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エピローグ
221.みんな片想い
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「結婚おめでとう!」
晴天に鳴り響く、姉崎の通る声。
保美が、いつの間にか隣に立ってた丹生田にハグしながら、大声で言った。
「健朗、本当に素敵! 私の自慢の兄よ!」
え? てか、俺らの周りに……みんな集まってる?
めっちゃ囲まれて、しかもみんな滅茶苦茶笑顔なんだけど!! いつのまに!? なに!?
ニヤニヤの社長が背中バンバン叩いて。
「男は所帯持って一人前だ。まあ嫁にしちゃデカすぎるがなあ」
「よ、よめ?」
「今時はこういうのもアリなんだってなあ」
「そうっスよ社長、男夫婦つんです。あ、おめでとうございます!」
大笑いしながら言ってるのは半沢だ。周りの職人たちもゲラゲラ笑って「おめでとー!」とかくちぐち言ってて、え? なに? なにが起こってる?
「いや~、チョーびっくりしたけど、言われてみたら確かにって感じで!」
「ゼンゼン気づかなかったけどなあ」
大鳥さんががヘラッと言い、隣で照井さんがニコニコしてる。
「はい、藤枝くん」
部長、じゃなくて専務が電報の束を手渡してきたんで、思わず受け取る。押し花とか、華やかな絵柄の、なんか高そうな電報ばっか……てかコレ支所開設祝いじゃねえの? なんて一枚開いてみて、また衝撃が来た。
『ご結婚おめでとうございます。お二人の輝かしい門出を祝福し、末永いご多幸とご家族皆様方のご隆盛を祈念いたします。 賢風寮執行部一同』
「は?」
「祝電、たくさん届いたね」
え
「ええええーーーーっ!?」
「少し複雑だが、まあ、めでたい」
峰が苦笑気味に言いながら、隣の丹生田にも電報が渡される。
「警視庁の剣道部からも来てるぞ。宇和島先輩や渡辺先輩や」
「そうか」
丹生田がぼそっと呟いたら、「そうよ!」保美が満面笑顔で声あげる。
「だって健朗、ブライダルパーティーやりたいって顔に書いてあったもの。なのに拓海に言えないみたいだったから」
言いながら保美は俺と丹生田とくっつけて正面に立った。
「は? おま、なに言って」
「あのまま任せておいたら、パーティーもナシになりそうだったじゃない? だから、みいんな呼んじゃった」
「イイ妹じゃない、健朗」
ニヤケてる姉崎が馴れ馴れしく肩抱いて言うと、丹生田は呟いた。
「……そうだったのか」
そして背筋を伸ばし、周りを見回してから、スウッと息を吸い、ゆっくりと深々頭を下げ、大音声で言った。
「遠いところ! ありがとうございます!!」
ワッと声が上がり、みんな拍手して……
「ええ~~~っ!?」
営業の連中とか支所のみんなとか、背中とか肩とか叩いたりして。
「おめでとう部長!!」
「新部長! おめでとう~~!」
「おめでとうございます!」
「あ、コレからもよろしくお願いします」
「えあ、あの」
てかなに!? どうなってんの!? なんでこうなってる!? なんてあわあわしてる俺は置いてけぼりだ。
「あらあら、こちらこそお世話になります」
お袋がみんなにニコニコ挨拶しまくってる。
「うちの子うるさいでしょう? でもいい子なんですよ」
いやそういうコト言うなって恥ずかしい、てかその横で親父が難しい顔でアタマ下げてるし、そんで妹が超ふて腐れた顔で丹生田睨んでて。
「初めまして。丹生田健朗と申します」
妹にめっちゃ丁寧に頭下げた丹生田に、「あんた藤枝になるんでしょ」とか、ケンカ売ってる口調で睨み付けてて。
「ふっ、えっ?」
思わず声がひっくり返る。
「おまえ、親に黙って披露宴するつもりだったの? 保美ちゃんに聞いてビックリしたわよ、まったく。まあでも最初に聞いたときはびっくりしたけど、要するに息子が一人増えるってコトよね」
お袋がカラッと笑ってて、保美が「お母さん、よろしくね」とかにっこり言い返してる。
「うちの母も、すごく喜んでるんでるの。きっともうすぐ健朗とも会えるわよ」
「え、マジで!」
なんて瞬間的にテンション上がったけど、いやいやいや、ソコじゃねえし!
「おめでとう。後で、ここまでの経緯を取材させてもらうよ」
橋田が言い、水無月奈々が笑って続けた。
「ずっと好きだったんだもんね。良かったね、藤枝くん」
町長やおばちゃんたちも、やたら楽しそうに声かけてくるし、丹生田は一人一人にキッチリ礼してるし、その隣で丹生田のお父さんも同じように礼してて、保美は上機嫌のハイテンションで高笑い気味だし、ちょ、うわ、え? なんだよ? なんなんだよコレ!?
「あ~、つうか、なんて呼べばイイんすか」
五歳下の後輩が丹生田に聞いてる。
「奥さん、じゃねえよな」
「丹生田さんだろ」
「ばっか違うよ、藤枝さんになんだろ」
こそこそ言い合ってるのを、くちあんぐりで見返してたら、丹生田がそっと肩を叩いた。
「おおっぴらになったな」
見上げると、なにげに満足そうに目を細めてる。
「おま……まさか狙って」
「いや、保美に話しただけだ。だが、これで……」
そんで丹生田は、……いや丹生田じゃ無くなんのか……ああもう……
「名実ともに、伴侶だな」
ニヤリと笑った俺の───伴侶は
めっちゃ嬉しそうだった。
*
橋田雅史は、一通り写真を撮り終えたと納得しつつ、カメラを下ろした。
予測通り、藤枝は相変わらずの落ち着き無さでイイ感じの慌てっぷりを見せてくれた。あの動画が撮れたので、かなり満足だ。
なんて思ってると、抑えた声が耳に入る。
「そろそろ時間です」
「もうちょっと」
と、にこやかに声を返してるのは姉崎だ。
「しかし旭川空港のタイムテーブルが……」
そろそろ戻らなければならないらしく、たぶん秘書とかそういう人なんだろう、真面目そうな男性が抑えた声で言ってる。
「あと三十分くらい大丈夫でしょ。直前に飛び乗っちゃえばいいじゃない」
「しかし早めに空港に入りませんと」
ずいぶん無茶なこと言ってるようだけど、あくまで姉崎は朗らかだ。
「そこら辺、うまくやってよ」
「セキュリティの問題があります。そこは無視出来ません」
「じゃあ二十五分。久しぶりの同期会なんだよ。ね?」
「それは……」
「それくらい、うまくやって。ね? できるよね?」
秘書の人は、眉ひとつ動かさず頭を下げ、少し離れて携帯を耳に当ててる。それを見てる姉崎は、ずいぶんな無茶を言って困らせてるくせに、むしろ愉快そう。
「なんか慌ててるよねえ」
コイツの秘書とか大変そうだなあ、なんて少し同情しつつ、取材の目をしっかり向け声を返した。
「……きみ、本当に意地が悪いよね」
「なにが?」
なかなか直接逢えなくなっているので、こういう機会を逃さず取材したいのだ。
「僕はちゃんと過去を謝罪したじゃない。藤枝はそれを受け容れた。なんの問題も無いよね」
フフッと笑う姉崎を横目で見る。
露悪趣味は相変わらずだが、実のところ、そこまで黒くは無いと分かっている。
今だって取り囲まれてた人たちを振り払ってこっちに来たのだ。会いたいと言っていたのは本当だったのだろう。
「ていうかさあ、僕は確かに意地悪言ったかもしれないけど、藤枝もそうとうだよ?」
「藤枝くんの意地が悪いなんて、思ったこと無いよ」
「そうじゃなくてさ」
チッチッチッと舌打ちし、ニッと笑った姉崎は、プラスチックカップのビールをうまそうに飲んだ。
「僕が適当なこと言ったのって、八年くらい前だよね? なんでここまで気づかないかな? 思い込み激しすぎ。そっちの方がおかしいって」
「まあ、確かに」
苦笑しながら頷き返した横で、水無月奈々がクスクス笑った。
「みんな、意外と分かってないんだね」
横目で見ると水無月は得々とした顔で笑んでいる。大学で講師をしてるせいか、時々こういう分かったような顔で偉そうに話すのだ。
「……きみのそういう所、どうかと思うね」
「だよね~、水無月ってキツいよね~」
フフフと笑う姉崎に、彼女はツラッと言い返す。
「言ってイイ人とダメな人は選んでます。姉崎くんは言って良いヒト」
なんとなく、無表情のままイラッとした。
「藤枝くんのはね、ただの意地っ張り」
「……いじ……? なんだって?」
思わず問い返す雅史に、彼女はニッコリ笑い返してくる。
「意地っ張りなんだよ、藤枝くんは。誰がなにを言おうと聞く耳持たない」
「ふうん。つまり、ただのバカだから、じゃないって?」
姉崎は興味深そうに目を細める。彼女は少し声を潜めた。
「きみたち、不思議に思ったことない? 藤枝くんって大学時代から友達多くて、後輩にも慕われてたよね? 寮の会長までやって、色々改革した。賢風寮ってあの時代に変わったことが今も継続してるわけじゃない。つまり彼には能力がある。さらに人望もあるのに、どうしてあんなに自己評価が低いんだと思う?」
「ええ~? まさか無自覚ってだけじゃないって? 意識して自覚しないようにしてるってコト?」
ありえない、と両手を広げる姉崎に、彼女は『よくできました』といった顔で頷いた。
「うまく立ち回って自分が得することなんて頭に浮かばない、まずやっちゃいけないことを先に考える。わたしが告白したときもそうだったけど、ほんと馬鹿正直っていうか。自分に出来ることより、出来ないことを先に考えちゃうんじゃないかな。だから無理だって決めつけて、そこで思考停止する」
「なにそれ。やっぱり馬鹿なんじゃない?」
「そうかな。ソコが良いなあって、わたしは思うけど」
「水無月」
調子に乗ってるな。眉寄せて低い声出すと、彼女はクスッと笑った。
「雅史の他にも好きな人なんて沢山いるよ。いつも言ってるでしょ」
彼女のセリフに姉崎がヒューと口笛を吹いた。
「カッコイイねえ」
「姉崎くんと一緒にされると困るなあ。誰でも良いわけじゃないんだから」
「僕だって誰でも良くはないよ~」
朗らかに返った声に、思わず横から声を挟む。
「きみ、もう帰ったら?」
秘書の人が時計とコッチをチラチラ見てるし、本当に早く帰って欲しい。
「藤枝くんは、自分が無条件に愛されてると感じても、自分が優れてるからなんて思わない。周りがそうしてくれてる、恵まれてるって思い込んでる。二人で話したとき、素直に自分を認めてあげればいいのにって言ったんだけど、まったく聞く耳持たない感じだった。あれは意地張ってるんじゃないかな?」
「やっぱりただのバカなんじゃない」
混ぜっ返すような姉崎の笑いの乗った声をサラッと流し、彼女は雅史を見た。
「わたし最近思うんだけど、求める気持ちの方が受ける事実より強い状態を片想いと定義するとね、みんな多かれ少なかれ、なにかに片想いしてるようなものなんじゃないかな? 対象が人間じゃなくても、ひとはみんな、なにかを欲して、それを手に入れるために生きている、てことになるのかなって」
「確かに言えるね。それが欲望ってモノじゃないかな」
そのまま論理展開に走り出そうとした恋人たちの間に、嬉しそうな姉崎の声が入った。
「ねえ、じゃあ人が永遠に片想いするモノってなんだと思う?」
「それは人類全体における命題的なもののこと?」
「いやあ、そんな哲学的な話じゃないよ。もっと即物的な」
「それは個々によって差違があるんじゃ無い?」
「ふうん。じゃあ水無月にとっては?」
意味深に笑みを深め、彼女は言った。
「それを君に教えるメリットはあるのかな?」
「……きみ、面白いね」
「ちょっと」
なにげに彼女の前に腕を伸ばす。
水無月は普通に魅力的だし、コイツに興味もたれたくない。
元々好奇心旺盛だった水無月は、色んな人と交流して、どんどん見聞広め、知り合いも多岐に渡っている。そういうのは全部教えてくれるし、良い情報ソースだと思ってはいるから、ソコに不満があるわけじゃ無い。ただ姉崎は不特定多数の女性とセックスしてることを全く隠してないのだ。
そこへ控えめな秘書の声がかかった。
「本当に時間です。お願いします」
「はいはい」
面倒そうに応じ、「じゃあみんな、またそのうち」姉崎は急かされて車へ向かった。無表情にそれを見送っていた雅史は、内心ホッとしていたのだが、彼女にニッコリ笑いかけられて、
「なにかな」
少し眉が寄った自覚も無く声を返す。
「心配しなくても、雅史以外とセックスはしないよ」
「……そういうことは言わなくてもイイよ」
そんなことは分かっている。彼女は賢いのだ。後々自分が損するようなことはしない。自分といることは、彼女にとってかなりメリットがあるということは、よく知っている。
クスクス笑って、彼女は雅史に流し目を寄越し、呟いた。
「雅史も片想いすれば良いのよ。わたしに」
クスクス笑い続ける水無月奈々を横目で見ながら、ため息混じりの声が漏れた。
「なるほどね。人類みんな、片想いか」
すっかり結婚披露宴と化した会場の主役カップルを眺めながら、雅史も呟いた。
冷やかしたり囃したりされるたびに、片方がいちいち飽きない反応を返し、もう一方は緊張でもしてるのか、非常に怖い顔になって微動だにしない。
相変わらずな二人の様子を、微笑んでしまいながら見つめるのだった。
晴天に鳴り響く、姉崎の通る声。
保美が、いつの間にか隣に立ってた丹生田にハグしながら、大声で言った。
「健朗、本当に素敵! 私の自慢の兄よ!」
え? てか、俺らの周りに……みんな集まってる?
めっちゃ囲まれて、しかもみんな滅茶苦茶笑顔なんだけど!! いつのまに!? なに!?
ニヤニヤの社長が背中バンバン叩いて。
「男は所帯持って一人前だ。まあ嫁にしちゃデカすぎるがなあ」
「よ、よめ?」
「今時はこういうのもアリなんだってなあ」
「そうっスよ社長、男夫婦つんです。あ、おめでとうございます!」
大笑いしながら言ってるのは半沢だ。周りの職人たちもゲラゲラ笑って「おめでとー!」とかくちぐち言ってて、え? なに? なにが起こってる?
「いや~、チョーびっくりしたけど、言われてみたら確かにって感じで!」
「ゼンゼン気づかなかったけどなあ」
大鳥さんががヘラッと言い、隣で照井さんがニコニコしてる。
「はい、藤枝くん」
部長、じゃなくて専務が電報の束を手渡してきたんで、思わず受け取る。押し花とか、華やかな絵柄の、なんか高そうな電報ばっか……てかコレ支所開設祝いじゃねえの? なんて一枚開いてみて、また衝撃が来た。
『ご結婚おめでとうございます。お二人の輝かしい門出を祝福し、末永いご多幸とご家族皆様方のご隆盛を祈念いたします。 賢風寮執行部一同』
「は?」
「祝電、たくさん届いたね」
え
「ええええーーーーっ!?」
「少し複雑だが、まあ、めでたい」
峰が苦笑気味に言いながら、隣の丹生田にも電報が渡される。
「警視庁の剣道部からも来てるぞ。宇和島先輩や渡辺先輩や」
「そうか」
丹生田がぼそっと呟いたら、「そうよ!」保美が満面笑顔で声あげる。
「だって健朗、ブライダルパーティーやりたいって顔に書いてあったもの。なのに拓海に言えないみたいだったから」
言いながら保美は俺と丹生田とくっつけて正面に立った。
「は? おま、なに言って」
「あのまま任せておいたら、パーティーもナシになりそうだったじゃない? だから、みいんな呼んじゃった」
「イイ妹じゃない、健朗」
ニヤケてる姉崎が馴れ馴れしく肩抱いて言うと、丹生田は呟いた。
「……そうだったのか」
そして背筋を伸ばし、周りを見回してから、スウッと息を吸い、ゆっくりと深々頭を下げ、大音声で言った。
「遠いところ! ありがとうございます!!」
ワッと声が上がり、みんな拍手して……
「ええ~~~っ!?」
営業の連中とか支所のみんなとか、背中とか肩とか叩いたりして。
「おめでとう部長!!」
「新部長! おめでとう~~!」
「おめでとうございます!」
「あ、コレからもよろしくお願いします」
「えあ、あの」
てかなに!? どうなってんの!? なんでこうなってる!? なんてあわあわしてる俺は置いてけぼりだ。
「あらあら、こちらこそお世話になります」
お袋がみんなにニコニコ挨拶しまくってる。
「うちの子うるさいでしょう? でもいい子なんですよ」
いやそういうコト言うなって恥ずかしい、てかその横で親父が難しい顔でアタマ下げてるし、そんで妹が超ふて腐れた顔で丹生田睨んでて。
「初めまして。丹生田健朗と申します」
妹にめっちゃ丁寧に頭下げた丹生田に、「あんた藤枝になるんでしょ」とか、ケンカ売ってる口調で睨み付けてて。
「ふっ、えっ?」
思わず声がひっくり返る。
「おまえ、親に黙って披露宴するつもりだったの? 保美ちゃんに聞いてビックリしたわよ、まったく。まあでも最初に聞いたときはびっくりしたけど、要するに息子が一人増えるってコトよね」
お袋がカラッと笑ってて、保美が「お母さん、よろしくね」とかにっこり言い返してる。
「うちの母も、すごく喜んでるんでるの。きっともうすぐ健朗とも会えるわよ」
「え、マジで!」
なんて瞬間的にテンション上がったけど、いやいやいや、ソコじゃねえし!
「おめでとう。後で、ここまでの経緯を取材させてもらうよ」
橋田が言い、水無月奈々が笑って続けた。
「ずっと好きだったんだもんね。良かったね、藤枝くん」
町長やおばちゃんたちも、やたら楽しそうに声かけてくるし、丹生田は一人一人にキッチリ礼してるし、その隣で丹生田のお父さんも同じように礼してて、保美は上機嫌のハイテンションで高笑い気味だし、ちょ、うわ、え? なんだよ? なんなんだよコレ!?
「あ~、つうか、なんて呼べばイイんすか」
五歳下の後輩が丹生田に聞いてる。
「奥さん、じゃねえよな」
「丹生田さんだろ」
「ばっか違うよ、藤枝さんになんだろ」
こそこそ言い合ってるのを、くちあんぐりで見返してたら、丹生田がそっと肩を叩いた。
「おおっぴらになったな」
見上げると、なにげに満足そうに目を細めてる。
「おま……まさか狙って」
「いや、保美に話しただけだ。だが、これで……」
そんで丹生田は、……いや丹生田じゃ無くなんのか……ああもう……
「名実ともに、伴侶だな」
ニヤリと笑った俺の───伴侶は
めっちゃ嬉しそうだった。
*
橋田雅史は、一通り写真を撮り終えたと納得しつつ、カメラを下ろした。
予測通り、藤枝は相変わらずの落ち着き無さでイイ感じの慌てっぷりを見せてくれた。あの動画が撮れたので、かなり満足だ。
なんて思ってると、抑えた声が耳に入る。
「そろそろ時間です」
「もうちょっと」
と、にこやかに声を返してるのは姉崎だ。
「しかし旭川空港のタイムテーブルが……」
そろそろ戻らなければならないらしく、たぶん秘書とかそういう人なんだろう、真面目そうな男性が抑えた声で言ってる。
「あと三十分くらい大丈夫でしょ。直前に飛び乗っちゃえばいいじゃない」
「しかし早めに空港に入りませんと」
ずいぶん無茶なこと言ってるようだけど、あくまで姉崎は朗らかだ。
「そこら辺、うまくやってよ」
「セキュリティの問題があります。そこは無視出来ません」
「じゃあ二十五分。久しぶりの同期会なんだよ。ね?」
「それは……」
「それくらい、うまくやって。ね? できるよね?」
秘書の人は、眉ひとつ動かさず頭を下げ、少し離れて携帯を耳に当ててる。それを見てる姉崎は、ずいぶんな無茶を言って困らせてるくせに、むしろ愉快そう。
「なんか慌ててるよねえ」
コイツの秘書とか大変そうだなあ、なんて少し同情しつつ、取材の目をしっかり向け声を返した。
「……きみ、本当に意地が悪いよね」
「なにが?」
なかなか直接逢えなくなっているので、こういう機会を逃さず取材したいのだ。
「僕はちゃんと過去を謝罪したじゃない。藤枝はそれを受け容れた。なんの問題も無いよね」
フフッと笑う姉崎を横目で見る。
露悪趣味は相変わらずだが、実のところ、そこまで黒くは無いと分かっている。
今だって取り囲まれてた人たちを振り払ってこっちに来たのだ。会いたいと言っていたのは本当だったのだろう。
「ていうかさあ、僕は確かに意地悪言ったかもしれないけど、藤枝もそうとうだよ?」
「藤枝くんの意地が悪いなんて、思ったこと無いよ」
「そうじゃなくてさ」
チッチッチッと舌打ちし、ニッと笑った姉崎は、プラスチックカップのビールをうまそうに飲んだ。
「僕が適当なこと言ったのって、八年くらい前だよね? なんでここまで気づかないかな? 思い込み激しすぎ。そっちの方がおかしいって」
「まあ、確かに」
苦笑しながら頷き返した横で、水無月奈々がクスクス笑った。
「みんな、意外と分かってないんだね」
横目で見ると水無月は得々とした顔で笑んでいる。大学で講師をしてるせいか、時々こういう分かったような顔で偉そうに話すのだ。
「……きみのそういう所、どうかと思うね」
「だよね~、水無月ってキツいよね~」
フフフと笑う姉崎に、彼女はツラッと言い返す。
「言ってイイ人とダメな人は選んでます。姉崎くんは言って良いヒト」
なんとなく、無表情のままイラッとした。
「藤枝くんのはね、ただの意地っ張り」
「……いじ……? なんだって?」
思わず問い返す雅史に、彼女はニッコリ笑い返してくる。
「意地っ張りなんだよ、藤枝くんは。誰がなにを言おうと聞く耳持たない」
「ふうん。つまり、ただのバカだから、じゃないって?」
姉崎は興味深そうに目を細める。彼女は少し声を潜めた。
「きみたち、不思議に思ったことない? 藤枝くんって大学時代から友達多くて、後輩にも慕われてたよね? 寮の会長までやって、色々改革した。賢風寮ってあの時代に変わったことが今も継続してるわけじゃない。つまり彼には能力がある。さらに人望もあるのに、どうしてあんなに自己評価が低いんだと思う?」
「ええ~? まさか無自覚ってだけじゃないって? 意識して自覚しないようにしてるってコト?」
ありえない、と両手を広げる姉崎に、彼女は『よくできました』といった顔で頷いた。
「うまく立ち回って自分が得することなんて頭に浮かばない、まずやっちゃいけないことを先に考える。わたしが告白したときもそうだったけど、ほんと馬鹿正直っていうか。自分に出来ることより、出来ないことを先に考えちゃうんじゃないかな。だから無理だって決めつけて、そこで思考停止する」
「なにそれ。やっぱり馬鹿なんじゃない?」
「そうかな。ソコが良いなあって、わたしは思うけど」
「水無月」
調子に乗ってるな。眉寄せて低い声出すと、彼女はクスッと笑った。
「雅史の他にも好きな人なんて沢山いるよ。いつも言ってるでしょ」
彼女のセリフに姉崎がヒューと口笛を吹いた。
「カッコイイねえ」
「姉崎くんと一緒にされると困るなあ。誰でも良いわけじゃないんだから」
「僕だって誰でも良くはないよ~」
朗らかに返った声に、思わず横から声を挟む。
「きみ、もう帰ったら?」
秘書の人が時計とコッチをチラチラ見てるし、本当に早く帰って欲しい。
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「やっぱりただのバカなんじゃない」
混ぜっ返すような姉崎の笑いの乗った声をサラッと流し、彼女は雅史を見た。
「わたし最近思うんだけど、求める気持ちの方が受ける事実より強い状態を片想いと定義するとね、みんな多かれ少なかれ、なにかに片想いしてるようなものなんじゃないかな? 対象が人間じゃなくても、ひとはみんな、なにかを欲して、それを手に入れるために生きている、てことになるのかなって」
「確かに言えるね。それが欲望ってモノじゃないかな」
そのまま論理展開に走り出そうとした恋人たちの間に、嬉しそうな姉崎の声が入った。
「ねえ、じゃあ人が永遠に片想いするモノってなんだと思う?」
「それは人類全体における命題的なもののこと?」
「いやあ、そんな哲学的な話じゃないよ。もっと即物的な」
「それは個々によって差違があるんじゃ無い?」
「ふうん。じゃあ水無月にとっては?」
意味深に笑みを深め、彼女は言った。
「それを君に教えるメリットはあるのかな?」
「……きみ、面白いね」
「ちょっと」
なにげに彼女の前に腕を伸ばす。
水無月は普通に魅力的だし、コイツに興味もたれたくない。
元々好奇心旺盛だった水無月は、色んな人と交流して、どんどん見聞広め、知り合いも多岐に渡っている。そういうのは全部教えてくれるし、良い情報ソースだと思ってはいるから、ソコに不満があるわけじゃ無い。ただ姉崎は不特定多数の女性とセックスしてることを全く隠してないのだ。
そこへ控えめな秘書の声がかかった。
「本当に時間です。お願いします」
「はいはい」
面倒そうに応じ、「じゃあみんな、またそのうち」姉崎は急かされて車へ向かった。無表情にそれを見送っていた雅史は、内心ホッとしていたのだが、彼女にニッコリ笑いかけられて、
「なにかな」
少し眉が寄った自覚も無く声を返す。
「心配しなくても、雅史以外とセックスはしないよ」
「……そういうことは言わなくてもイイよ」
そんなことは分かっている。彼女は賢いのだ。後々自分が損するようなことはしない。自分といることは、彼女にとってかなりメリットがあるということは、よく知っている。
クスクス笑って、彼女は雅史に流し目を寄越し、呟いた。
「雅史も片想いすれば良いのよ。わたしに」
クスクス笑い続ける水無月奈々を横目で見ながら、ため息混じりの声が漏れた。
「なるほどね。人類みんな、片想いか」
すっかり結婚披露宴と化した会場の主役カップルを眺めながら、雅史も呟いた。
冷やかしたり囃したりされるたびに、片方がいちいち飽きない反応を返し、もう一方は緊張でもしてるのか、非常に怖い顔になって微動だにしない。
相変わらずな二人の様子を、微笑んでしまいながら見つめるのだった。
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