意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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10.寮祭、そして

148.姉崎の習性

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 僕は幼い頃、とびっきり可愛い子供だった。
 『なんてカワイイの』『天使みたい』なんて言われるのも、女の子と間違われるのもしょっちゅう。誘拐されかかったこともある。
 美少年とか騒がれた時期には、王子様なんて言ってたアホな女の子もいたな。
 もちろん、その状況は自分の環境をよりよくするために利用した。たとえば子供の頃なら、愛らしい笑顔や言動を心がける、とかね。小さい頃は可愛がられてる方がなにかと便利だったし。
 子供の頃ってあんまり覚えてないんだけど、大人や女の子に『可愛い』なんて言われたり笑いかけられたり撫でられたりしていた記憶はある。まあそう仕向けてたんだから当然。
 なんだけど、もっとも古い記憶のひとつには、
『いい気になるな』
 なんて言って、ことあるごとに敵対行動を取ってくるやつのイメージも、あったりする。
 ていうかさ、愛嬌を振りまくなんて小細工してたのは、逆に力不足を実感してるからこそ、子供なりに考えて少しでも立場を有利にしようとしてたわけで、つまり『おまえいい気になってるだろ』なんていうのは的外れな言いがかりでしかない。むしろ強くなりたくてたまらなかったんだけどなあ。
 でもまあ、勘違いしてるだけなら別にほうっておいても構わなかったんだよ。けど実際のところ、それでは済まなかった。よく分からない理由でよく分からない攻撃を日常的にしてくるんだもの。
 七歳とか八歳とか、それくらいの頃だったと思うけどね、もちろん対応はさせてもらったけど。
 仕返しにしては、ちょっと過剰だったような気もするけど、とりあえずそれで面倒ごとは無くなったよな。あれも結構楽しかった。
 今になって考えれば、僕を好きだとか言って面倒だった女の子のことを好きだったらしい連中が嫌がらせしたかったとか、そういうことだったのかな、と思う。そこまで魅力的だと思わなかったから知らなかったけど、その子は人気あったみたいだし。でもさあそんなの、こっちじゃなくあっちに言ってくれって話でしょ?
 ともかく、目立ち慣れてるっていうか、見られ慣れてるっていうか、そんな感じで昔から容姿に起因する面倒ごとがそれなりにあったんだよね。そのせいかなあ、十歳くらいにはこんな風に考えるようになってた。
『分かりやすい行動しといた方が良いんじゃない? どうせ攻撃来るんなら、理由が分かりやすい方が対応しやすいし』
 例えば女性の前では過剰にカッコつけた態度をとることにしたりね。
 『女の前でカッコつける』のが気に入らないって分かってたら、『だってモテたいじゃない』で対応完了。流れでエロい話でもすれば、『男と話すときは違うんだな』『なんだよ同じじゃん、』なんて共感モードに変わって、面倒は少なくなった。無闇に敵を作るより、円満解決の方がのちのち楽。もちろん引けないときは闘うしかないけど、正直その頃は女の子にモテたいってのもあったからさ、一石二鳥っていうか。
 ていうかこういうキャラクターだよってアピールしといた方が楽なんだよね。内心なんて悟られたくないし、ずっと笑ってたら『こういう奴だもんな』で済むし。
 ともかく十歳くらいからそんな感じでやってるから、もうすでにクセになってるっていうかさ、自然に出るっていうか、受け狙いもあるけど。だからあくまで笑顔は崩さない。たとえ非常に苛立っているとしてもだ。
 この寮祭には僕の有能さをおじいさんたちに示すというタスクがかかってる。
 なのに、なにもかもうまくいってない。
 売り上げが試算より少ないというだけじゃない。寮内を部外者が歩き回ることにより、部屋の施錠が必要だという声が上がり始めてる。そんなの風聯会がなんて言うか。
 そうなったら経費がかかるだけじゃなく、施設部の負担が増えるってことになる。エアコン設置から始まって寮祭まで、施設部のハードワークが続いてるのに、これ以上の負担を掛けると、それはそれで不満が出そう。
 確かに部外者立ち入り禁止をやめるべきと提唱したのは僕。けど、それにこういう問題が付随することを予測してなかった自分にもイラつく。次々想定外のことが起こり、面倒なことばっかり次々、なにもかも予定通りに行かない。
 ──────いや、そうじゃない。
 僕は使われる側じゃないんだ。甘えるな。そう自分に言い聞かせ、笑みを深めた。
 雇用主として考えなくちゃいけなかったのに、そこができてなかった。だからみんながどう動くか予測出来なかった。これはぼくの失策だ。必ず利益を上げると考えるなら、なにが起こっても対処出来るよう、あらゆる方面から検討しておくべきだった。
 悔しい。悔しい。悔しい。
 こういう感情をほっとくの、嫌いなんだよね。
 明日もあることだし、解消しとかないと。
 八つ当たりでもして。

  *

 後片付けを済ませ、一日外いたから埃っぽいよなあとみんなで風呂行った。
 お疲れーとかって汗流し、一回339に戻って風呂道具を置いて部屋を出たのは、二十一時三十分を少し過ぎた頃。
 そんですぐそばにある副会長室のドアを叩いた。
 コン、コンと二回──────返事は無い。
 ずずんと落ち込みが戻って来た。丹生田と話してちょい癒やされたから、あの後接客とか手伝ったりしてたんだけど、一日やってたみんなのが慣れてて、当然なんだけどこっちはイマイチで、……なにげに落ちた。
 そんでココに来て失敗こいた現実を思い出したつうか。あのときの目が怖かったなあ、みてーな。
 けどこんなトコでグズグズしててもしょうがねえ!
 ため息ひとつ吐き出して、よし! と気合い入れ、ドアを開く。
「来たぞー」
 つっても答え無し。部屋に足を踏み入れ、バタンとドアを閉じる。
 そんだけで埃が舞うような気がする。前は『掃除担当』がいるとか言ってたけど、いなくなったぽい。だって、すっげえ散らかってっし埃っぽいし。どんだけ掃除してねんだ? どうでもいいけど。
 副会長室は広い。普通の寮室の2倍くらいある。
 なんだけど、かろうじて足の踏み場あるかな、てくらい散らかってる。モノ多いつか乱雑つか。
 デスクトップPCや、DVDとブルーレイが繋がってるデカいTVもある。つうか本がバカ多いよ。作り付けの本棚の他に、いくつか本棚あんのに収まりきってねえ。つか空いてるトコあんじゃん。ちゃんとしまえよ。
 元々置いてあるデスク、物入つうか押し入れ的なものとか全部、扉閉まってねえし引き出しハンパになってるし、マジぐっちゃぐちゃ。床には服だの本だの箱だの瓶だの、紙くずやビニール袋とか色々散らばってて、ソファの上にも本だのDVDだの服だのが散ってるし、その前のテーブルにはグラスとか食器なんかが積まれ、その間にノートPCが半端に開いるし。
 デスク上も例外じゃない。辛うじてノート広げておいてあるけど、その周りはノートや紙類が山と積まれ、簡易キッチンにはコーヒーメーカーとかヒゲ剃りとか食器とか瓶とか諸々ごちゃごちゃになってる。
 実家はインテリアが趣味の母、ここに来てきれい好きの丹生田と同室、だからずっと清潔な住環境にいる。
 ゆえに眉が自然に寄る。けどここにはゴミためかっつう部屋も多いから、この部屋みたいなのは珍しくないし、いちいち騒がなくなった。でもまあ不快なんだけども。
 絶対ホコリだらけに決まってるから息止めつつ、ベッドに腰掛けて本読んでるメガネにまっすぐ向かう。つうかひと呼びつけといてなんなんだっつの。イヤがっつり待ち構えられても、それはそれでヤだから、イイっちゃイんだけど。
 眉寄せたまま、答えがアタマに浮かんだ。
 あ~そっか、アレか。
 ひとつ納得しつつ進む。
 普段、姉崎と接点ないし、わざわざコイツの部屋とか来ねえし、だからあんま見たことねえけど、集中するとちょっとやそっとで帰ってこないんだよな、コイツ。
 色々踏むから歩くだけで物音はする。そんで目の前で止まったけど……動かねえな。やっぱ集中モードか。
「おい」
 声かけたけど、集中モード入ってたらコレくらいで気づくわけねーんで、一発アタマ殴る。
「いたっ」
 バッと顔上げた姉崎が、「ちょっと」と睨んでくる。
「なんでいきなり叩くのさ」
「声かけたつの。おまえ気づかねーんだもん」
「ていうか、もっと大きな声とかさ、身体揺らすとか、優しいやり方あるよね? しかも今、思いっきりじゃなかった?」
 うん、なんとなくグーで殴ったし痛いだろーな。
 つうかコッチもクサクサしてたから八つ当たりっぽかった。なんでちょい反省してアタマ下げる。
「わり」
 姉崎はパタンと本を閉じ、ニッと笑った。
「……まあいいや。そこら辺座って」
「そこら辺ってどこだよ」
 マジで少しは整理しろと言いたい。言わないけど。
 どうせやんねえし。言ったらやらされそうな気もするし。
「つうかおまえ、こんな部屋にいて、なんで服とか着るモンちゃんとできんの?」
「身だしなみはちゃんとしないとでしょ」
 今日もビシッとスーツ着てたし、髪型まで無駄に決めてた。アレ見たら誰もゴミために住んでるとは思わねーだろうに、実はこの状態って、意味分かんねえだろ。
「つうかそれ以前に落ちてる服なんとかしろよ。着替えとかどうしてんだよ」
「ああ、捨てるからいいんだ」
「はぁ?」
 思わず声上げつつ周り見回す。ぱねえ量の服落ちてるよ?
「コレ全部?」
「うん。それより座ってって」
 つうかなんでかベッドの上だけは無事。そんで姉崎はそこに座ってる。
「座るトコなんてねえじゃん」
 コイツの横に座るとか、なんとなくヤだし、無事に座れるとこ他になさそうだし。
「じゃあ立ったままで良いよ。ここ来て」
 ニッと笑った姉崎の指が、目前の床を指す。
 細めた目で見上げながら座ったまま。けどコレ笑ってねえ顔だ。
 くっそー偉そう。ンでも今日の俺は大ポカしちまって、ゴメンナサイと言うしか無い立場だ。示された場所に立って、ぺこっと頭を下げた。
「今日は、すんませんでしたっ!」
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