊が残した白百合は何を伝えたかったのか。その疑問が紅妍の頭で渦巻いている。
どこかの宮で行われた呪詛。誰を呪ったのかまではわからなかった。そこで用いられたのは百合だった。櫻春宮に咲いていた黒百合だとするのならつじつまが合う。
しかし気になるのは光乾殿で木香茨から花詠みをした時のことだ。あれは木香茨を用いて呪詛を仕掛けようとしていた。百合とは異なる呪詛である。
木香茨の花詠みでは、呪詛を仕掛ける場面に帝がいた。木香茨を摘んでいたのが呪術師だとするなら、帝は呪詛に関与しているかもしれない。
(帝を苦しめている呪詛はどちらだろう。そして、黒百合が櫻春宮に咲いていた理由も……)
櫻春宮は英秀礼を産んだ璋貴妃に与えられていた宮である。その璋貴妃が呪詛を仕掛けたと噂されているらしい。確かに櫻春宮に黒百合が咲いていたのでそれは考えられる。
そこまでを考え終え、紅妍は額を押さえた。様々な謎が複雑に絡み合っている。どこから手をつけていいのか悩ましい。
(まずは、あの宮を探してみるか)
それは白百合の花詠みで出てきた森のように濃く深い蒼緑の宮である。妃らしき人物が呪術師に依頼して呪詛を仕掛けていた。百合の呪詛はそこから始まっている。
藍玉に訊いてみるかと顔をあげた時、扉が開いた。霹児は紅妍に向けて揖した後、藍玉に告げる。
「あの……辛琳琳様がいらしております」
その名に、珍しく藍玉が顔を歪めた。清益ほどではないが藍玉も常に微笑みを浮かべている。どちらも腹の黒さを表にださないのである。それが今回は、これほどはっきりと嫌悪を示している。
「華妃様? どうしました、わたしの顔を覗きこんで」
「いや……珍しい顔をするものだと思って」
「まあ。わたしは伯父上とは違いますもの。いつも微笑んでいるわけではございません」
それはどうだろう、と心のうちで呟く。それを声に出せば藍玉にやんわりと叱られてしまいそうだ。
「琳琳様はどうなさいます? 昨日のこともありますから断っても構いませんよ」
藍玉に問われ、考える。琳琳は厄介な相手であって、紅妍が苦手としていることを藍玉や霹児も察しているようだ。逃げ道を用意したのは紅妍を慮ってのことだろう。
だが、紅妍は違った。今日に関しては好都合かもしれない。
「通してほしい。琳琳と少し話をしたい」
藍玉はわずかに顔をしかめた後、普段の穏やかな微笑みを浮かべる。そういった切り替えのうまさは清益にそっくりだった。
まもなくして琳琳がやってきた。
「華妃様、お加減はいかがです?」
「大丈夫です。よく、その話を知っていますね」
「噂されていましたのよ。鬼霊の妃様が鬼霊に襲われて倒れるなんて面白いでしょう? 秀礼様が近くにいなかったらいまごろ大変なことになっていましたわね」
誇張されている気もするが大筋は当たっている。昨日のことだというのに詳しいものだと紅妍は舌を巻いた。
「黒百合を祓い、鬼霊に襲われるなんて。華妃様の行くところにはいつも鬼霊が出ますのね。まるで華妃様が鬼霊を呼んでいるみたい」
まるで細部まで見ていたかのような語りである。人の噂にしては些か詳しすぎる気もするが、あえて触れず、紅妍は自らの目的へと話を誘導していく。
「さすが後宮の事情にはわたしよりも詳しいようで」
「ええ。これから妃になるのですから、詳しくならなければ」
「ではきっと、わたしにはわからないものも知っているのでしょう――森のように深く濃い蒼緑の宮も、あなたならすぐに思い当たるのでしょうね」
「あら、そんなの簡単よ。坤母宮ですわ」
琳琳を持ち上げながら聞けば、あっさりとその唇が答える。
「坤母宮ならわたしの叔母、辛皇后が使っていた宮ですの。何度も通ったから覚えていますわ。そんなことも知らないなんて華妃様は本当に疎いのね。でも坤母宮を探すなんて何かありましたの?」
嫌味はともかく一歩前進したことはありがたい。
(坤母宮に行ってみよう)
琳琳が去ったらすぐにでも支度をして向かおうと考え、以降は琳琳の対応に苦慮した。
嵐が去った後、紅妍は動いた。藍玉に行き先を伝える。
「坤母宮に行く」
「辛皇后が使っていた宮ですね。辛皇后が亡くなった後は使われていないと聞いています。そこに何の用が?」
「呪詛に関する手がかりがあるかもしれない。それを調べたい」
藍玉は「わかりました」と頷いた。しかしまだ動こうとしない。何事かと待っていると藍玉が告げた。
「秀礼様にもご連絡を入れた方がよいのでは? 先のこともありますから心配されるでしょう」
「……それは、」
確かに倒れて翌日に出歩いたとなれば心配をかけるだろう。昨日の礼もある。
「文を出す。それが届く頃には坤母宮での事も終わっているはずだ」
昨日の礼と、夜半に現れた鬼霊。あと白百合の花詠みについてを知らせておこうと考えた。他の者からの目もある。秀礼に坤母宮の動向を頼めばまた目立つことだろう。特に琳琳と会った後であるから気が重たい。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~
深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!
枯れ専令嬢、喜び勇んで老紳士に後妻として嫁いだら、待っていたのは二十歳の青年でした。なんでだ~⁉
狭山ひびき
恋愛
ある日、イアナ・アントネッラは父親に言われた。
「来月、フェルナンド・ステファーニ公爵に嫁いでもらう」と。
フェルナンド・ステファーニ公爵は御年六十二歳。息子が一人いるが三十年ほど前に妻を亡くしてからは独り身だ。
対してイアナは二十歳。さすがに年齢が離れすぎているが、父はもっともらしい顔で続けた。
「ジョルジアナが慰謝料を請求された。ステファーニ公爵に嫁げば支度金としてまとまった金が入る。これは当主である私の決定だ」
聞けば、妹のジョルジアナは既婚者と不倫して相手の妻から巨額の慰謝料を請求されたらしい。
「お前のような年頃の娘らしくない人間にはちょうどいい縁談だろう。向こうはどうやらステファーニ公爵の介護要員が欲しいようだからな。お前にはぴったりだ」
そう言って父はステファーニ公爵の肖像画を差し出した。この縁談は公爵自身ではなく息子が持ちかけてきたものらしい。
イオナはその肖像画を見た瞬間、ぴしゃーんと雷に打たれたような衝撃を受けた。
ロマンスグレーの老紳士。なんて素敵なのかしら‼
そう、前世で六十歳まで生きたイオナにとって、若い男は眼中にない。イオナは枯れ専なのだ!
イオナは傷つくと思っていた両親たちの思惑とは裏腹に、喜び勇んでステファーニ公爵家に向かった。
しかし……。
「え? ロマンスグレーの紳士はどこ⁉」
そこでイオナを待ち受けていたのは、どこからどう見ても二十歳くらいにしか見えない年若い紳士だったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる