FLASH~君と出会う輪廻の果てに~

Yuma

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一章

1.始まりの視線

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 教室の空気は、春の終わり特有の湿った暖かさに満ちていた。窓から差し込む陽光が埃の粒を淡く浮かび上がらせ、榊原龍一(さかきばらりゅういち)の視界をぼんやりと霞ませる。彼は机に頬杖をつき、ノートに走らせていたペンを止めた。数学の公式が頭の中で形を失い、ただの線と数字の残骸に溶けていく。

「なあ、龍一。次のテスト、どうする気だよ?」

 隣の席から佐藤の軽い声が飛んできた。いつもの調子で絡んでくるクラスメイトに、龍一は面倒くさそうに目を細める。

「適当にやるよ。お前こそ奨学金狙ってるんだろ。頑張れって」

 皮肉を込めて返すと、佐藤が笑いながら肩を叩いてきた。だが、その笑い声が遠くに霞むような感覚がした。龍一の視線が、教室の反対側へと吸い寄せられる。 そこに、橘春人(たちばなはると)がいた。 
 窓際に立つ少年は、栗色の髪を軽く揺らし、制服のブレザーを肩に引っ掛けたまま、友人と穏やかに話している。陽光が彼の髪を透かし、柔らかな輪郭を浮かび上がらせていた。笑うたびに目尻が下がる癖、首を傾げる仕草。すべてが、まるで遠い記憶の断片のように龍一の胸を刺した。 
 ペンが手から滑り落ち、カツンと床に跳ねる。佐藤が「何だよ、ボーッとして」と笑う声が聞こえたが、龍一の耳には届かない。頭の奥で何かが弾け、音を立てて崩れ落ちるような衝撃が広がった。 

「春…人?」 

 声にならない呟きが喉で震えた。目の前の少年は、ただのクラスメイトのはずだ。エリート私立高校「蒼陵学園」に通う、成績優秀で人当たりのいい生徒。龍一と同じクラスになって半年、春人の存在はこれまで特に何の意味も持たない友人の一人だった。なのに、今この瞬間、胸の奥が締め付けられるように疼く。 
 視界が歪んだ。 薄暗い部屋。寄り添う二人の影。耳に残る花火の残響。そして、血とガラスが飛び散る事故の光景。橘春樹(はるき)の悲痛な顔が、ぐにゃりと歪む。龍一は息を呑み、机の縁に爪を立てた。黒髪が額に落ち、鋭い目つきが一瞬だけ揺らぐ。 

「龍一、大丈夫か?」

 佐藤の声が現実に引き戻す。だが、龍一は答えられなかった。春人がこちらを振り向いたのだ。透き通った琥珀色の瞳が龍一を捉え、無垢な笑みを向ける。 

「何か用?」 

 その声が、過去の春樹の囁きと重なった。「龍之介、遅いよ」と甘えるような響き。事故の前夜、二人が過ごした最後の夜。あの時、春樹は同じように笑っていた。龍一の心が抉られ、息が詰まる。 

「いや…なんでもない」

 かろうじて絞り出した言葉に、春人は首を傾げて悪戯に小さく笑った。

「変なやつー」

 その言葉が刃のように胸に突き刺さる。春人は何も覚えていない。二人の関係も、何もかも。なのに、なぜ自分はこんなにも彼を知っているのか。 そもそもこの記憶は本当に過去なのだろうか。急に訪れた混乱に耐え兼ね、昼休み、龍一は屋上への階段に腰を下ろしていた。春の風が頬を撫で、遠くで響く生徒たちの笑い声が耳に届く。目を閉じれば、またあの光景が浮かんだ。 
 事故の瞬間。 目の前で砕けるガラス。春樹の叫び声。そして、零れ落ちる意識。龍一は唇を噛み、額を押さえた。何か理解できないものが頭の中を支配している。だが、その混沌の中で一つだけ確かなことがある。今ここに、自分と春人がいるということだ。 その時、階段の下から足音が響いた。見下ろすと、春人が立っていた。

「やっと見つけた。佐藤がさ、龍一が冗談抜きで変な感じだったってマジで心配してるよ」

 春人が一段登って近づいてくる。間近で見る彼の顔は、過去の春樹と瓜二つだ。柔らかな髪、穏やかな瞳、唇の端に浮かぶ小さな笑み。すべてが、龍一の記憶を抉り出す。 

「大丈夫? 顔色悪いよ」

 春人が手を伸ばしかけた瞬間、龍一は反射的にその腕を掴んだ。細い手首に触れた瞬間、電流のような感覚が走る。春人が驚いたように目を丸くした。 

「ごめん…ちょっと頭痛がして」

 慌てて手を離し、龍一は目を逸らした。春人は少し戸惑ったように笑う。

「なら、無理しないでね。保健室行く?」

 その優しさが、過去の春樹と重なる。龍一は唇を噛み、立ち上がった。 

「大丈夫だ。少し休むよ」

 背を向けて階段を登りながら、龍一の頭に新たな映像が閃いた。断片的であるにも関わらず映し出される血に染まる春人の姿。それは、さっき見た事故ではない、新たな未来の断片だった。予知夢。龍一の足が止まり、冷や汗が背を伝う。 春人が下で小さく手を振るのが見えた。

「佐藤には言っておくので、落ち着くまでゆっくりね!」

 その無垢な声が、龍一の心に突き刺さる。春樹を失った過去。そして、再び春人を失うかもしれない未来。龍一の拳が震えた。 
 階段の途中で、もう一人の影が視界に入った。氷室海也(ひむろかいや)だ。春人と親しげに話す姿をよく見かける、長身で自信に満ちた生徒。金髪に近い髪を無造作に流し、制服を着崩した彼が、こちらを一瞥して通り過ぎていく。なぜか、その視線に冷たいものが宿っている気がした。だが、龍一はそれを意識に留める余裕すらなかった。 

 この疼きは、何だ?この記憶は、何だ? 

それは、ただの既視感では片付けられない、何か得体の知れないものだった。 
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