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プロローグ
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僕は何も無い平穏という言葉がよく似合うそんな街で生まれた。
森閑とした空気は澄んでいながらもどこか澱んでいて、人々はこの空気を安穏と勘違いしている。子供の頃から刺激を求めていた僕は、立ち入り禁止の森に忍び込んでは中の廃屋でいつも遊んでいた。今思えば、寂寞を恐れていたのかもしれない。何も無い、そんな日常を⋯⋯。
高校生になると同時に都会に住むことを決意し、東京のとあるアパートに引っ越した。そこである女性と出会い、僕の中で停滞していた時間が急速に動き始めたのである──
巷では有名な極楽商店街を二百メートル程歩いた所にある三島神社の鳥居をくぐり抜け、そこから裏へ回って細長い路地に入る。タブやイチョウの樹々を横目に少し歩いた所に『そこ』はある。
瓦屋根が使われた木造建築のお屋敷、築何十年か経っていそうなくらい趣深い和風のアパート。かと言ってボロボロな訳でもなく割と綺麗だ。ブロック塀は蔦が絡まっていて、庭には満開の桜の樹が立っている。玄関口のスライドドアの上に研磨されて光沢を放つ欅の一枚板があり、楷書体で『枯野荘』と彫られている。そう、僕は此処で独り暮らしをしている。
「今帰りましたー」
「あ、優くん。おかえり、宿題終わらなくて困ってたんだよぉ。手伝ってくれないかな⋯⋯?」
共有スペースの机で宿題をしていた女の子が真っ先に僕に気が付いて駆け寄ってきた。彼女は佐々木美希ちゃん、小学校5年生で亜麻色のミディアムヘアがチャームポイントの女の子だ。
「後でな。それより敦也さんは?」
「やったぁ! あつ兄なら部屋にいると思うよ?」
ギシギシと少し歪む木の床を歩いて、階段を上り2階の佐々木さんの部屋の前に着く。201号室と書かれた表札の掛かった戸を2回ノックした。
「んぁ? おう、秦野。頼んだの買ってきてくれたか?」
寝起きと言わんばかりの表情にボサボサになっている髪で出てきたタンクトップ姿の男性は佐々木敦也。美希ちゃんの従兄で、訳あって美希ちゃんを引き取っている。
「これですよね、三島豆腐店の油揚げ」
「そうそう、ありがとな。今日の夕飯で使うから楽しみにしとけ」
実は枯野荘の食糧事情はこの佐々木さんが全て管轄していて、こう見えても料理の腕だけはピカイチなのである。
「はい、楽しみにしておきます」
苦笑いしながらその場をあとにして自分の部屋へ帰る。帰ると言ってもそこから少し行った所の突き当たり、204号室が僕の部屋である。そしてその手前の203号室が⋯⋯
「おかえりなさい、秦野くん。何処かに出かけてたの?」
「佐々木さんに頼まれて買い物にな」
大人びた口調で僕に問いかけた女性が深田絵梨花だ。黒漆のサラサラした長い髪は窓から入り込む木漏れ日で艶めき、水晶玉のように澄んだ瞳はクールっぽさを滲み出している。
「桜かぁ、あなたが引っ越して来てからもう1年が経つわね⋯⋯」
彼女は静かに窓へ歩み寄り、外の桜を眺めながらそう言った。
「そういえばそうだな、でも此処の住人さんが皆いい人で本当に良かったよ」
「ふふっ、何言ってるのよ」
自分で面白い事を言ったつもりは無いが、深田さんの満開の桜より輝かしい艶やかな笑顔を見られたので良しとしよう。
「それじゃ、私は課題やらなきゃだから戻るね! 秦野くんも忘れてるとまた中山先生に怒られるわよ?」
「ああ、ちゃんとやるさ。僕も戻るよ」
「じゃあまた後で」
こうして僕達はそれぞれの自室に戻った。
森閑とした空気は澄んでいながらもどこか澱んでいて、人々はこの空気を安穏と勘違いしている。子供の頃から刺激を求めていた僕は、立ち入り禁止の森に忍び込んでは中の廃屋でいつも遊んでいた。今思えば、寂寞を恐れていたのかもしれない。何も無い、そんな日常を⋯⋯。
高校生になると同時に都会に住むことを決意し、東京のとあるアパートに引っ越した。そこである女性と出会い、僕の中で停滞していた時間が急速に動き始めたのである──
巷では有名な極楽商店街を二百メートル程歩いた所にある三島神社の鳥居をくぐり抜け、そこから裏へ回って細長い路地に入る。タブやイチョウの樹々を横目に少し歩いた所に『そこ』はある。
瓦屋根が使われた木造建築のお屋敷、築何十年か経っていそうなくらい趣深い和風のアパート。かと言ってボロボロな訳でもなく割と綺麗だ。ブロック塀は蔦が絡まっていて、庭には満開の桜の樹が立っている。玄関口のスライドドアの上に研磨されて光沢を放つ欅の一枚板があり、楷書体で『枯野荘』と彫られている。そう、僕は此処で独り暮らしをしている。
「今帰りましたー」
「あ、優くん。おかえり、宿題終わらなくて困ってたんだよぉ。手伝ってくれないかな⋯⋯?」
共有スペースの机で宿題をしていた女の子が真っ先に僕に気が付いて駆け寄ってきた。彼女は佐々木美希ちゃん、小学校5年生で亜麻色のミディアムヘアがチャームポイントの女の子だ。
「後でな。それより敦也さんは?」
「やったぁ! あつ兄なら部屋にいると思うよ?」
ギシギシと少し歪む木の床を歩いて、階段を上り2階の佐々木さんの部屋の前に着く。201号室と書かれた表札の掛かった戸を2回ノックした。
「んぁ? おう、秦野。頼んだの買ってきてくれたか?」
寝起きと言わんばかりの表情にボサボサになっている髪で出てきたタンクトップ姿の男性は佐々木敦也。美希ちゃんの従兄で、訳あって美希ちゃんを引き取っている。
「これですよね、三島豆腐店の油揚げ」
「そうそう、ありがとな。今日の夕飯で使うから楽しみにしとけ」
実は枯野荘の食糧事情はこの佐々木さんが全て管轄していて、こう見えても料理の腕だけはピカイチなのである。
「はい、楽しみにしておきます」
苦笑いしながらその場をあとにして自分の部屋へ帰る。帰ると言ってもそこから少し行った所の突き当たり、204号室が僕の部屋である。そしてその手前の203号室が⋯⋯
「おかえりなさい、秦野くん。何処かに出かけてたの?」
「佐々木さんに頼まれて買い物にな」
大人びた口調で僕に問いかけた女性が深田絵梨花だ。黒漆のサラサラした長い髪は窓から入り込む木漏れ日で艶めき、水晶玉のように澄んだ瞳はクールっぽさを滲み出している。
「桜かぁ、あなたが引っ越して来てからもう1年が経つわね⋯⋯」
彼女は静かに窓へ歩み寄り、外の桜を眺めながらそう言った。
「そういえばそうだな、でも此処の住人さんが皆いい人で本当に良かったよ」
「ふふっ、何言ってるのよ」
自分で面白い事を言ったつもりは無いが、深田さんの満開の桜より輝かしい艶やかな笑顔を見られたので良しとしよう。
「それじゃ、私は課題やらなきゃだから戻るね! 秦野くんも忘れてるとまた中山先生に怒られるわよ?」
「ああ、ちゃんとやるさ。僕も戻るよ」
「じゃあまた後で」
こうして僕達はそれぞれの自室に戻った。
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