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6.変わっていく関係
74.あやなと美千枝
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磯山美千枝が原島あやなと出会ったのは高校一年の時だ。
初めて対戦したとき、軽やかで躍動的なあやなの剣道に衝撃受け、ドキドキしながら『こういうのを天才っていうのかな』とぼんやり思ったのが初めての出会い。
面を取ったあやなの勝ち気そうな笑顔と行動を見ているうちに、この子カッコいいな、仲良くなれないかな、と思うようになった。
視線、竹刀捌き、体移動、一切の迷いが見えない動きのさまざま。
足捌きは軽やかで、美千枝には踊っているようにすら見える。多少の欠点は呑み込める程度に、美千枝はあやなの剣道が好きだ。
いや、憧れてる。
自分もあんな風になりたいって、中学くらいからずっと思ってた。けど今は、あんな風にはなれないなって分かってる。
試合で何度も顔を合わせるうち、美千枝から話しかけ、ライン交換して、剣道のことでやりとりしてるうちに、学校のことなんかも話すようになって、電話でプライベートな話もするようになって。
高校は違うけど同じ県内、簡単に会えるほど近くはないけど、絶対会えないほど遠くじゃない。
「えー、いいなあ。それ、あたしも気になってるんだよね」
「じゃあコッチ来る? 一緒に見に行こうよ」
なんて、待ち合わせして買い物行ったり、遊びに行ったりもした。
そうなって思ったのは、選ぶ言葉がキツいなってこと。
剣道強いからかな、負けん気も人一倍だし、気になり始めると細かいことまでしつこく聞きたがるわりに、言葉が足らないことも多い。
確かにこれは、女子に嫌われやすいかも、と思ったけど、美千枝はそんなに気にならなかった。
『あやなは気になることを曖昧にしておけないんだな。そんなトコもまっすぐなんだ。だから剣道もまっすぐなんだ』
笑って誤魔化すようなことしないし、適当なこと言わないし、悪気はないんだ。きっと全部本音なんだ。言うこともやることも真っ直ぐの有言実行。
だからあやなはカッコいい。
「美千枝といると楽しい! あたしトモダチ少ないから」
なんて、ちょっと寂しそうに言った事があって、それからキツイと思ったときは言うようになった。
「そういうトコ直した方がイイよ! だからトモダチできないんじゃないの!」
それでケンカになったこともある。
音信不通になって一週間も経つころ、仲直りの手をさしのべるのはいつも美千枝。意地っ張りなあやなには、素直に謝るなんて出来ないって分かってたから。その代わり
「でも、ここはあやなが間違ってたと思うよ。そこは謝って。じゃないと着拒するよ」
とはっきり言えば、あやなはちゃんと言う。
「そこは悪かったよ、ごめん。だから着拒はやめて。それマジで落ちる」
そんな風に言われたら、たいていのことは許しちゃう。
あまり友達に恵まれてないのかな、と感じてもいた。きちんと注意してあげれば、時間が経って冷静になれば、あやなはちゃんと分かってくれるのにな。
そんな風に仲良くなれたのは、同じ学校とかじゃなく、滅多に逢えない距離があったからなのかも知れなかったけど、「こんな風に話せるのって美千枝だけ」なんて言われたら、単純に嬉しくなって。
やがてあやなは七星にスカウトされた。それを嬉しそうに話してくれたとき、誘われたのだ。
「美千枝と一緒に剣道やりたいな。七星に来なよ」
「うん、絶対一緒にやるよ!」
一も二も無く約束して、あやなと一緒にやるんだと、その一心で猛勉強して、ここに来た。
高校の頃は、あやなは対戦相手だった。味方じゃないのにって感じで、あやなと仲良いの、良く思わない人もいた。あの頃から考えたら、七星で同じチームとしてあやなの剣道を見られる今は、とても楽しい。ちょっと贅沢かなとか、そんなこと思うくらい。
そのうち自分にもあやなにも彼氏が出来て、恋バナも楽しくて、あやなが試合で勝つのを味方として応援出来るのが嬉しくて、こんなに幸せで良いのかなと思うくらい、大学生活はハッピーで。なのに……
今年あやなは国体予選に出なかった。
調子が悪いのはみんな分かってたから、全日本学生剣道に照準合わせてるんだなと思って見てた。
昨年はベスト8止まりだったけど『来年は少なくともベスト4に入る』と言ってたから、そのつもりなんだなって。
きちんと毎日稽古してるし、課題にしてる筋力アップのトレーニングもやってる。けど、なんか上の空な感じになってて。そんなの前のあやなには無かったのに。
そして結果は最悪だった。
全日本学生で、あやなは一勝もできなかった。一回戦で負けたのだ。
原因は、みんな分かってる。けどあやなには言えないでいる。
「あやな、もう考えない方がいいんじゃない?」
だからあたしが言わなくちゃ、と思ったのだ。
「そうはいかないよ。結果を踏まえて理由を考えないと。曖昧にしておくのってイヤなの」
「それは知ってるけどさあ……そうじゃなくて」
あやなもショックだったみたいだけど、美千枝だって同じくらいショックだった。それに少し前から思ってたんだ。
「……ねえ、もうやめとけば?」
「なにを」
「丹生田くんだよ」
キッと睨まれたけど、美千枝はそれくらいじゃめげない。
「良いヒトだけど、あやなに向かないんじゃない」
「なによそれ。じゃあ宇梶くんは美千枝に向いてるって言うの」
「それは分かんないけど、あやなって剣道のことになると周り見えなくなるじゃない。丹生田くんも同じだよね?」
「だからなによ」
「構って欲しくてイライラしちゃってるの、良くないよ」
プライド高いあやなだけど、美千枝には愚痴を垂れ流す。そんな風に心許してくれる感じは嬉しいけど、ずっと心配だった。
「あやなはさ、ワガママで良いんだよ。そういうの許して甘やかしてくれるヒトの方が良いよ。そういうタイプじゃないと、剣道弱くなっちゃうよ」
美千枝の声は不満げになっていた。だってゼンゼンあやならしくない。
『もう一月以上、ハグもキスもナシだよ? しんじらんない! もう調子狂う!』
そんなこと怒りながら愚痴って、でも本人に言わな、もあやならしくない。
「あやなは弱くなっちゃダメだよ」
反論しようとして、あやなは唇を噛んだ。
原島あやなにとって。磯山美千枝は大切な友達だ。
いままでこんな風に付き合ってくれる子はいなかった。自分は気分屋だし、ちょっと偉そうになっちゃうことがあるし、言いたいことが通らないとシツコイくらい言い立ててしまう。たいていはそんなんで離れていくのに、美千枝は違った。辛抱強く聞いてくれるし、耳に痛いことも言ってくれる、本当に大切な友達だ。
それに、なんとなく分かってた。
勝利を求めるとき、周囲に目が行かなくなるタイプだという自覚は元々ある。
『もう~、聞いてよ~』
なんて愚痴を吐き散らしても、『はいはい』みたいな他の男の子と違って、彼は『そうか』と聞いてくれて、なんだかとっても安心したのだ。丹生田ならどっしり構えて聞いてくれるんだなって、こういうの頼りがいあるっていうのかな、なんて、そんな感じが良いなと思った。
自分より逞しい腕や包み込んでくれそうな大きな身体が頼もしいなと思った。気づいたらどんどん好きになってた。だから自分から告った。
つきあえるようになって、抱きしめられたら本当にホッとして、やっぱり好きだなと思って、すごくハッピーで。
けれど彼は自ら勝利を追い求め、必死になってる。これじゃ癒やしてもらえない。というか自分の剣道がおろそかになっちゃってる。コレはマズイって思ってはいた。
「ねえ、あやな。もっと剣道頑張ってよ。あたし応援するよ? それじゃダメかな」
あやなは黙ったまま、少しだけ首を振った。
弱くなりたくない。
学生で一番になるって、そう去年は思ったのだ。日本一になってやるって、ずっとそう思っていたのだ。
その日、道場に入った健朗は、着がえる前に「ちょっと来て」と原島に声をかけられ、黙然と頷いた。
道場ではできない話なのだろう。そう判断し「失礼します」と先輩に挨拶した丹生田は、さっさと出ていく原島に目をやり眉を寄せた。道場に出入りする際、礼を忘れる剣士はいない。なのに今、原島はそうしなかった。
(普通では無い)
そう思いつつ道場に礼をして、健朗は後を追った。その後ろ姿を黙って見送った顔ぶれは、なにが起こるか予測して、ある意味安堵するのだった。
初めて対戦したとき、軽やかで躍動的なあやなの剣道に衝撃受け、ドキドキしながら『こういうのを天才っていうのかな』とぼんやり思ったのが初めての出会い。
面を取ったあやなの勝ち気そうな笑顔と行動を見ているうちに、この子カッコいいな、仲良くなれないかな、と思うようになった。
視線、竹刀捌き、体移動、一切の迷いが見えない動きのさまざま。
足捌きは軽やかで、美千枝には踊っているようにすら見える。多少の欠点は呑み込める程度に、美千枝はあやなの剣道が好きだ。
いや、憧れてる。
自分もあんな風になりたいって、中学くらいからずっと思ってた。けど今は、あんな風にはなれないなって分かってる。
試合で何度も顔を合わせるうち、美千枝から話しかけ、ライン交換して、剣道のことでやりとりしてるうちに、学校のことなんかも話すようになって、電話でプライベートな話もするようになって。
高校は違うけど同じ県内、簡単に会えるほど近くはないけど、絶対会えないほど遠くじゃない。
「えー、いいなあ。それ、あたしも気になってるんだよね」
「じゃあコッチ来る? 一緒に見に行こうよ」
なんて、待ち合わせして買い物行ったり、遊びに行ったりもした。
そうなって思ったのは、選ぶ言葉がキツいなってこと。
剣道強いからかな、負けん気も人一倍だし、気になり始めると細かいことまでしつこく聞きたがるわりに、言葉が足らないことも多い。
確かにこれは、女子に嫌われやすいかも、と思ったけど、美千枝はそんなに気にならなかった。
『あやなは気になることを曖昧にしておけないんだな。そんなトコもまっすぐなんだ。だから剣道もまっすぐなんだ』
笑って誤魔化すようなことしないし、適当なこと言わないし、悪気はないんだ。きっと全部本音なんだ。言うこともやることも真っ直ぐの有言実行。
だからあやなはカッコいい。
「美千枝といると楽しい! あたしトモダチ少ないから」
なんて、ちょっと寂しそうに言った事があって、それからキツイと思ったときは言うようになった。
「そういうトコ直した方がイイよ! だからトモダチできないんじゃないの!」
それでケンカになったこともある。
音信不通になって一週間も経つころ、仲直りの手をさしのべるのはいつも美千枝。意地っ張りなあやなには、素直に謝るなんて出来ないって分かってたから。その代わり
「でも、ここはあやなが間違ってたと思うよ。そこは謝って。じゃないと着拒するよ」
とはっきり言えば、あやなはちゃんと言う。
「そこは悪かったよ、ごめん。だから着拒はやめて。それマジで落ちる」
そんな風に言われたら、たいていのことは許しちゃう。
あまり友達に恵まれてないのかな、と感じてもいた。きちんと注意してあげれば、時間が経って冷静になれば、あやなはちゃんと分かってくれるのにな。
そんな風に仲良くなれたのは、同じ学校とかじゃなく、滅多に逢えない距離があったからなのかも知れなかったけど、「こんな風に話せるのって美千枝だけ」なんて言われたら、単純に嬉しくなって。
やがてあやなは七星にスカウトされた。それを嬉しそうに話してくれたとき、誘われたのだ。
「美千枝と一緒に剣道やりたいな。七星に来なよ」
「うん、絶対一緒にやるよ!」
一も二も無く約束して、あやなと一緒にやるんだと、その一心で猛勉強して、ここに来た。
高校の頃は、あやなは対戦相手だった。味方じゃないのにって感じで、あやなと仲良いの、良く思わない人もいた。あの頃から考えたら、七星で同じチームとしてあやなの剣道を見られる今は、とても楽しい。ちょっと贅沢かなとか、そんなこと思うくらい。
そのうち自分にもあやなにも彼氏が出来て、恋バナも楽しくて、あやなが試合で勝つのを味方として応援出来るのが嬉しくて、こんなに幸せで良いのかなと思うくらい、大学生活はハッピーで。なのに……
今年あやなは国体予選に出なかった。
調子が悪いのはみんな分かってたから、全日本学生剣道に照準合わせてるんだなと思って見てた。
昨年はベスト8止まりだったけど『来年は少なくともベスト4に入る』と言ってたから、そのつもりなんだなって。
きちんと毎日稽古してるし、課題にしてる筋力アップのトレーニングもやってる。けど、なんか上の空な感じになってて。そんなの前のあやなには無かったのに。
そして結果は最悪だった。
全日本学生で、あやなは一勝もできなかった。一回戦で負けたのだ。
原因は、みんな分かってる。けどあやなには言えないでいる。
「あやな、もう考えない方がいいんじゃない?」
だからあたしが言わなくちゃ、と思ったのだ。
「そうはいかないよ。結果を踏まえて理由を考えないと。曖昧にしておくのってイヤなの」
「それは知ってるけどさあ……そうじゃなくて」
あやなもショックだったみたいだけど、美千枝だって同じくらいショックだった。それに少し前から思ってたんだ。
「……ねえ、もうやめとけば?」
「なにを」
「丹生田くんだよ」
キッと睨まれたけど、美千枝はそれくらいじゃめげない。
「良いヒトだけど、あやなに向かないんじゃない」
「なによそれ。じゃあ宇梶くんは美千枝に向いてるって言うの」
「それは分かんないけど、あやなって剣道のことになると周り見えなくなるじゃない。丹生田くんも同じだよね?」
「だからなによ」
「構って欲しくてイライラしちゃってるの、良くないよ」
プライド高いあやなだけど、美千枝には愚痴を垂れ流す。そんな風に心許してくれる感じは嬉しいけど、ずっと心配だった。
「あやなはさ、ワガママで良いんだよ。そういうの許して甘やかしてくれるヒトの方が良いよ。そういうタイプじゃないと、剣道弱くなっちゃうよ」
美千枝の声は不満げになっていた。だってゼンゼンあやならしくない。
『もう一月以上、ハグもキスもナシだよ? しんじらんない! もう調子狂う!』
そんなこと怒りながら愚痴って、でも本人に言わな、もあやならしくない。
「あやなは弱くなっちゃダメだよ」
反論しようとして、あやなは唇を噛んだ。
原島あやなにとって。磯山美千枝は大切な友達だ。
いままでこんな風に付き合ってくれる子はいなかった。自分は気分屋だし、ちょっと偉そうになっちゃうことがあるし、言いたいことが通らないとシツコイくらい言い立ててしまう。たいていはそんなんで離れていくのに、美千枝は違った。辛抱強く聞いてくれるし、耳に痛いことも言ってくれる、本当に大切な友達だ。
それに、なんとなく分かってた。
勝利を求めるとき、周囲に目が行かなくなるタイプだという自覚は元々ある。
『もう~、聞いてよ~』
なんて愚痴を吐き散らしても、『はいはい』みたいな他の男の子と違って、彼は『そうか』と聞いてくれて、なんだかとっても安心したのだ。丹生田ならどっしり構えて聞いてくれるんだなって、こういうの頼りがいあるっていうのかな、なんて、そんな感じが良いなと思った。
自分より逞しい腕や包み込んでくれそうな大きな身体が頼もしいなと思った。気づいたらどんどん好きになってた。だから自分から告った。
つきあえるようになって、抱きしめられたら本当にホッとして、やっぱり好きだなと思って、すごくハッピーで。
けれど彼は自ら勝利を追い求め、必死になってる。これじゃ癒やしてもらえない。というか自分の剣道がおろそかになっちゃってる。コレはマズイって思ってはいた。
「ねえ、あやな。もっと剣道頑張ってよ。あたし応援するよ? それじゃダメかな」
あやなは黙ったまま、少しだけ首を振った。
弱くなりたくない。
学生で一番になるって、そう去年は思ったのだ。日本一になってやるって、ずっとそう思っていたのだ。
その日、道場に入った健朗は、着がえる前に「ちょっと来て」と原島に声をかけられ、黙然と頷いた。
道場ではできない話なのだろう。そう判断し「失礼します」と先輩に挨拶した丹生田は、さっさと出ていく原島に目をやり眉を寄せた。道場に出入りする際、礼を忘れる剣士はいない。なのに今、原島はそうしなかった。
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