意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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10.寮祭、そして

143.副会長は忙しい

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 寮祭を言いだしたのは僕じゃない。
 表立ったものだけで無く裏でも根回しなどしていたようで、勢いを作って寮祭実施まで持って行ったのは、間違いなく姉崎だ。
 実質、皆がそれに流されただけなのだとしても、カタチの上では話し合った上で最終方針が決まっている。ゆえにもうひとりの副会長、橋田雅史は、不本意の塊のような内心を無表情の下に押し隠し淡々と、しかしかなり忙しく、仕事をこなしていた。
 作業に参加すれば時給が出るのだが、その申告は雅史に限定されている。不正を防ぐためであり、事務処理を叶う限り完結にするためでもある。その他進捗なども雅史が中心となって纏めている。
 小説は締め切り前にあげる主義なので、叶う限り余裕を持ってやりたい。もちろん大学の講義やゼミも、叶う限り落とさず全て受けておきたい。蓄えた知識は自動的に醸成され、何らかのアイディアに繋がるからだ。どんなものでも知っている、と言うことが重要なのだ。ただでさえ忙しいというのに。なんでこんなことになったのか。
 巻き込まれたわけではない。経緯はともかく、結果としては自分で受諾したので、文句は言わず、しかし内心納得行かないものもありつつ仕事をしている。
 姉崎に言われたとき反発はした。当然姉崎がやるべきだ。が、それは断念せざるを得なかった。
 次に、誰かに押し付けようと考えた。寮祭のアタマに立てられる奴はいないか。
 会長の尾形さんはNG。そもそも表に立つのが苦手な人だし、元々期待してない。
 当日、食堂担当は喫茶と飲食屋台、保守は全員が警備をやるので、ココの部長や部員は無理。
 監察アタマの瀬戸は荷物預かりを言い出したのもあり、監察部員で案内も兼ねてロビーに常駐し、寮の出入りを見守るってコトになってる。当日はそこにかかり切りになるだろう。その上激辛うどんにも参加するので大忙しだ。
 施設部はただでさえオーバーワーク気味で、大田原さんだけじゃなく部員連中も、これ以上の負担を掛けるのは避けるべきだろう。
 頼りになりそうな仙波は激辛うどんにかかりっきりで、他に手を出す余裕は無いと胸を張っている。
 そして実は本命で考えていた総括部長、普段から無駄にエネルギーまき散らしてる藤枝。
 お祭りなら喜んでやるだろうと踏んでいたのに、最近ぐだぐだで使えそうにない。
 だがもっとも納得いかないのは、当初から寮祭を主導していた姉崎だ。
「建て込みとか什器レンタルとかあるし、当日僕は屋外を見るからさ、全体は橋田がやってよ。執行部員四人もサブにつけるしさぁ、出来るでしょ、橋田なら余裕で」
 ヘラヘラと笑いながら、面倒な仕事を押し付けようとして来たのである。
 抵抗はした。「ぼくは忙しい」という台詞を何度言ったか分からない。しかし、
「そっかあ、しょうがないな」
 とニッコリ言った後、姉崎のほくそ笑むような顔を目の端に捉えたと同時、ひっそり呟くような声が聞こえたのだ。
「まあイイか。橋田がいなくなったら楽になるから……」
 もちろん、聞こえるように言ったのだろう。
「どういうことかな?」
 ゆえに問う目を向けると、姉崎はニッといつもの笑みを向けてきた。
「え? なんのこと?」
 実際は笑ってない、適当に誤魔化すときの顔になってた姉崎は、笑顔のくせに妙に光る目で言った。
「ていうか橋田さあ、僕がなんかやると、その場では黙ってるのに後々妨害してたりしない?」
(なるほど。バレていたか)
 無論とぼけたし、姉崎も深く追求してこなかった。けれどそれがあるからこそ、今この話をしているのだろう。雅史が拒否することも計算に入れているに違いない。
(……なるほど)
 つまり雅史の発言力を削るつもり、ということか。
 それは別に良い、好きにしたら、と言いかけて、(いや……)雅史は眉を寄せた。
(……やりにくくなるか)
 雅史は最近、作家としての評価が変わってきている。人物の描写に深みが出た、表情豊かな登場人物によって物語がスッと入ってくる、などと書評で言われようになってきたのだ。
 担当編集が変わったというのも一因かも知れない。知識が増えたことも大きな要因のひとつだろう。けれど、大学や寮で過ごす日々が自分の精神や考え方へ影響を及ぼしたのだろう。
 そう考えるのが順当だ。
 なんだかんだ言って、雅史は賢風寮を気に入っている。
 当初はキャラクターや心情などのサンプル収集に便利だとしか思っていなかった。だが結構楽しいこともあったのだ。
 副会長になり、一人部屋となってからは、静かな部屋で集中して執筆出来る環境となり、毎日淡島のコーヒーが飲めるようになって、さらに快適になった。そして最近は、部屋に来た連中と無駄な話をするのも楽しく感じるようになっている。
 そう、相手によるけれど、無駄話も楽しいのだ。
 例えば鈴木。例えば尾形会長。例えば標。意外にも伊勢、幸松など。同期だけではない。4年生はもちろん、2年や1年にも会話の楽しい奴が、ここにはいる。
 かつては情報収集の対象でしか無かったはずなのに、高校まで友人と呼べるような存在はいなかったのに、今は彼らと共に時を過ごすのが楽しいのだ。それだけではなく、学部の連中とも色々と話すようになっている。以前なら考えもしなかったことだ。
 そうだ。大学以外でも、今まで出会ってきた数多な人々の中にも、会話を愉しめる人が、おそらくいたのだ。自分が気づかなかっただけで。いや、そんなことに考えを向けることすらしていなかった。
 雅史はいつの間にか、他人と過ごす時間を楽しいと感じるようになっていたのだ。
 さて、そんな大切にしたい賢風寮で、なんだか暗躍している怖れの高い姉崎だが。
 なにげに人望というか人気があり、実行力も確かにある。
 だが、かなり強引だ。
 寮内には、勢いに流され、甘言に乗せられて、姉崎の目論み通りに動かされてるな、と感じられるやつが少なからず居る。一年から続けていた観察視点でそれに気づいた雅史は、それとなく流されないよう正気を取り戻させたりしていた。
 なぜならあまりに好き勝手させておくと、後々取り返しがつかないことになるように思えた……いや、言葉を飾る必要は無いか。
 面白くないから、である。
 今や雅史にとって大切な場所となっているこの寮を、あんな奴の思い通りにはさせたくないという意志が、いつのまにか産まれている。だが表だって敵対すると面倒になるのが見えてるので、さりげなく動いていたのだ。
 そしてこの事態を見越していた姉崎の考えも読めた。大事なときに動かなかった、信頼に値しない奴だ、といったネガティブキャンペーン的なものを展開し、雅史の影響力を削ごうとか、そういうことを考えていそうだ。実際どれほどの効力を持つか予測出来ない。まったく問題無いかも知れない。しかしそれにより実際やりにくくなったとしたら。
 であればなおのこと、自ら発言力を弱める怖れのある愚を犯すわけにはいかないではないか。たとえ姉崎の目論見どおりだとしても、立場を弱めるような行動は避けるべきだ。
 踊らせる方が、踊らされるより好みではある。けれど曖昧に出来ないことがあれば、場合によっては泥をかぶるのもやぶさかでは無い。
 つまり今が泥をかぶるとき。そういうことだ。
 そんな思いを抱えていることなど、もちろん顔には出さずに、やむを得ずニッコリ笑う姉崎に首肯し、結果この三日間、本職である小説執筆をストップして当たらざるを得ないと結論した。正直やりたくてやってるわけでは無い。むしろ非常に不本意だ。しかし決定したのは自分自身。
 雅史には、自分は他の学生達とは違うという自負がある。
 代わってくれる者のいない仕事を、それだけの責任を持ってこなし、対価を得ている。
 自分の名前を持って仕事をする。それは自分自身に責任を持つということだ。
 やりたいことだけをやっていられたのは香川さんが担当だった間、二十歳になるまでだった。
 担当が変わり、話し合ううちに、仕事に対する考え方が変わった。今では興味を惹かれない仕事や、煩わしい仕事も増えてきている。けれど自分の名前で受けたからには、まして自分自身で受けると決めた仕事は、全うすると決めている。
 ゆえにきちんとやろうとしているわけだが、そうするとかなり忙しい状態になってしまう。
 余計なことに関わるヒマがあるなら執筆を少しでも進めたいくらい、しかし一瞬も執筆するような余裕は無い。
 ――――なのに
「な……橋田……」
「……ぼく、忙しいんだよね。きみもヒマじゃ無いでしょう」
「うん、そうなんだけど」
 雅史は今、手と目は仕事に向けつつ、どんより顔の元同室にため息をついていた。
「なにかな」
「いや……」
 どうせ丹生田関連なんだろうということは読めている。しかし今は時間が無い。
「ぼくの仕事量、分かってると思うんだけど」
「……分かってるつうの」
 目を逸らしたりして、表情もハッキリしなくて藤枝のくせに分かりにくい。
 本来お祭りごとは大好きなはず、こういうときは人一倍騒いでみんなを巻き込んでるはずなのに、このところずっとこんな調子で、みんなに使えない判定を下されている。人前では空元気を出して誤魔化しきっているつもりらしいが、まったくできていない。そこらへんの甘さはいかにも藤枝らしいと言える。
「きみ、もうすぐ本番でしょう、うどんの司会」
 面倒見のいい仙波が、藤枝をうまく使っている、というのが実際の所だが。
「……分かってる、つうの」
 呟くみたいな声。伏せたままの顔。これはもはや藤枝では無い。
「どうしたの。いつもの無駄な勢い出しなよ」
「はあ?」
 しかしさすが藤枝。こんな状態のくせに、挑発にはちゃんと乗ってくる。
「つうか無駄ってなんだよ! ふざけんな!」
 怒鳴りながら立ち上がり、「う~~~お~~~~」唸りながら髪をかきむしっている。本人としても不本意な状態ではあるようだ。
 少しばかり笑ってしまっている自覚と共に、雅史は払うように手を振った。
「うん、その調子で頑張って行って来て」
「くっそ! 終わったら覚えてろよ!」
 などと怒鳴りながら執行部室から出ていく背中を座ったまま見送る。
 今は、どうにも時間が無い。藤枝は本番を控えているし、雅史も持ち込まれた案件を処理し終えていない。故に今は、見送るしか無い。
 それは雅史にとって、非常に歯痒い状態であった。
 なにしろ雅史の本能は、なんだか面白そうなことになっているに違いないと言っている。実はなにがどうなってるのか聞きたくて仕方がないというのに。
(まあ、夜なら少しは時間取れるかな)
 そう考えて、なんとか衝動を落ち着かせる雅史なのであった。
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