意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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8.二人きりの旅行

104.はるひ

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 ロビーは薄暗くなってた。
 そりゃそうだ、時計は二十三時を回ってる。なんか分かってなかったけど、メシ食ってからずいぶん経ってたんだな。
 フロントには灯りあるけど誰もいない。だよな、こんな山ん中のホテルだし、深夜の来客なんてねえよな。ロビーの隅っことか、太い柱の周りにソファとコーヒーテーブルが置いてあって、そばにはスタンドライト。暖炉とか本棚とかある壁際にもライトがいくつか。
 そう広くない場所だから、そんだけで歩くのに支障は無い。
 フロント横、階段とかラウンジへ行く通路と反対側にコーヒーの機械があった。日中は気づかなかったけど、『ご自由にどうぞ』つう札が立ってる。
 そんで、柱近くのソファに、誰かいた。
 そっと歩いてくと「誰?」聞かれて、誰なのか分かった。
 はるひちゃんだ。
 メシんとき怒鳴りつけたの、いきなり思い出した。
 超気まずい。けど仕方ねえからそっち歩いてって「よお」声かけた。
 はるひちゃんは振り返って「ああ。ホモ」と言った。
 一瞬ムッとしたけど、顔見て思わずブッと吹き出しちまった。ぷんすかの顔が妹と同じに見えたから。
「なに笑ってんのよ」
 黙ってりゃ清楚な美少女なのになあ、と思ったら、また笑えてきた。したら睨まれた。
「ちょっと、なに?」
「うるせーよ」
「そっちこそうるさい」
 なんかいきなり落ち着いて、したらいきなり、めちゃのど渇いてるのに気づいた。
「あ~、ペプシ! 超ペプシ飲みてえ! 自販機とかどこだ」
 こういうとき欲しくなるのはコレ一択だ。
「あるわけ無いでしょ」
 速攻返った声が、マジで妹とおんなじ。ニヤニヤしちまいながら「あんだろ、自販機くらい」言うと「無いよ」とまた速攻だ。
「フツーあんだろ自販機くらい。なんで言い切るんだよ」
「無いに決まってるから」
「なんだよそれ」
「知らない」
「はあ? ここ何度か来てんじゃねえの?」
「知らない」
「使えねえな」
 ククッと笑いつつ、コーヒーの機械のとこに行く。コーヒーとカフェオレとココアの三種類、無料で飲めるらしい。紙コップとホルダーも置いてある。
「しゃあねえ、おまえにも入れちゃるよ。ガキだからココアな」
「……むかつく」
 思わずハハッと笑いながら「お互い様じゃん?」言ってやった。
「俺だってむかついてるっつの」
 言いながらココアのカップ突き出すと、当たり前に受け取りつつ「ああ~なるほど~」と鼻で笑われた。
「それってホントのこと言われたから? ホモだって」
 礼も言わず憎まれ口きくからムッとした。
「おまえ性格最悪だな」
 そんなトコも妹とおんなじだ。そんで今まで一回も妹にくちで勝ったことなんてねえのだ。危険物には近寄らない方がいい。けど部屋に戻れねえし、どこ行けばイイか分かんねえし。
 しょうがなく少し離れたソファに座って、ズズッとカフェオレすする。
 つか コイツがヘンなこと言って、そんであの流れになったんだから、全部コイツのせいだ。いやいやいや自分でヤれつったんだった。ダメじゃんひとのせいにしちゃ。
 ンでもやっぱムカつくから言ってやる。
「つうか自分の荷物くらい自分で運べよな。すっげ大変そうだったぞ。むしろおまえがばあちゃんの荷物持てよ」
「はあ?」
 ココアにくちもつけずに、はるひは声を尖らせる。
「ホモのくせに偉そう」
「あ~そうだよ、俺はホモかも知んねえよ。それでおまえに迷惑かけたかよ」
 ため息混じりになっちまって、またカフェオレすする。
「なによ開き直るの?」
「開き直って悪いかよ」
 自分が勝手に好きになって、そんでお願いしてエッチしたけど丹生田は違う。分かってる。
「俺はあいつが好きなんだ。けどあいつは違うから、そこ誤解すんなよ」
 自分のせいで丹生田まで変な目で見られるのはイヤだ。絶対イヤだ。そこんとこはキッチリ言ってやんねえと。
 てかもうちょい一人になりたかったのに、しみじみ出来る雰囲気じゃねーなコイツいると。やっぱムカつく。
「なに嘘ついてんのよ」
 はるひが睨むみたいにこっち見た。チャンとかつけてやるかアホ。ギッと睨み返す。
「なんだよ」
「嘘でしょ。いっしょに旅行なんてしてるんじゃない。嬉しそうに笑って…」
「友達同士でキャンプに来たんだよ」
「じゃなんでホテル泊まってんのよ」
「雨降ったから予定変更して泊まることにしたの。どっかおかしいかよ?」
「おかしいでしょ! 慌ててあんたのあと追いかけてったし、おかしいよ。ただの友達じゃないんでしょ!」
「ただの友達じゃねえ、だい・しん・ゆう・だっ!」
「はあ?」
「他の誰よりいっちばん仲良いんだ! 表情読めるのは俺だけ! なんかあって落ちてるあいつを、一番元気づけられんのも俺だ! それに一番、応援してんのは俺なんだよ! 参ったか!」
「なにそれ。思い込みなんじゃない」
「ばーっか、ちげえよ! 周りだってみーんなそう思ってる! みんな『異常に仲良い』つってんの!」
 でも俺だけじゃなく、みんな普通に丹生田を好きで応援してて、後輩にも慕われてる。そんなん見てて、俺は俺でちゃんとやれるようになんなきゃ、そんで丹生田を助けれるようになるんだって、まだそんなこと……考えてた。アホか。
 もう友達として近くにいるとか無理なんじゃん─────
「異常ってなによ。やっぱりおかしいんじゃない」
「あ~~っ! とにかく!」
 キレ気味に声を荒げると、はるひはくちを噤んだ。やべやべ、女の子ビビらせちゃダメだろ。
「……おまえ、もうヘンなこと言うなよ。動揺させちまうだろ。俺は、あいつの迷惑になるコトしねーの。そう決めてんの。だからもう、ぜってー言うな」
「……バッカじゃない」
 そう言って、はるひはようやくココアにくちつけた。
「うっせ、ほっとけ」
 言いつつコーヒー飲む。
 ふう、とため息が出て、まだ濡れてる髪をぼさぼさにかき乱す。やっぱペプシ飲みてえな。
「……なんでちゃんと言わないの。好きだって言えばいいじゃない。あんた顔はカッコイイし、あのとき、あんたのこと追っかけてたし、なんとかなるんじゃないの」
「バカかおまえ」
 そう言って睨んだ。はるひも睨み返してくる。
「なによ」
「ほんとマジでやめろ。あいつは違うんだ、ちゃんと女の子が好きな奴なんだ」
「……ちゃんとってなに。バカなの? ホモがちゃんとしてないってこと? それともアンタがダメだって自覚でもあるっていうの? ならなんでそんなに偉そうなのよ」
「うっせ」
 妙にズキズキくること言う、けど妹以上にくちが立つはるひに勝てる気なんてしねえし、それになんか、これ以上しゃべってたら、言っちゃイカンことまで言っちまいそうで、コーヒー飲み干して立つ。
「いいか、もうぜってーヘンなこと言うなよ」
「変なコトってほんとのこと?」
 一瞬視線だけを送って、黙ったまま玄関へ向かった。まだ雨降ってるけど、だいぶ小降りだし外に出ようと思ったのだ。とにかく一人になりたかったのに、ドアは鍵がかかってて開かなかった。
「ここ山の中だし夜間鍵かけるの。外出したいならフロントのベル鳴らせば誰か来るよ」
 はるひの声にチラッと目をやったら、フンッと横向いたんで、はあっとため息ついて、しかたなく大浴場の方に向かう。あっちなら自販機とかあった気がするし。
 つかしっかりココア飲んでたなあ。まあいいけど。
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