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13.二人暮らし
177.憂患
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入社から三ヶ月ほどがが経過した、七月アタマのある日。
丹生田健朗は、落ち込んでいた。
自分のミスにより、同じ部の先輩たちに迷惑をかけてしまったのだ。
どんな作業であろうと、ミスを犯してしまったなら自分ひとりのことでは済まないのが会社というところであり、いかなる時でも緊張を緩めるべきではない。
常にそう言い聞かせていたつもりだったのだが……。
はあ、とため息が漏れたことも、肩が落ちていることも無自覚に、重い足取りで家路を辿る。
────自分は要領が良くない。
それは理解していたつもりだった。しかし自覚があるなら改善策を練るべきだろう、などと自分を責める言葉ばかりが脳内に溢れてくる。
事前にアルバイト的な短期のヘルプで作業を体験したときは、問題無くやれていたように思っていた。ゆえに入社時は少々自信を持てていた。しかし実際入社して仕事というものを舐めていたと痛感した。
自分など、『作業“は”できた』に過ぎなかったのだ。
単純作業なら着実に進めていけば終わるし、本来ミスを許せないタイプなので見直しも自然にしていた。ゆえにヘルプで任される程度の作業であれば問題無くこなせた。
それだけのことだったのに、多少でも自信を持ったなど笑止でしかない。社員として働くうえでは、別の能力を要求される。それを分かっていなかった。
入社して、まず各部署で研修を受け、作業の流れを身をもって体験することを求められた。小さな会社なので、まずは“どこでも手伝えるようになれ”という指示である。
研修中は常に『ここは覚えておけ』と言われ続けているような気がした。
次の部署でも、さらに次の部署でも、同じように言われ続ける。ついて行くのがやっとだった。
研修で適性を見て配属を決めると聞いていた。同期入社は他に二人いたが、二人とも優秀で、いきなり後れを取った。健朗はさまざまな事を一気に覚えることができなかったのだ。
それに全体の流れを把握するというのも難しかった。
数字や手順を覚えるのは不得手では無い。ただ打ち込むだけなら、集中すれば能率は良い方だと自負している。
しかしひとつひとつ、着実に身につけていかなければ次のステップに進めない、小さなことでもいったん躓くと全部検証しなければ気が済まない。ソレが健朗なのだ。
仕事の流れを無理矢理飲み込もうとしても細かいことが気になり、コレがどういう風に使われるかなどと考えてしまって、逆に混乱してしまう。同期に遅れまいと思えば、倍する努力をするしかないと考えたが、覚えることも山積みなのにコンプライアンスの問題があり、家に仕事を持ち帰るなどできない。つまり会社で完結させるしか無い。
自分のことだけで精一杯になった。ゆえに藤枝の事を考えていなかった。考える余裕が無かった。そうと気付いて、なんとかしなければと焦り、……そしてミスった。
集中すればそれなりにやれる。しかし二つのことを同時に考えるのが不得手。なのに同時に二つを考えてしまったことが、今日のミスの原因だろう。
結果、先輩たちの手を煩わせることとなってしまったのだが、しかし先輩たちはプロだった。
「あ~~、残業決定かぁ」
「今後は同じ失敗しないように」
「新人のうちはしょうがない、しょうがない」
などと言いつつ手伝いに入ってくれて、平身低頭する間も惜しむ勢いで自分も作業に没頭した。
「おい新人! コーヒー驕れ!」
「そうだそうだ、切れのイイとこで人数分買ってこい!」
それくらいは当然とコンビニに走った。思いがけぬ出費となったが、逆に煮詰まっていた脳が少しクールダウンして、気分転換にもなった。
もしかしたら、そういう意図で買い出しを命じられたのか、などと考えつつ駆け戻ると先輩がケンカしていた。
「あんたが失敗したときの分、驕ってもらってないよ」
「ふざけんな、あれはお互い様でチャラになっただろ」
「そりゃアレだけでしょ。その前の分がまだ」
「あ? いつの話だ?」
「そんなこと言うならこっちのもあるけど」
「え~、それこそ時効だよ~」
「時効なんてあるか。それこそふざけるな、だ」
「おまえら手は動かせよー」
「「「分かってまーす」」」
口論をしているのに目は画面から離れず、手は着実に動いていた。これがプロというものか、と目から鱗の思いがした。
落ち込んでいる場合では無い。自分が未熟なのは分かっていただろう。もっともっと努力しなければ。
そんな思いに歯噛みしつつ、なんとか作業が完了したとはき、就業時間を大幅にオーバーしていた。
「お疲れー」
「はい、お疲れさん」
「新人お疲れ~」
「もう三ヶ月なんだから丹生田くんって呼びなさいよ」
「いえ、まだ新人ですので」
「そうそう、まだ新人くんだ」
「はい」
項垂れていると軽く肩を叩かれる。
「まあ、肩の力抜いてね」
「ほんとにくそ真面目な奴だな」
「きみは少し肩の力抜いた方がいいよ」
などと言われても、「……はあ」としか返せない。なぜなら仕事が終わった途端、もう一つの憂患が重くのしかかってきたからである。まさしく愚鈍。それが自分だ。分かってはいるのだが。
帰りの電車で、車窓から外を眺めつつ、ぐったり疲れている自分を感じていた。剣道で肉体を酷使した疲労とは、まったく別種の疲労感。
電車を降りて、部屋までは健朗の足で十分ほど。途中コンビニに寄って弁当を買う。……ついでにアレも。それをカゴに入れるとき、健朗のくちもとは緩んでいたのだが無意識だったし、それを自覚することも無かった。
コンビニを出てまっすぐマンションへ向かう。入り口を入って正面にあるエレベーターは、上階に上がったままだった。なんだか身体を動かしたい気分で、エレベーターが降りるのを待てず、階段を駆け上がる。
部屋の前に着いたときは、少し息が上がっていた。鍵を開き靴を脱いでリビングのドアを開くと、灯りのついたままのリビングで、ソファの背から頭の先が少し見えていた。
『おかえり~、おっつかれさん! てか腹減った!』
聞こえるはずの声が無い。つまり寝ているのか。
健朗は、ふっと息を吐いて冷蔵庫へ買ってきたものをしまい、時計を見る。
(二十二時を過ぎている。当然か)
弁当二つを持って向かったソファ前のテーブルには、ビールの空き缶がいくつかと、灰皿には吸い殻があった。自分も藤枝もタバコを吸わないが、灰皿は遊びに来る連中が勝手に置いていったものだ。つまり誰か来ていたらしい。
……少しイラッとした。
ソファで寝コケている藤枝の顔を見下ろして、目を閉じ、ふぅぅ、と細く息を吐いて精神安定を図る。
……なんとかなったようだ。
ビールとタバコを片付けながら声をかける。
「……藤枝」
気付かない。
灯りがついているのにうたた寝など、よほど疲労が溜まっているのだろうか。ため息を漏らしてしまいながら、テーブルごしに腕を伸ばし、少し肩を揺する。
「藤枝」
「……んん……」
薄く開いた明るい色の瞳が健朗を捉えて、ふっと笑みになった。
「おお~……」
「済まない。遅くなった」
「なに謝ってんだよ。おかえり、お疲れ」
笑んではいる。しかし、健朗が憧れた、あの輝くような表情ではない。
─────このところ藤枝は元気がない。それも健朗の憂患であり、頭から離れない。それが仕事のミスを誘発したのだ。
「メシは食ったか。弁当を買ってきたぞ」
「いや。いつもわりぃな……」
「構わない。……飲むか」
「えっ」
健朗が突き出したペプシを見て、声を上げた藤枝は「サンキュ」ニカッと笑って受け取り、すぐにくちをつけてゴクゴクと喉を鳴らす。
「ふい~」
「疲れているのか」
ソファを挟んだ床にあぐらをかきつつ言うと、藤枝は目を上げ、笑みのまま「いや」と首を振った。
「……飲んだからだよ、きっと。あいつら帰るまでは平気だったんだけど」
あいつらとは誰だ、と怒鳴りつけたいような心を抑えて目を伏せた。
「唐揚げとサバ塩焼き。どっちだ」
「ンじゃサバの方もらうわ。昨日俺が肉食ったし」
「分かった」
藤枝は殆ど料理をしない。というか、できない。
同居した当初は『くっそ見てろよ、俺だってできるっつの!』などと吼えつつやっていたが、珍妙な味のチャーハンや煮物ができるという結果を生み、数度試したところで努力を放棄することにしたようで、せいぜい炊飯器で飯を炊くとか、袋ラーメンを鍋で作る程度に留めている。
ゆえにメシは健朗が作るのだが、今日のように残業となると作ってやれないので、弁当を買ってくる。むろん藤枝が飯を食ってから帰ってきていることもあるし、姉崎など誰かが遊びに来ていれば、そいつらに作ってもらって食っていることもある。それなら自分が弁当を二つ食えば良いだけの話なので、こういうとき健朗は必ず、弁当を二つ買うのだ。
「サバかあ~、久しぶりっぽいな~」
箸を取り、いただきまーす、と食い始めた藤枝は笑顔ではある。が、やはり元気が無いように見え、それに安堵している自分に気付いて、箸を割りながら奥歯を噛みしめた。
―――自分は心が狭い。
今日は誰かが来て藤枝を慰めたのだと、そう思っただけでイラッとしてしまう。あまつさえ、起きた藤枝にまだ元気が無かったことに、少し安堵した。慰められてはいないのだ、……などと。
自分はその程度でしかない。だがしょうがないではないか。こっちだって余裕などないのだ。
(少し前までは、元気だったのだが……)
二月中に二人で部屋を探したときも、この部屋に越した三月半ばも、元気だった。
古ぼけていたソファを新品同様、いや新品以上の出来で仕上げた手際は素晴らしかった。料理は壊滅的に出来ないのに、と苦笑してしまう。
非常に楽しかったし、藤枝もずっと楽しそうに笑っていた。
良く笑って、良く動いて、……越したその日から……週一回の約束のセックスも、やった。
しかし。
二週間ほど前から、藤枝は少し元気が無くなって、今日のようにソファで寝ていたり既に布団に入っていたりだ。つまり二週間、セックスできていない。
会社でなにかあるのだろうか、と気になる。だが、どう聞けば良いか分からないでいた。
丹生田健朗は、落ち込んでいた。
自分のミスにより、同じ部の先輩たちに迷惑をかけてしまったのだ。
どんな作業であろうと、ミスを犯してしまったなら自分ひとりのことでは済まないのが会社というところであり、いかなる時でも緊張を緩めるべきではない。
常にそう言い聞かせていたつもりだったのだが……。
はあ、とため息が漏れたことも、肩が落ちていることも無自覚に、重い足取りで家路を辿る。
────自分は要領が良くない。
それは理解していたつもりだった。しかし自覚があるなら改善策を練るべきだろう、などと自分を責める言葉ばかりが脳内に溢れてくる。
事前にアルバイト的な短期のヘルプで作業を体験したときは、問題無くやれていたように思っていた。ゆえに入社時は少々自信を持てていた。しかし実際入社して仕事というものを舐めていたと痛感した。
自分など、『作業“は”できた』に過ぎなかったのだ。
単純作業なら着実に進めていけば終わるし、本来ミスを許せないタイプなので見直しも自然にしていた。ゆえにヘルプで任される程度の作業であれば問題無くこなせた。
それだけのことだったのに、多少でも自信を持ったなど笑止でしかない。社員として働くうえでは、別の能力を要求される。それを分かっていなかった。
入社して、まず各部署で研修を受け、作業の流れを身をもって体験することを求められた。小さな会社なので、まずは“どこでも手伝えるようになれ”という指示である。
研修中は常に『ここは覚えておけ』と言われ続けているような気がした。
次の部署でも、さらに次の部署でも、同じように言われ続ける。ついて行くのがやっとだった。
研修で適性を見て配属を決めると聞いていた。同期入社は他に二人いたが、二人とも優秀で、いきなり後れを取った。健朗はさまざまな事を一気に覚えることができなかったのだ。
それに全体の流れを把握するというのも難しかった。
数字や手順を覚えるのは不得手では無い。ただ打ち込むだけなら、集中すれば能率は良い方だと自負している。
しかしひとつひとつ、着実に身につけていかなければ次のステップに進めない、小さなことでもいったん躓くと全部検証しなければ気が済まない。ソレが健朗なのだ。
仕事の流れを無理矢理飲み込もうとしても細かいことが気になり、コレがどういう風に使われるかなどと考えてしまって、逆に混乱してしまう。同期に遅れまいと思えば、倍する努力をするしかないと考えたが、覚えることも山積みなのにコンプライアンスの問題があり、家に仕事を持ち帰るなどできない。つまり会社で完結させるしか無い。
自分のことだけで精一杯になった。ゆえに藤枝の事を考えていなかった。考える余裕が無かった。そうと気付いて、なんとかしなければと焦り、……そしてミスった。
集中すればそれなりにやれる。しかし二つのことを同時に考えるのが不得手。なのに同時に二つを考えてしまったことが、今日のミスの原因だろう。
結果、先輩たちの手を煩わせることとなってしまったのだが、しかし先輩たちはプロだった。
「あ~~、残業決定かぁ」
「今後は同じ失敗しないように」
「新人のうちはしょうがない、しょうがない」
などと言いつつ手伝いに入ってくれて、平身低頭する間も惜しむ勢いで自分も作業に没頭した。
「おい新人! コーヒー驕れ!」
「そうだそうだ、切れのイイとこで人数分買ってこい!」
それくらいは当然とコンビニに走った。思いがけぬ出費となったが、逆に煮詰まっていた脳が少しクールダウンして、気分転換にもなった。
もしかしたら、そういう意図で買い出しを命じられたのか、などと考えつつ駆け戻ると先輩がケンカしていた。
「あんたが失敗したときの分、驕ってもらってないよ」
「ふざけんな、あれはお互い様でチャラになっただろ」
「そりゃアレだけでしょ。その前の分がまだ」
「あ? いつの話だ?」
「そんなこと言うならこっちのもあるけど」
「え~、それこそ時効だよ~」
「時効なんてあるか。それこそふざけるな、だ」
「おまえら手は動かせよー」
「「「分かってまーす」」」
口論をしているのに目は画面から離れず、手は着実に動いていた。これがプロというものか、と目から鱗の思いがした。
落ち込んでいる場合では無い。自分が未熟なのは分かっていただろう。もっともっと努力しなければ。
そんな思いに歯噛みしつつ、なんとか作業が完了したとはき、就業時間を大幅にオーバーしていた。
「お疲れー」
「はい、お疲れさん」
「新人お疲れ~」
「もう三ヶ月なんだから丹生田くんって呼びなさいよ」
「いえ、まだ新人ですので」
「そうそう、まだ新人くんだ」
「はい」
項垂れていると軽く肩を叩かれる。
「まあ、肩の力抜いてね」
「ほんとにくそ真面目な奴だな」
「きみは少し肩の力抜いた方がいいよ」
などと言われても、「……はあ」としか返せない。なぜなら仕事が終わった途端、もう一つの憂患が重くのしかかってきたからである。まさしく愚鈍。それが自分だ。分かってはいるのだが。
帰りの電車で、車窓から外を眺めつつ、ぐったり疲れている自分を感じていた。剣道で肉体を酷使した疲労とは、まったく別種の疲労感。
電車を降りて、部屋までは健朗の足で十分ほど。途中コンビニに寄って弁当を買う。……ついでにアレも。それをカゴに入れるとき、健朗のくちもとは緩んでいたのだが無意識だったし、それを自覚することも無かった。
コンビニを出てまっすぐマンションへ向かう。入り口を入って正面にあるエレベーターは、上階に上がったままだった。なんだか身体を動かしたい気分で、エレベーターが降りるのを待てず、階段を駆け上がる。
部屋の前に着いたときは、少し息が上がっていた。鍵を開き靴を脱いでリビングのドアを開くと、灯りのついたままのリビングで、ソファの背から頭の先が少し見えていた。
『おかえり~、おっつかれさん! てか腹減った!』
聞こえるはずの声が無い。つまり寝ているのか。
健朗は、ふっと息を吐いて冷蔵庫へ買ってきたものをしまい、時計を見る。
(二十二時を過ぎている。当然か)
弁当二つを持って向かったソファ前のテーブルには、ビールの空き缶がいくつかと、灰皿には吸い殻があった。自分も藤枝もタバコを吸わないが、灰皿は遊びに来る連中が勝手に置いていったものだ。つまり誰か来ていたらしい。
……少しイラッとした。
ソファで寝コケている藤枝の顔を見下ろして、目を閉じ、ふぅぅ、と細く息を吐いて精神安定を図る。
……なんとかなったようだ。
ビールとタバコを片付けながら声をかける。
「……藤枝」
気付かない。
灯りがついているのにうたた寝など、よほど疲労が溜まっているのだろうか。ため息を漏らしてしまいながら、テーブルごしに腕を伸ばし、少し肩を揺する。
「藤枝」
「……んん……」
薄く開いた明るい色の瞳が健朗を捉えて、ふっと笑みになった。
「おお~……」
「済まない。遅くなった」
「なに謝ってんだよ。おかえり、お疲れ」
笑んではいる。しかし、健朗が憧れた、あの輝くような表情ではない。
─────このところ藤枝は元気がない。それも健朗の憂患であり、頭から離れない。それが仕事のミスを誘発したのだ。
「メシは食ったか。弁当を買ってきたぞ」
「いや。いつもわりぃな……」
「構わない。……飲むか」
「えっ」
健朗が突き出したペプシを見て、声を上げた藤枝は「サンキュ」ニカッと笑って受け取り、すぐにくちをつけてゴクゴクと喉を鳴らす。
「ふい~」
「疲れているのか」
ソファを挟んだ床にあぐらをかきつつ言うと、藤枝は目を上げ、笑みのまま「いや」と首を振った。
「……飲んだからだよ、きっと。あいつら帰るまでは平気だったんだけど」
あいつらとは誰だ、と怒鳴りつけたいような心を抑えて目を伏せた。
「唐揚げとサバ塩焼き。どっちだ」
「ンじゃサバの方もらうわ。昨日俺が肉食ったし」
「分かった」
藤枝は殆ど料理をしない。というか、できない。
同居した当初は『くっそ見てろよ、俺だってできるっつの!』などと吼えつつやっていたが、珍妙な味のチャーハンや煮物ができるという結果を生み、数度試したところで努力を放棄することにしたようで、せいぜい炊飯器で飯を炊くとか、袋ラーメンを鍋で作る程度に留めている。
ゆえにメシは健朗が作るのだが、今日のように残業となると作ってやれないので、弁当を買ってくる。むろん藤枝が飯を食ってから帰ってきていることもあるし、姉崎など誰かが遊びに来ていれば、そいつらに作ってもらって食っていることもある。それなら自分が弁当を二つ食えば良いだけの話なので、こういうとき健朗は必ず、弁当を二つ買うのだ。
「サバかあ~、久しぶりっぽいな~」
箸を取り、いただきまーす、と食い始めた藤枝は笑顔ではある。が、やはり元気が無いように見え、それに安堵している自分に気付いて、箸を割りながら奥歯を噛みしめた。
―――自分は心が狭い。
今日は誰かが来て藤枝を慰めたのだと、そう思っただけでイラッとしてしまう。あまつさえ、起きた藤枝にまだ元気が無かったことに、少し安堵した。慰められてはいないのだ、……などと。
自分はその程度でしかない。だがしょうがないではないか。こっちだって余裕などないのだ。
(少し前までは、元気だったのだが……)
二月中に二人で部屋を探したときも、この部屋に越した三月半ばも、元気だった。
古ぼけていたソファを新品同様、いや新品以上の出来で仕上げた手際は素晴らしかった。料理は壊滅的に出来ないのに、と苦笑してしまう。
非常に楽しかったし、藤枝もずっと楽しそうに笑っていた。
良く笑って、良く動いて、……越したその日から……週一回の約束のセックスも、やった。
しかし。
二週間ほど前から、藤枝は少し元気が無くなって、今日のようにソファで寝ていたり既に布団に入っていたりだ。つまり二週間、セックスできていない。
会社でなにかあるのだろうか、と気になる。だが、どう聞けば良いか分からないでいた。
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